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予期せぬ求婚について1

 二度と会うつもりのなかったオベール公爵から手紙が届いたのは、舞踏会から三日後のことだ。


「どうして……?」


 舞踏会のあとから食事だけは家族と共にし、それ以外の時間は部屋で静かにしている生活に戻っていたニネットだったが、その食事の席で父から手紙が届いたことを伝えられた。当主である父宛てで、父とニネットに会う機会を設けてほしいという内容が記されていたようだ。


「ニネット、公爵閣下が君に会いたがる理由は? 心当たりはあるかい?」


 父に問いかけられたが、ニネットが答えられることは限られる。


「庭に出た時、偶然お会いして少しだけお話をさせていただきました」


 黒い薔薇が咲く場所に連れていってもらったことは、きっと話さないほうがいい。それを除けば、短い時間話した程度のものだ。嘘はついていない。


「気を悪くさせるようなことはしていないね?」


「はい。おそらく」


 心配性の父は、ニネットが公爵の機嫌を損ね苦情を言いにくるのではないかと心配したようだ。そして、それよりももっと顔色を悪くさせたのは母だった。


「あなた、ニネットが粗相をするわけないわ。理由なんて、ひとつしか思い浮かびません。きっと、ニネットは公爵閣下に見初められたのでしょう」


「そんな!」


 父は思わず椅子から立ち上がり、強い口調になって言った。これまであまり見られなかった慌てぶりだ。父自身、自分がらしくないことをしていると気づいたのだろう。一度咳払いをして何事もなかったかのように席に座り直す。


 それから父は、自分自身に問いかけるかのように呟いた。


「……これは喜ぶべきことなのか? それとも危機なのだろうか?」


「オベール公爵閣下は、これまでどんなに美しい令嬢にも心を寄せることがなかった人物です。それが、ニネットを。……なんてことかしら? ニネットごめんなさい。こんな素晴らしいことを、素直に祝ってあげられない私を許して」


 母は今にも泣き出してしまいそうだ。


 冷静に考えて、ニネットは公爵が求婚のためにやって来るとは思っていない。彼からそういう……恋のような熱意は感じられなかった。だから父の心配は今の時点で早とちりのような気がしている。

 

 きっと公爵は、ニネットとエディスの関係を疑っているのだ。


(あの黒い薔薇の庭……呪われていると言っていたもの。きっとなにか関係があるはずよ)


 ただこの推測は、なにも知らない両親に伝えられるわけもなく、しばらくは黙っておくしかないだろう。


「お父様、公爵様と会わなければなりませんか?」


 生まれ変わった理由を、その意味を探りたい気持ちは確かにあるが、今の自分はエディスではなくニネットなのだ。公爵と深く関わることは、怖くもある。


「相手は公爵。用件もわからない今の時点で断ることはできない」


 結局父はそんな結論を出し、母やニネットもしぶしぶ頷いた。



   §



 父が了承の返事をした翌日、オベール公爵はマズリエ家にやってきた。


「公爵閣下。当家にお越しいただき大変光栄でございます」


「マズリエ伯爵。突然の訪問を許してくれ」


 父と公爵のやりとりを見ていると、不思議な気分だ。彼は王家に連なる高貴な身分なのだが、前世では友人として接していたから、どれほど偉い人なのかという認識が薄かった。


 年上である父が、礼をとらなければならない相手。それが、オベール公爵だ。そんな彼をマズリエ一家は玄関で出迎え、すぐに居間に案内した。公爵の向かいに父、その横にニネット。そして別の椅子を用意し、近くに母が座った。


 テーブルにはとっておきの茶葉で入れられたお茶が出され、一口飲んだところで父が口を開く。


「そ、それで……あの、本日はどのようなご用件で当家に?」


「ニネット嬢にお会いしたいというのは、手紙に書いた通りです。まずは、彼女に話しかける許可をいただきたい」


「はい、もちろんです」


 父は返事をしたあと、ニネットに目配せをしてくる。ニネットはその意図を受け、立ち上がりお辞儀をした。


「先日は、庭園を案内してくださってありがとうございました。オベール公爵閣下に改めてご挨拶申し上げます。ニネット・マズリエです」


「こちらこそ、改めてよろしく。さあ、座ってくれ。堅苦しいのは嫌いなんだ。私のことは名前で呼んでくれると嬉しい。……リュカと」


「それはなりません! 恐れ多いことです」


 するどい口調で父が遮る。父が反応したのは、ニネットが座ってよいかどうかではなく、これから公爵のことを名前で呼ぶかどうかに対してだ。


 ニネットはとりあえず座って、余計なことは言わずにこの場を見守ることにした。未婚の女性が、家族以外の高貴な男性を名前で呼ぶことはまずない。これは父の言い分が正しい。


「それで、ご用件は?」


 父は案外肝の据わった人物だった。ここへきて、公爵に対して遠慮なく不快感を露わにしはじめる。対する公爵は気にした様子もなく、悠然とした態度を崩さない。


「さっそく口にしてもいいのだろうか?」


「心の準備がいることなのでしょうか?」


「ニネット嬢を、私の妻に迎えたい……という内容だ」


 いきなりの申し出は意外だっが、ニネットはまだ冷静だった。求婚は、母が想像したような感情からくるものではなく、ニネットに近づくための手段なのでは? と推測したからだ。


「娘は病弱です。公爵家の女主人は荷が重すぎます。ですから……」


「それもすべて承知で言っている。すべて、だ」


 含みを持たせるような公爵の言い方に、父も母も凍りついてしまう。

 父は機械仕掛けの人形のようなぎこちない動作で、じっとニネットに視線をうごかしてきた。秘密を知られているのか、それともただの当てずっぽうの脅しなのかわからず、返答に困っているのだろう。


 ここはニネットが動くしかない。


「お父さま、お母さま、少しだけ庭を散歩してきてもよろしいでしょうか?」


 ニネットは許可を得る前に立ち上がる。遅れて、「ああ」と父からと戸惑いのまじった許しの声が届く。


「ニネット嬢は、庭を歩くのが好きなのか? ……では私もご一緒させていただこう」


 公爵はすかさずニネットに手を差し出してきた。もちろんニネットは、庭を歩くことが好きなわけではない。


 公爵と二人で話をするために言った言葉だった。未婚の男女が部屋で二人きりになるわけにはいかないから、この居間の窓から姿を確認することができる庭を散歩するくらいが、許される限界だ。


 公爵もそんなことわかっているはずなのに、これから純粋に散歩を楽しもうとしているかのように楽しげだった。

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