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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『玉ねぎ姫』とどこか寂しげで不思議な青年 ~異世界転生者集めてみました エピソード1~

作者: 7%

1エピソードをヒロイン視点で描きました。

どうぞ最後までご覧ください。

 「……お願いします。私の大切なもの渡します。だから私たちを助けて」

 緊張から解かれた安心感からか私は彼に倒れ掛かってしまいます。

 ――夜の暗闇では彼の表情はうまく読み取れないけれど。

 

 「契約成立だ」

 彼が立ち上がる。鉄格子越しの月光で口元が笑っているのが見える。

 私の知らないどこか寂しげな微笑み。


 「すぐに終わらせる」

 「えっと、このコートはいったい?」

 「ここは冷える。これで少しはましだろう」


 彼が牢屋を出ていく。私の手にあるコートのぬくもりに彼と握手した日を思い出します。

 あれは確か――



 

 

 「あら、ごめんなさい。どこの田舎娘かと思いましたわ」

 「いえ、私の方こそすみません」

 「この方を誰だと思っているの?」

 「このお城の王子に見初められたるり様よ」

 ぶつかってしまった。多分違う、ぶつかってきたんだ。

 取り巻きさんたちの言葉が私をそう思わずにいられなくする。


 「あなたも庭の手入れを頑張って下さいね。あの野菜はおいしいですけれど庭の花が美しくないとこのお城の評判が下がってしまうので」

 「そうですわ、花の方もきっちり手入れしてくださいな」

 「るり様にお褒め頂いたのだからしっかりやってくださいね」

 彼女たちの言葉が次々に私に刺さってくる。


 「はい、かしこまりました」

 私にはそれしか言えない。

 「本当にお願いね、『玉ねぎ姫』」


 私は3人が笑いながら立ち去るのを頭を下げて見送ります。


 

 

 私の名前はリタ。このお城の庭師兼使用人です。

 元々はとある小国の末妹だったのですが、私が幼いころ祖国が国家間の争いの主戦場となりその敗戦の責を負う形でおとりつぶしになったそう。

 その中でも私のように幼かったものは同盟国内に引き取られたと聞いています。

 そのころの記憶はおぼろげで両親の顔さえ思い出せないくらいですが、唯一使用人の方が一生懸命育てていた野菜の庭園だけは記憶に残っています。

 

 だからでしょうか。私はここに引き取ってもらってから使用人の仕事を与えられるまでは、庭師の方にそれは毎日のように引っ付いて庭の手入れを手伝っていたそうです。


 ……などと考え事をしているうちに使用人の仕事が済んでしまいました。早く畑の方に行きましょう!



 「あなた一体何者ですか?私の畑に何か用ですか!」

 楽しい気分で畑に戻ってきた私を迎えたのは、一見動物によって荒らされたようにみえる畑。ですが、野生動物が荒らしたにしては野菜自体への被害は少なく、多くは施設の方の損傷。それでもそこにいる男性には話を聞いておかないと。動物使いということもありますし。


 その男性――漆黒のコートに真紅のスカーフをまいた方――は見たところどこも汚れてはいない様です。それでも私の畑を用もなく訪れる方は少ないので何か情報を聞き出せるかもしれません。


 「あなたが私の畑をこのようにしたのですか?」

 「いや、俺が来た時には既にこの有様だ」

 「ならあなたはここに何のようですか」

 「人を探していてな。君は知らないか?」

 「この城の方でしょうか……すみませんがあなたは何者ですか?」

 

 スマートな見た目と違って不愛想な人。人探しには向いていないように見えますが。

 「ここに来ればこの城の庭師に会えると聞いてな。君が呼んでくれれば助かる」

 

 何か私に用がある方のようですが、何なのでしょう。


 「まずは名乗ってください。そのあと案内します」

 「ああすまない、私はショウ。君が庭師なのかい?」

 「ショウさん、……わかりました。そうですね、私がこの城の庭師になります。といっても引き継いだばかりですが」

 

 前任者に会いに来たのでしたら申し訳ないですね。


 「そうか、君が……。最近この城で何か変わったことはないかい?」

 「変わったこと?そうですね……皆さん明日の懇親会に向けての準備をしていましたのでこれといって何も」

 「王子の様子が変わったとか、城内に知らないものが出入りしているということは?」

 「そうですね……先ほどお会いしたのもよくここを訪れるご令嬢たちでしたしこれといって」


 何かの調査でしょうか。それとも他国のスパイか何か?


