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予期せぬ求婚について5

 国王への挨拶をもって、ニネット・マズリエは、オベール公爵の正式な婚約者となった。


 なるべく早く婚姻を成立させたいという公爵からの希望を聞き入れ、マズリエ家では慌ただしく準備が整えられていったのだが、夫妻とニネットは別の悩みの種を抱えることになる。


 公爵から、贈り物が毎日大量に届くのだ。それは宝石だったり、希少な生地であったり、時には抱えきれないほどの花束だったり……。


 そろそろ置き場所がなくなってしまいそうになり、ニネットは公爵に手紙を書いた。


『親愛なる公爵様、たくさんの贈り物をありがとうございます。お心遣いはありがたいのですが、私の部屋は公爵様からの贈り物で埋め尽くされてしまいました。もうすぐオベール公爵邸に移りますので、引っ越しも大変になってしまいます。どうかこれ以上はお控えいただきますよう、なにとぞお願い申し上げます。――ニネット・マズリエ』


 少しずつ公爵の性格は掴んできている。丁寧な言葉遣いではあるが、はっきりと控えてほしいとしたためておいた。彼はこの程度で腹は立てないだろうし、これくらい言わないとやめてくれないと踏んでいたのだ。


 すぐに人をやって直接公爵家に届けてもらうと、使いの者はその場で公爵からの返事をもらって帰ってきた。公爵からの返事はこうだ――。


『ニネット、我が婚約者殿へ。気に入らないものはすべて処分してかまわない。公爵家に移り住む時にも荷物は必要ない。その身、ひとつでかまわないから。一緒に暮らせる日を楽しみに待っている。――リュカ』


 ニネットの持つ記憶のリュカ王子は、とても賢くて不合理なことはしない性格だった。それが十七年たつとこうも変わってしまうのか。それとも、ニネットは別の世界の過去を背負って生まれ変わったのか……。今の彼の性格を多少なりとも理解できているつもりになったのは、勘違いだったようだ。


 それから何通かのやりとりをしても手応えがなく、気づけばニネットが直接会いにいく約束を取り交わしていた。



   §


 

 大人になるまで、王子として王宮で暮らしていた公爵だが、数年前に住まいを別の場所へと移し、正式にオベール公爵家を立てた。


 公爵が生活する屋敷はふたつある。ひとつは王宮のすぐ近くにある屋敷で、もうひとつは王都から離れたオベール公爵領にある城だ。


 今、公爵は王都にいるので、ニネットは当然そちらの屋敷に訪問することとなった。王都のオベール公爵邸は、ニネットが住むマズリエ伯爵邸とそれほど大きさは変わらない。どちらかといえば、やや小さいくらいの建物だが、一目で特別なものであるとわかった。


 外壁は濃い色の石が美しく積み上げられ、見上げれば細かい彫刻がほどこされている。支柱は古きよき時代のものを踏襲し、重厚な雰囲気を醸し出していた。


 馬車でやってきたニネットを出迎えたのは、白髪の男性だ。


「はじめまして、ニネット様。私は公爵家の家令を務めさせていただいております、ダルトンです。お見知りおきください」


 案内され中に入ると、美しい曲線を描く階段が目に飛び込んでくる。足下は色の違う二色の大理石で彩られていた。


「素敵なお屋敷ですね……」


 思わず見とれて建物を観察してしまったが、エントランスホールには、ニネットを出迎えようと使用人達が集まっていたので、気持ちを引き締める。


「奥様、このたびはおめでとうございます。我ら使用人一同、心より歓迎いたします」


「あの……私」


 今日は苦情を言いにきただけなのに、かしこまった挨拶をされて恐縮してしまう。まだ正式な女主人ではないのに、奥様と呼んだのは誰の指示なのだろうか。


 すっかり公爵のペースにはまってしまっているようで、ニネットはわずかながらの反抗心を燃やす。公爵が待っているという居間に案内されると、最低限の挨拶をしてからさっそく話を切り出した。


「公爵様、はっきり申し上げます。贈り物はもういりません」


「では、いっそ今日からここに住んだらどうだ? そうすれば、私が君に贈り物をしないと気が済まない気持ちも収まるだろう」


 公爵は、二ネットの抗議などどこ吹く風だ。優雅にお茶を飲みながら、微妙に話をすり替えてくる。


「本気でおっしゃっているの? 私は、公爵様のお気持ちがよくわかりません。どうして、私にそこまで関心を示すのか……。私の機嫌などとらなくとも、逃げたりしませんのに」


