甘いハプニング
その後、愛美の息が整うのを見計らって、ベッドから降ろし、立たせようとしたが、彼女の細い足は自分の体重を支えることができず、彼女は座り込んでしまった。
「先生…何したんですか?」
愛美のあまりの疲れように疑問を持った俺がそう尋ねると、
「夜くんにもしてあげようか?」
先生は熱い視線で俺を見つめてきた。俺は身の危険を感じ、とっさに床に座り込んでいる愛美の背と足に腕を回し、抱え上げて、目にも止まらぬ速さで保健室を出た。
取り残された先生は、少し驚いた表情で、「さすがね…」と、呟いていた。
一方、逃げ出した俺たちはというと、周りからの痛いほどの視線を感じていた。普段はクールな美少年が可愛らしい美少女をお姫様だっこして、廊下をすさまじいスピードで走り抜けていく様子が、皆の目を集めないわけがなかった。
「なによ!あの子!」
「見せつけやがって!」
「私もあんな風にされたい…」
男子女子関係なく、殺気立った目や羨みの目で見てくる。
「悪いな…こんなことして。」
皆の視線を集めてしまっていることを謝罪した。
「ううん…大丈夫…」
一方、愛美は憧れの夜にお姫様だっこされているのが幸せ過ぎて、でも皆に見られているのが恥ずかしくて、真っ赤に顔を赤らめていた。
「歩けるか?」
1年D組。愛美の教室の前でそう尋ねた。
「うん…」
愛美はもう少し夜にお姫様だっこされていたかったが、迷惑になってはいけないと思ってそう言うと、夜は愛美をゆっくりと降ろした。
「ありがとう!」
皆が見ている前で俺に抱き着いてきた愛美。
(今日何回目だよ…)
『彼女はあんたにメロメロみたいね!』
(はぁ?何言ってんだ?)
『はぁ…鈍感ね…』
(鈍感で悪かったな!)
口では勝てないことを学習した俺は、開き直ることにした。
一方の愛美は、
(紅月くん、何考えてるんだろう…)
抱き着いても何の反応も示さない夜に、悪戯心が生まれた愛美は徐々に夜の頬に顔を近付けている。
『開き直っちゃって…口では私に勝てないことを理解したのかしら?』
(なっ!)
『図星みたいね!』
夜は愛美の行為には全く気付いていなかった。
その間にも、距離は縮まっていく。
『ねぇ…』
(なんだ…?)
『……右!』
タイミングを見計らったかのような間を挟み、急に方向を示す。俺はその声につられて右を向いてしまった。
(もう少し…)
確実に私の唇は紅月くんの頬に近付いていた。私はときどき紅月くんの表情を確認していたが、気付く気配は全くない。
あと数センチ。私は頬にするだけなのに、ドキドキしていた。そのとき、何の前触れもなしに、紅月くんが私の方を向いた。私は心臓が止まるくらい驚き、目を見開いた。ただ、もう手遅れだった。
俺が右を向くと、その先には愛美の顔が目の前にあった。愛美と目が合うと、彼女は驚いたのか、目を見開いていた。
夜と愛美の唇は軽く触れる。その行為には合わない二人の驚いた顔。周りからの鋭い視線。そして、柔らかい唇の感触。
紅月くんが私の肩を持ち、優しく私の体を離す。止まっていた頭がフル回転で状況を整理する。
(私…紅月くんと…キスを…)
そう思ったとたんに、全身が熱を持つ。多分顔も真っ赤に染まっているに違いない。恥ずかしくなった私は下を向き、赤くなった顔を隠そうとした。
『あははっ!』
こうなることを予想していたかのような笑い声。
(おまえ…まさか…)
『そうよ。こうなるようにタイミングを図ったの!』
(彼女の気持ちも考えろよ…)
『彼女の気持ち?そんなの見れば分かるじゃない!』
俺は言われた通りに彼女の顔を見ようとしたが、俯いてしまっていた。
(完全に嫌われたな…)
『あんた、どんだけ鈍感なの!?』
(ん…?嫌われてないのか?)
『もういいわよ…』
(おい!教えろよ!)
俺の願いなどはなくから聞く気はないようで、そう言うと全く声が聞こえなくなった。
(自分で確かめろってことか…?)
そう思った夜は愛美の顔を下から覗き込んだ。夜が覗き込んでいるのに気付いた愛美は、さらに恥ずかしくなり、手で顔を覆って隠した。夜はその行為を、愛美が泣いているのだと勘違いし、どうしていいかあたふたしている。
「悪いっ!」
私の目の前で紅月くんが土下座してる。
(…って…なんで…?)
今までのことを整理してみよう。
偶然のキス…私が俯く…紅月くんが覗き込む…私が顔を手で隠す…紅月くんの土下座…
(もしかして…勘違いしてるのかな…?)
そう思ったとたん、私はある計画を思い付いた。
「…責任…とってよ…」
涙声で紅月くんに話しかける。もちろん全て演技。
「セキ…ニン…?」
効果はバツグンだったようで、かなり動揺している。
「何でもしてくれる…?」
私は目に涙を浮かべ、彼の目を見つめる。
「…わかった。」
彼はしぶしぶ私の要求をのんだ。
(やった!上手くいった!)
私は心の中で歓喜の声を上げた。もちろん私のやりたいことはもう決まっていた。
「それじゃぁ、次の日曜日買い物に付き合って!」
今の今まで泣き顔だったのが、あっという間に明るい笑顔に変わる。
「いや…やっぱり…「今更さっきの発言を取り消すだなんて言わないでよ!」…くっ…」
ハメられた…完全に相手の思うつぼだ…。
(何か…逃げ道は…)
『1つないこともないわよ。』
(教えろ!)
『人にものを頼む態度がなってないわよ!』
(…教えて…ください…)
『やだ。このままのほうが面白そうだし。』
(こいつ…)
二匹の悪魔の相手なんかやってられっか!
(…そういえば、今日は水曜日だから…買い物なんかに付き合わされなくても済むかも。)
そう、俺は今週の金曜日に輸血し、こいつと入れ替わる予定になっていた。
「悪いけど、俺金曜日から2週間ほど日本にいないから。」
2週間いないのは本当だが、入れ替わると言っても信じてくれるとは思えないので、適当な嘘をつく。
「嘘つき…何でもするって言ったのに…」
その言葉が俺の胸に突き刺さる。
「あんな可愛い乙女を泣かせやがって!」
「あんなやつ俺が許なねえ!」
周りの男子からの殺気が漂う。
「…わかったよ…行けばいいんだろ!」
なんていうか…女の涙ってずるいよな…。
「ちゃんと約束守ってね!」
急に立ち上がったかと思うと、そう言い残して、嬉しそうに教室に入っていく。
(はぁ…2日も耐えられるのか…)
今までにも数回輸血を忘れていたことがあったが、その次の日のあまりの倦怠感に耐えられずすぐに輸血をしていたのだった。1日も耐えられなかったのに、2日も耐えられるのだろうか。そんな不安が日曜日までの数日を憂鬱にさせた。
夜「はぁ…またやっかいなことに巻き込まれてきた…」
愛「次回はいよいよ私と紅月くんとのデート!」
夜「だるいし、行きたくない!」
愛「約束破るの…?」
夜「嘘泣きしても無駄だぞ!」
愛「まあまあ。ここで何言っても次回の内容は変わんないし!」
夜「作者のヤロウ…」