 「あっ、怪しい人いました。ショウさん、あなたです」

 ここは直接聞いておきましょう。


 「俺か……そうだな、いないならいいんだ。ありがとう」

 冗談が通じたのかどうかわかりにくい反応ですね。


 「はい。ところで私に用ってそれだけですか?」

 「いや、君自身のことを知りたくてな。ここは長いのか?」


 この感じ、この人はきっと私の生い立ちを知って近づいてきているのでしょう。そんなに話せるようなことはないですけれど。


 「そうですね。ここに住まわせてもらうようになってからは結構。庭の花の手入れも先代に教わったんですよ」

 「そうか。この場所は?趣味にしては多くの場所を使っているようだが」

 「それは城主様が大変優しい方で……知っていると思いますが私元々ここの人じゃないんです、引き取ってもらっただけの。それなのに私の趣味のために庭の一角を貸し出してくれたんです。ここで育てた野菜は城主様にも大変気に入ってもらえました」


 「そうか、優しい城主なんだな。――話の礼だ、ここを直すのを手伝わせてもらおう」

 「え、いいんですか?」

 「ああ、君には他にも使用人の仕事があるのだろう?指示をくれればそのようにしよう」

 

 「いえ、私の作る野菜がお城の皆さんに認められてからは使用人の仕事量も減らしていただけて。使わせてもらう庭の拡張までしてくださったんです。今では城主様の召し上がる野菜の多くは私の栽培するものになっているんだそうですよ。ちょっとした自慢です」

 るり様たちのことがあったからか、見知らぬこの方に私は少しおしゃべりになってしまいます。

 

 「それならなおのこと早く復旧させないとな。君の居場所なのだし」

 「いえ、私の生い立ちを知っているからでしょうか、城内ではよく皆様にかわいがってもらえていると我ながら自負しているんです。でもありがとうございます。あなたも私のこと、よく知ってそうですけど」

 「少し話に聞いてな。――『玉ねぎ姫』だったか。本物に会えてよかった」


 やっぱり私のことを知っていて訪ねてきたようですね。私に取り入ってもいいことなんて何にもないと思うのですけれど。


 「私は珍獣か何かですか?まあ、そんなわけで使用人の仕事はもう終わっているのでこれから復旧させようと思うのですけれど、手伝って下さるんですか?……その格好で」

 そうなのだ。いかにもこれから城内の懇親会に参加できます、といった姿です。土の一粒でも汚れたら大変そう。

 「……そうだな、着替えるので少し場所を借りてもいいか?」

 「はい、構いませんよ。こっちです」


 私は彼を小屋に案内します。

 「普段は私の休憩室兼必要な物の倉庫として使っているのでそんなにきれいではないのですが」

 「構わない、使わせてもらうよ」


 私はエプロンと靴だけ取り換えて小屋を出る。――そういえば彼はどこに服をもっているのでしょう。


 「すまない、待たせたな。早速取り掛かろう」

 そんなことを考えているうちに彼が小屋から出てきます。見たことのない服装で。

 「その服は汚れても大丈夫なのですか?動きやすそうではありますけれど」

 「ああ構わない。早速始めようか」



 復旧作業をしながら彼との会話が続きます。

 「ほとんどその格好で使用人の仕事をしているのか?」

 「そうですね、今日のように客人が多く来られる日にはなるべく城内を歩かないようにはしているですが、それでも使用人の仕事が全くないわけではないので。庭園や庭の作業の後では少し汚いのですがそのままの衣服の上にエプロンをつける形で仕事にあたらせてもらっています」

 「そうか。本当にここの人たちに愛されているのだな」

 

 「はい、本当に。優しい方たちばかりです。それでも城外の方相手だとそういうわけにもいかないので」

 ついたくさん話してしまいます。先ほど初めて会った方なのに。

 「『玉ねぎ姫』っていう呼称は、このお城によくいらっしゃるるり様、というご令嬢がつけてくださったんです。彼女たちと何度か顔を合わせた後にそう呼ばれるように。城内での私の扱いに不満があるという話も聞きます」


 「そうなのか?それにしても君は気に入っているようだが」

 「はい、私が玉ねぎを一番大好きで育てている、ということを耳にはさんだ彼女たちによって広められたものですが、私的には結構気に入っているのですよ。――どうやら侮蔑の意味があるそうですけれど」


