わたしの呪いについて2
屋根裏部屋での生活は退屈だ。
食事は日に二回、使用人が部屋に運んでくれる。ただ、どこから隠しごとが漏れてしまうかわからないので、ベッドに入ったまま病弱なふりをして応じた。
ニネットからの要求がない限りは、使用人は会話もすることなく消えていく。
最初の一年は、身体を清めるとき母が手伝ってくれた。伯爵夫人という立場では考えられない仕事だっただろう。
父はほぼ毎日のようにやってきて、ニネットの話し相手になってくれた。いつか必要になるかもしれないと、勉強や礼儀作法も自分の時間を割いて教えてくれた。
「お父さま……エディスという名前をご存じですか?」
七歳になった時、ニネットははじめてその名前を父の前で口にする。
夢に見る少女についての記憶は完璧ではなく、欠けている部分がたくさんある。だからもっと詳しく知りたかったのだ。しかし父は、ニネットに黒い痣が現れた時と同じように、苦悶の顔を浮かべてしまった。
「ニネット、その名を誰から聞いたんだ?」
「夢で……なんとなく」
「ああ、なんということだ。これも悪魔の仕業だろうか? ……いいかい、もうその名を口にしないでくれ」
「どうして?」
「エディスとは、稀代の悪女エディス・レティシュのことだ。国王陛下父君……当時のジェラルド王太子殿下の婚約者に選ばれながらも、十三歳にして当時の国王を暗殺した恐ろしい娘だよ。以降、同じ名を付けることが禁止されているほどの人物なんだ」
「…………?」
父の言っていることがしばらく理解できなかった。暗殺なんて、できるわけがない。夢の中のエディスは、身勝手な王族に無残に殺されただけの存在だった。
ニネットは「違う」と反論したかったが、その気持ちをぐっと抑える。それに疑問もたくさんある。
エディスとしての生が終わってから十年たっていないはずなのに、当時の国王と王太子がいない。そして、代わりに幼い王がいる。国王が暗殺されたのなら、その次の国王となるはずのジェラルドはいったいどこにいってしまったのか。
そしてもうひとつ。エディスが反逆となっているのなら、その生家であるレティシュ家はどうなったのか。……エディスという名に強く反応した父から、これらのことを教えてもらうのは難しそうだ。
「わかりましたお父様、もう口にしません」
父が望むように、ものわかりのいい子どものふりをして従う。
「ああ、これも大事な約束だ」
「はい……」
「ニネットは本当にいい子だ」
父のこの言葉は嫌いではない。まだ、ニネットが父にとっての「いい子」でいられているなら、救いだ。でも後ろめたさは変わらずある。
「お父さま、お部屋で過ごさなくてはいけないなら、本をいっぱい買ってください」
「もちろんだとも」
そうやって父に本をせがんで、ニネットは彼が望んでいないであろう情報を知るための計画を立てた。
母がニネットの部屋で一緒に過ごしてくれる時間が減り、直接言葉を交わしたことのない弟が庭で遊ぶようになった頃には、ニネットは年齢には不相応な難しい本を読むようになっていた。
特に歴史関係の本を好んで読んだ。父が内容を確認できない専門書にたどり着くことに成功したのは、十三歳の頃だ。
エディス・レティシュ。
十四年前に死んだ、レティシュ侯爵の娘。未来の王妃になるべく育てられ、十二歳でジェラルド王太子と婚約する。
それから悪行を繰り返し、国王の暗殺を首謀、捕えられそうになったところで自害したことになっている。その時の年齢は今のニネットと同じわずか十三歳だったが、エディスの名前は罪深い悪女として、ユスタ王国の歴史に刻まれた。
ニネットが気になっていた、ジェラルド王太子について。彼は国王として百日にも満たない在位期間で病死していた。さらに前の人生での両親……レティシュ侯爵夫妻については、娘同様反逆罪に問われ、処刑されていた。
……これが、専門的な歴史書に書かれていた、エディス・レティシュの記録だ。
「でも、違う……私の中のエディスは違うわ」
ニネットは、エディスの生まれ変わりだ。エディスが死んだのは、母のお腹に命が宿った頃でもある。エディスの魂がそのまま入り込んだのだろうか?
記憶を取り戻したときに居合わせた、あの赤い髪の女性はエディスの記憶に、若かりし頃の姿ではっきりと登場する。
彼女の名前はロザリーという。
ジェラルド王太子は、自分の婚約者となったエディスがあまりに幼く気に入らなかった。だから年齢も近く女性として魅力的なロザリーをそばに置き、公然と彼女を愛したのだ。
エディスの苦しみは、婚約者にないがしろにされることだけでは済まなかった。愛されない婚約者は、王宮の召し使いにさえ弱者として扱われ、誰が指示しているのかさまざまな嫌がらせを受けた。婚約をなかったことにできたら、どれほどよかったことだろう。
しかし、王侯貴族の結婚は感情の問題ではない。破棄など許されるものではなかった。
(……そういえば、あの子はどうしているのかしら?)
当時、王宮でエディスに唯一優しく接してくれた少年がいた。エディスより五歳下のリュカ王子だ。姉のように慕ってくれて、それがエディスの唯一の慰めだった。彼はエディスが死んだその場に、一緒にいた人でもある。
ニネットは、自分の本棚にあった最新の王族の系譜と貴族名鑑を持ち出した。
十四年前に第二王子だった人物のその後をたどるのは、稀代の悪女であるエディスについて調べるより、ずっと簡単なことだった。
「摂政、オベール公爵……」
リュカ王子は慣例により王子に与えられる公爵位を所持し、オベール公爵と呼ばれているようだ。彼は幼王を支える摂政でもあるらしい。
通常、王太子以外の王子は結婚を期に独立した家を立てるのだが、彼の場合は家系図にまだ妻の名前はない。これは珍しいことだ。
もし生まれ変わった年月の流れに間違いがないのなら、記憶の中では幼さを残している少年も、大人になっているはず。プラチナブロンドの綺麗な髪も変わっていないだろうか?
エディスが最後に見た光景は、リュカ王子の絶望に染まった顔だった。今の彼に会いにいき、あの悲劇を乗り越えてくれたのか、確かめたい気持ちはある。
「でも、エディスなんて名乗れないし……ニネットとしても再会することは難しそう」
ニネットは読んでいた王室の記録が書かれた書物を放りだして、ベッドに寝転んだ。
時々、嫌になる。生まれ変わったことに、何の意味があるのだろう。
そして、ニネットが「悪魔の愛し子」である意味はなんなのか。この屋根裏部屋にいる限り、答えは出そうにない。




