両片想いのクーデレ令嬢とヨリを戻したいだけなのに
~この作品にあらすじはありません~
【10年前 アルフレッド】
騎士団長から勅命を受けた翌日、アルフレッドは婚約者であるソレイユ嬢の屋敷を訪れた。
「突然押しかけて申し訳ありません、ソレイユ様。これ、お土産です」
「クッキーですか。どちらの?」
「俺の手作りです」
「でしょうね。知っていました」
ソレイユはクッキーを優雅に手に取り、淡々と口へ運ぶ。今日も無表情だ。毎回食べてくれるから、口に合わないわけではなさそうだが。
「それでアルフレッド様、大事な話とはなんですか?」
「はい。勝手かつ急な要望で申し訳ないのですが、俺との婚約を破棄していただきたいのです」
ぴたり、とソレイユの動きが止まる。ガラス玉のような青い瞳で、ジッとアルフレッドを見つめた。
「理由をお尋ねしても?」
「昨日、騎士団長より魔王討伐部隊への合流を命じられました。生きて帰ってこられる保証がない以上、婚約は破棄しておいたほうが、ソレイユ様のためにもなるかと」
人と魔族が戦争を始めて、百年余りが過ぎようとしている。頭目である魔王は未だ健在。城に立てこもり、人類軍と激しい攻防を繰り広げていた。
毎年多くの騎士が戦地へ送られ、命を落とす。生きて戻れるか、戻ってこられたとしても何年かかるかは分からない。討伐部隊への合流を命じられた者の中には、「家族や恋人と離れたくない」と騎士団を辞める者までいた。
姫付きの騎士であるアルフレッドも、魔王討伐部隊への移動を命じられた。アルフレッドに家族はいない。両親は幼い頃に死んだ。
唯一の気がかりは、婚約者のソレイユだった。アルフレッドにはもったいない、美と知性を兼ね備えた名門貴族の令嬢だったが、
「あーたたち、気が合いそうだから結婚なさーい」
という、姫のろくでもない一言により、強引に婚約させられてしまった。二人で会っても会話はろくになく、アルフレッドが持参したお菓子を食べるだけで時間が過ぎた。ソレイユがアルフレッドを嫌っているのは明白だった。
いつ帰ってくるとも知れぬ婚約者を待つより、本当に愛する人と幸せになってほしい……それがソレイユを愛するがゆえの、アルフレッドの願いだった。
「……」
ソレイユは紅茶をひと口飲むと、「分かりました。別れましょう」と静かに頷いた。
「ですが、お国のために戦地へ向かう婚約者を捨て、別の男に……というのは、世間体がよろしくありません。一年待ちます。それまでに魔王を討伐し、無事帰還したら、再度婚約を結びましょう」
「一年……」
外でハトが豆をついばんでいる。直後、豆が弾け、ハトは驚いて飛び去った。
アルフレッドもハトのような気持ちで、つい本音が出た。
「みじか」
「倒すだけなら、一日もかからないでしょう? アルフレッド様は王国一の騎士で、剣士なのですから」
「百年かかっても倒せないのに、一日で終わるわけないじゃないですか。駐留期間だって、最低五年ですし」
「では、三年で」
「自由になりたくはないのですか? 俺のような平民上がりの騎士ではなく、ソレイユ様と釣り合う家柄のお相手と改めてご婚約なさったほうが幸せなのでは?」
ソレイユはアルフレッドをにらんだ。
「私の将来は、私が決めること。アルフレッド様には関係ありません。貴方はいかにして魔王を攻略するか、それだけを考えていれば良いのです」
アルフレッドは悲しくなった。貴方には関係ない、それがソレイユの本音だと。
こうして二人は別れ、婚約は破棄された。
§
出立の朝、ソレイユが見送りに来た。来るとは思っていなかったので驚いた。
笑顔でもなく、悲しそうな顔でもない。いつもどおりの、無表情だった。
「どうして来たのです? 貴方と私はもう何の関係もないというのに」
「お守りを渡しに来たんです。生きて帰ってこられるようにと、祈りをこめて作りました。知った間柄として、そのくらいはしても良いでしょう?」
ソレイユはアルフレッドの手首を強引に引き寄せ、ブレスレットを巻きつける。複数の色の紐を編んでできており、引っ張ってもちぎれないくらい丈夫だった。
「そうでしたか。お心遣い感謝します。変わったデザインのお守りですね」
「身散牙という異国のお守りです。約束の三年が過ぎると、手首が腐って落ちます」
「怖」
「だから必ず戻ってきてくださいね。私を元婚約者の手首を落とした女にしないで」
最後の最後に、とんでもない呪い……もとい嫌がらせをされたアルフレッドだった。
§
【10年前〜5年前 ソレイユ】
「……」
ソレイユはアルフレッドを見送った後、彼に贈ったものと同じブレスレットを自分の手首にも巻きつけた。
三年以内に戻ってこないと手首が腐る、なんて嘘だ。このブレスレットにお守り以上の特別な効力はない。ただアルフレッドがいない間、彼と同じものを身につけていたかった。
ソレイユはアルフレッドを心の底から想っていた。国一番の剣士でありながら謙虚で、無愛想なソレイユにも優しく接してくれる。いつも持ってくる手作りのお菓子も美味しかった。
しかし、ソレイユは自分の気持ちを表現することは決してなかった。彼が私と婚約したのは、主である姫様に逆らえなかったから。でなければ、こんな身分だけの女となど婚約するはずがない……と。
ゆえに、アルフレッドが討伐軍への参加を理由に、ソレイユとの婚約を破棄すると言い出したときは焦った。
私のためだなんて、絶対に嘘。
魔王を理由に、私を捨てようとしているんだわ! 私には、アルフレッド様しかいないのに!