 「というと?」

 「「玉ねぎは腐ると異臭を放ち汁が出る、そうなる前にも黒カビが生える、そのような様子が土いじりをする私にそっくり」ですって。玉ねぎは光に当たると暖かくなって腐ってしまう野菜、ここの城主様たちという光の下にいる私は彼女たちから見たら、さぞ中が腐っているように見えるのでしょうね」

 「……想像以上にひどい理由だな。ほんとうにそれでいいのか?」

 「はい、私は玉ねぎが大好きですから!」

 「……そうか、なら俺も『玉ねぎ姫』と呼ばせてもらうよ。俺のことはショウでいい」

 「はい、わかりました。気を使ってもらってありがとうございます、ショウさん!」


 「……確かに他の令嬢が嫉妬するわけだ」

 「え、何でですか?」

 「いや独り言だ。作業を進めよう」

 「えー、気になりますよ。教えてください、ショウさん」

 「なんでもない、日が暮れる前に終わらせてしまおう」

 そういって作業のスピードを速めるショウさん。さっきの言葉は一体どういう意味だったのでしょうか。

 

 廊下でるり姫さんたちにあった時は嫌な気持ちが心を覆っていたのですが、不思議です。ショウさんに話せて改めて私に付けられた呼称、『玉ねぎ姫』が好きになったような気がします。


 「――これで大丈夫です。ありがとうございました、ショウさん」

 「いや、こちらこそ君のことを十分に知ることができた。着替えるので小屋のほう、使わせてもらうよ」

 「はい、本当にありがとうございました!」

 そう言って私たちは握手を交わしました。

 

 本当に不思議な方。――そういえば何でここにいたのでしょう。

 そもそも私のことを知っていたようですし彼の言葉通りなら私でなくてもいいはずです。

 本当に前の庭師に会いに来ただけだったのかな。

 

 ――少し寂しく感じるのはなぜなのでしょう。



 

 ――――その日の夕食の際のことです。

 「庭の方で何かあったようだね。大丈夫だったかい?」

 どこから聞きつけたのか、城主様が私の庭が荒らされていた件にふれてくださいます。


 ――ちなみに夕食はご厚意で同じ場所でいただかせてもらっているのです。最初こそ遠慮したのですが食事の温かさに負け、今ではごく当たり前の風景になっています。本当に感謝感謝です!


 「はい、育てている野菜の方には幸いほとんど被害がなく」


 「私たちが気にしているのはリタ、君のことだよ。どこもケガしてないかい?」

 この言葉は第一王子のハルバさま。いつも優しいお方で私にもとてもよくしてくださいます。


 「その場に居合わせた者に復旧を手伝わせたらしいじゃないか。お前のことだ、うまく言い寄ったんじゃないか?」

 このちょっと失礼な言葉は第二王子のタケルさま。優しい方なのですがなぜか私には時々とげのある話し方をします。


 「私はそんなはしたなくはありません。あの方はここの庭師に用があったらしく、それが私なのか先代なのか、結局わからなかったんですけれど。作業も含めてどこも痛めてはいませんよ」

 「まあまあ、無事でなにより。その彼には一度お礼をしないとね。何と言ったかな、ええっと……」

 

 「彼はショウ、と名乗っていました。本名なのかはわかりませんが」

 ――そう、わたしには彼が何かを隠して話をしているように思っています。目的なのか、行動なのか、名前なのか。それはわかりませんが。


 「ショウ……聞いたことがないな。お前たち、どうだ?」

 「そうですね、私も聞き覚えがありません」

 「俺もない。そんな奴に軽々しく情報を与えるんじゃないぞ、わかったか」

 

 三者三葉の回答。どうやら3人とも聞いたことがないようです。本当に彼はいったい何者なのでしょうか?