 ニネットは、彼に呪いを解いてもらわなくてはならないのだ。彼との関係を切れば、怯えながら隠れて生きるだけの生活に戻ってしまう。だから逃げようがなかった。


「私の気持ちは単純だ。たとえば名前で呼んでもらいたい。なるべく多くの時間を過ごしたい。……時は限りあるものだから」


 彼はニネットより十歳も年上だが、健康な若者である。急に年寄りのようなことを言い出したから、ニネットは驚いた。


「……まさか、病を患っているなんてことはありませんね?」


「違う。ただ人という存在はあまりに儚い。明日死んでもいいように、悔いを残しておきたくないんだ。……私は、ただの欲張りなんだ」


 ニネットは考える。確かに、エディスは明日死ぬと思わず突然の不幸に見舞われた。


(公爵をせっかちにしてしまったのは、前世の「私」ということかしら?)


 だからといって言いなりになる気はないが、彼の言うことも一理ある。ただ堅苦しく理屈で考えるのではなく、譲歩すべき部分は譲歩してもいいような気さえしてくる。


「ニネット。せっかく来てくれたのだから、君のために用意した部屋に案内していいだろうか?」


「私の部屋だけでなく、ほかの場所も案内してくださいますか?」


「もちろんだとも。興味を持ってもらえて嬉しいよ」


 公爵は立ち上がり、ニネットに手を差し伸べてくれる。結局すっかり公爵のペースになっているのだが、それも案外悪くない気がしてきた。



 ニネットの部屋だというその扉を開けると、ぱっと明るい景色が飛び込んでくる。


 大きな窓、それに心を軽やかにするような花の刺繍が施されたベージュ色のカーテン、猫足のテーブルに天蓋付きのベッド。まるでお姫様が住む部屋のようだ。そこにいるだけで夢見心地にさせてくれる、わくわくした気持ちになった。


「どうだい? 気に入ってもらえるといい。でももし気に入らなかったらすぐに変えよう」


「とっても素敵なお部屋です。ありがとうございます。お屋敷といい、公爵様はとても趣味がよろしいんですね」


 女主人の部屋としてはかわいらしすぎる部屋だが、そんな指摘はとてもできなかった。公爵は、背伸びをしない十六歳の娘の部屋として、整えてくれたのだから。


「奥にもまだ君専用の部屋がある。ついてきて」


 宝物を紹介するような楽しげな足取りで、公爵が先を促してくる。


「ここは、ドレスルームだ」


 すでに衣装やアクセサリーでびっしりとうまったドレスルームを披露され、ニネットは驚いた。中を確認していくと、どのドレスもこれまでのニネットに合わせて、肌の露出を抑えたものになっている。


「いずれ呪いが解けたら、よい医者が見つかって完治したことにして、自由に好きなものを着られるようにしよう」


「用意してくださっていたのなら、なぜ私の家に宝石や生地を贈ってくださったのですか?」


 これでは本当に、引っ越しの時に多くの荷物を持ってくることができない。


「あれは置いてきてくれ。本当に贈りたかったのは花だけだ。マズリエ伯爵は生真面目だから、嫁ぐ娘に恥ずかしい思いはさせたくないと、莫大な持参金を用意するようだ。こちらが不要だと言っているのに、まったく聞き入れてくれない。とんだ頑固者だった」


 ニネットの父に対して悪態をついているようだが、そこには親愛が込められているので、悪い気はしなかった。


 結婚が決まってからの両親は、楽しそうであり、辛そうでもある。母は特に不安定だ。ニネットの幸せを心から祈ってくれているのだが、自分たちがニネットを手放すことでようやく幸せになれるかもしれないという現実に、打ちのめされているところもある。


 ニネット自身も、自分がマズリエ家を出ていくことに一切の躊躇いがないことにも気づかされていた。それでも恨んではいないし、ニネットは両親のことが好きだ。


「お父様もお母様も私を忌み嫌わず、守ってくださったんです。でもまだ恩返しができていません」


「これから、時間はいくらでもある。結婚してもね」


「……?」


 さっき公爵は「時は限りあるもの」と言った。それなのに、今は正反対のことを言う。やっぱり彼のことは、簡単には理解できそうにない。

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