婚約破棄なんて絶対させない!
世間体が良くないと嘘をつき、条件つきで別れた。それでも不安で、ちぎれると願いが叶うというブレスレットへ想いをこめ、アルフレッドの手首に巻いた。
アルフレッドが国を発った後も、毎日戦地へ手紙を送った。三年という月日は短くも長い。忘れられたくなかった。
手紙でもソレイユは口下手で、
『貴方のお菓子を食べなくなったので、体重が減りました(訳:貴方とお菓子を食べた日々が恋しいです。心配で、食事も喉を通りません)』
『まだ魔王は倒せないのですか? 本気で戦っているのですか?(訳:早く帰ってきてほしいです)』
『書くことがなくなってきました。私に紙の無駄遣いをさせないで下さい(訳:貴方のいない日常は書く価値もないほど、色あせております。早く帰ってきてほしいです。そしてヨリを戻しましょう)』
といった、誤解を生みかねない内容の手紙ばかり送ってしまった。そのせいか、手紙が返ってくる頻度はだんだんと減っていった。
アルフレッドが国を出て一年が経った頃、「明日、魔王城へ乗り込みます」という手紙を最後に、返信は完全に途切れた。
約束の三年が過ぎても、駐留期間の五年が過ぎても、アルフレッドも討伐隊も戻ってこなかった。全滅したか全員捕まったか、生きているか死んでいるかすらも分からない。王が突然崩御され、魔王討伐どころではなくなっていたのも情報が届かない原因の一つだった。
ソレイユの両親は「アルフレッドは死んだ」と決めつけ、ソレイユの新しい婚約者を探し始めた。元々アルフレッドとの結婚に反対で、姫が言い出しっぺでなければ婚約すらさせなかった。
「新しい婚約者などいりません! 私はアルフレッド様を待ちます!」
「でも、彼と約束したのでしょう? 待つのは三年までって」
「それは彼のやる気を上げるために、わざと言ったのです! 待つだけなら、何年だって待ちますわよ! 十年でも、二十年でも、百年でも!」
§
【5年前〜現在 アルフレッド】
その頃、アルフレッドは王国の地下牢に収監されていた。
「せっかく間に合ったのにな」
何度目か分からないため息をつく。他の檻には、魔王軍の残党が捕まっている。アルフレッドは彼らの仲間、すなわち王国の裏切り者として捕まっていた。
国を発って一年目、アルフレッドは他の兵士と共に魔王城へ乗り込んだ。苦戦の末、アルフレッドは一人、魔王のもとへたどり着き、和解にこぎつけた。
アルフレッドはどうしても、ソレイユとヨリを戻したかった。まともに戦っていては、確実に長引く。
そこで国王に許可をもらい、魔王に和解を持ちかけた。さいわい、魔王も百年に渡る争いに疲れ、降伏のタイミングをうかがっていた。アルフレッドは和解状を手に、約束の三年を過ぎる前に国へ帰還した。
ところがアルフレッドが着く前に、彼の計画を知る国王が亡くなってしまった。
姫が戴冠するまでの間、国の実権は大臣の手に委ねられていた。大臣はアルフレッドの話を信じないどころか、「魔王側に寝返った」として彼を捕え、地下の牢獄へと幽閉した。面会は一切謝絶、いずれ隠密に処刑される予定だった。
檻に入れられ、考えるのはソレイユのことばかりだった。
今頃、ソレイユはどうしているだろうか。
身分のいい男と婚約し、結婚しているだろう。
子供もいるかもしれない。
自分のことなど忘れ、幸せに暮らしているだろう。
幸せなソレイユを想像するのは楽しかったが、後悔は尽きなかった。隣にいるのが自分だったら。自分との間に生まれた子供だったら、と。
「……せっかく間に合ったのにな」
アルフレッドは何度目か分からないため息を、再びついた。
§
檻に入れられて五年目……すなわち、ソレイユと別れて十年目の朝。アルフレッドは檻の戸が開く音で目が覚めた。
顔を上げると、ソレイユが入口に立っていた。手首にアルフレッドと同じブレスレットをつけている。
夢かと思ったが、隣に姫がいるのを見て、アルフレッドは反射的に居住まいを正した。姫の頭には王冠がのっていた。
「姫様、ソレイユ様。なぜここに?」
「姫様に教えていただいたのです。貴方が謂れのない罪により、こちらに捕まっていると」
「今は女王でしてよ。私の権限をもってしても、面会は叶いませんでしたの。お前は知らないでしょうけど、ソレイユは毎日ここへかよっていたのですよ? そうそう、アホの大臣は更迭したから安心なさーい」
「かよう? なぜ?」
なぜ自分のためにそのようなことをするのか、アルフレッドにはソレイユの行動が理解できなかった。
「貴方が約束を果たす前に処刑されないか、見張るためです。国に戻ったら、婚約を再度結ぶと約束したではありませんか」
「とっくに三年過ぎたのに?」
「三年経ったら、他の殿方と結婚するとも申しておりません」
ソレイユは「家のために結婚しないのなら出て行け!」と親に勘当され、屋敷を追い出されていた。今は姫の友人として、王宮の世話になっている。
「どうしてそこまで? 俺のこと、嫌われているのではないのですか?」
「嫌っていたら、このような場所には来ません」
ソレイユはフイッと顔を背ける。その頬は、耳まで真っ赤だった。
その後、二人は再び婚約し、結婚した。姫が盛大に祝おうとしたが辞退し、アルフレッド手製の菓子でささやかに祝われた。姫の働きによりアルフレッドは裏切り者から一転して英雄となり、ソレイユの親も彼との結婚を祝福した。