 

 「そんな奴のことはどうだっていい、それより明日の懇親会だ。本当に俺たちも参加するのか?」

 「何を言っている、明日の会は我が国の強固な同盟を確かめるための会。それに私たちの婚約者候補を見定めるためのものでもある。お前が参加しないでどうする」

 「それは……今はいいだろ。確かにあんな悪口女はごめんだからな」


 るり様のことでしょうか。私のために怒って下さるのはうれしいのですけれどたぶん彼女は――


 「それより兄さんこそどうなんだ。そろそろ婚約くらいしてもらわないとこっちが大変なんだ」

 「私はいいんだ。相手は自分で見定めるから」

 「そんなんだから他のよくわからないやつに手を付けられるんだ。兄さんがしないなら俺が」


 「まあまあその辺にしないか二人とも。……リタすまないね、明日の懇親会の間は決して皆の前に現れないように。準備が終わったらその日の仕事は終わり、いいね?」

 「はい、心得ています」

 私は亡国の末妹です。事を荒立てないよう明日は早めに休むこととしましょう。




 「るり様のご友人が見当たらない?」

 「はい、朝るり様が目覚めるとベッドにはお二人の姿がなく、朝食の時間になっても現れず。リタさんはみかけてはいませんか?」

 

 翌日の朝はいきなりの事件から始まります。

 皆さんと一緒にとる朝食の後、それらの片付けを終えた私に女性が話しかけてきます。

 庭の野菜と庭園の花のお世話がある私は朝早くから活動している、ということを知っている他の使用人の方が私なら見ているかも、と教えたのでしょう。るり様の方の使用人と思われる方が声をかけてきました。


 「そうですね……私が活動している範囲で、ですが見かけていませんよ」

 「そうですか……今この城内には特異な力を使う方はいないはず。どこに行ってしまわれたのか。もし何か見かけたら私を呼んでください」

 「わかりました。使用人の仕事の間も気にかけておきますね」

 「ありがとうございます。それでは失礼」

 そういって彼女はかけていきました。確かに心配です。

 

 ――この世界には不思議な力を使える方がいる、と聞いたことがありますがそれはただの作り話だったはずです。ですが彼女の様子ですと本当に特異な力、とやらを使う人が存在しているようです。

 多分私には教えられていないだけで、そういった方々が集まるのが今夜の懇親会なのかもしれないですね。


 そういえば昨日のあの方、ショウさんもこの懇親会に参加する方の付き添いか何かなのでしょうか。城主様たちが知らないということは直接の来賓ではない、ということですよね?

 「そういえばショウさん、着替えがとても速かったですね。ああゆうのも特異な力、なのでしょうか」

 などと独り言を言ってしまいます。

 今日の会に関係する方ならまた会えるかもしれない、そう思うと少し心が動くような気がして、そんな感情を振り払うように「よし、今日も一日がんばるぞ!」なんてあまり似合わない大声なんか出してしまいます。



 

 夕方、懇親会の会場となる広間には緊張感が漂っています。

 

 「この国の強固な同盟を確かめる」

 「王子たちの婚約者候補を見定める」

 

 この2つがこの会の目的ですから当然のことですが、るり様のご友人も未だ見つかっていないのだそう。警備もより厳戒態勢を取らざるを得ない、といった様子です。


 「――というわけだ、皆心してかかってくれ。……リタ、君は「懇親会の間は決して皆の前に現れないように」との命がでている。おとなしく部屋で待機しているように」

 「はい、わかりました」

 私のような亡国の末妹がいると会に支障が出るかもしれませんしね。明日も早いことですし今日は早めに寝ることにしましょう。



 「どうした玉ねぎ姫。今日はなんだか暗いじゃないか」

 会場を裏口から出て、人目に付かないところを歩いていたはずですが、偶然この人に出会ってしまいました。

 「ショウさん、こんばんは。あなたも懇親会の参加者ですか?」

 元気がないことを見破らればつが悪くなった私は急ぎ話題を変えます。


 「ああ、少し気がかりなことがあってな」

 「はあ……そうなんですか。お仕事頑張って下さい」

 どんなことかはわかりませんが、とても重要なことのように思えます。


 「ありがとう。そうだ……君にこれを渡しておく」

 そういうと彼は私にひまわり色のハンカチを渡してきます。

 「これは?」

 「何か身の危険を感じたらこれに念じてみればいい。君を守ってくれるはずだから」

 

 「はあ……ありがとうございます」

 私はエプロンのポケットにしまいます。

 「出来れば肌身離さず持っておいてほしいかな。じゃ、おやすみなさい」

 「はい……おやすみなさい、ショウさん」


 なんだかよくわかりませんが私のことを気にかけてくれていることはわかります。

 少し疎外感を感じていた私にはうれしい偶然でしたね。

 

 ――待って、本当に偶然?

 私が速めに寝ること、何で知っているの?

 畑仕事は朝が早い、ということからなのか、もしくは――


 「ショウさん!」

 振り向いた先にはすでに彼はいませんでした。

 いったい何だったんでしょう。もしかしてこのハンカチを渡すためだけに?


 ――何だか胸騒ぎがします、よくないことが起こるような、そんな予感――


 窓越しの声に私の意識が戻されます。

 懇親会の参加者が次々やってきているのでしょう。王子たちを狙っていることを隠さない言葉を発する女性、たくさんの女性を侍らせながら進む男性。

 どうもあまり行儀のいい方が集まる会にはならないようですね。昨日のハルバさまの言葉の意味が理解できたような気がします。

 


 

 「ん……なに?」

 なんだか部屋の外が騒がしいです。ここは懇親会の会場からは離れているので会場の騒ぎは聞こえてこないはずですが。

 私はひまわり色のハンカチを下着の中に入れ、使用人の服に着替えはじめます。

 

 ――何だか嫌な感じが近づいてきてるような。そんな感じ。


 ガシャ!

 「おい!この部屋に女は……何だいるじゃないか。ご丁寧にメイド服とは」

 いきなり扉を開けて入ってきたのはこの城に似つかわしくない風貌の男たち。

 いやらしい視線が私の体を硬直させます。


 「どうします?このおんなでしょう?連れて行くのは」

 「そうだな。……まあ味見した程度なら気づかれることもないだろ」

 「さすが兄貴。では早速――」


 体が動かない――

 いやらしい男の手が私に近づくのをただ見ていることしかできません。


 「っと、なんだ?触れられないぞ。どうなってるんだ」

 「さすがに守りは固めていたか。……おい、これを腕に通せ」

 兄貴と呼ばれた男が取り出した縄で私の両手首が縛られます。


 「これで部屋から連れ出せるな。こいつがビビって声出せないうちに牢屋みたいな部屋にでも連れて行くぞ」

 「はい兄貴、でもなんでわざわざ?」

 「この縄はこいつが身に着けている守りを溶かす働きがある。その間に俺たちも会場で楽しむとしよう」

 「さすが兄貴!わかってますね」


 気持ちの悪い会話からでも会場でも何かがあったことが分かります。城主様は?ハルバさまタケルさまは?お城の方々は?るり姫さまたちは?

 ――ショウさんは?

 皆さん無事なのでしょうか?



 「とりあえずここでいいか……いいか?おとなしくしていろ。そうすれば俺たちは手を出さん」

 「兄貴、いいんですか?」

 「もともと手は出すな、という依頼だからな。他ので我慢しろ」

 気持ちの悪い笑い方をしながら2人が立ち去ります。


 ここは城の入口付近、緊急時のために用意された牢屋……両手を縛られ牢に結ばれているこの状態、たしかに緊急事態。

 でも何とかしないと。守り、とやらがなくなったら私は――


 胸の奥にろうそくの灯のようなものが灯るのが分かります。これは一体?


 「ようやく目覚めたか。おはよう」

 牢屋の前にはショウさんが立っています。でも雰囲気が違う。ちょっとだけ怖いような。


 「私の見た目、何か変わってますか?」

 「いいや。君は思い出したんだ。君が誰なのか」

 「何を言って――」

 私の頭に知らない風景が浮かびます。ここはどこ?この人は誰?


 「ここにいる子は本来死んでいたんだ。ただ、他の世界から流れ込んできた心がこの子を救った」

 え、なにを言って――

 「俺はそんな人たちが持っている力をもらいに来たんだ」

 そういいながら牢屋を開け、私の拘束を解きます。


 「私が目覚めるのを待っていたんですか?……まって、他の皆さんは?」

 「会場には異能を使うものがいた。もうどうにもならない」

 「何でそんな冷たいの?そんな人じゃなかったよ?ショウさん!」

 訳が分からない。自分も、彼も。


 「方法がないわけじゃない」

 「じゃあそれを早く教えてください!私なんでもしますから!」


 「君の大切なものを俺にくれないか?」

 「……それはなんですか?体ですか?私一人でいいならお願いします。皆さんを助けてください」

 これは悪魔の契約かもしれない。でも他に方法がない。

 私は頭を下げます。


 「さっき見えたんだろう?心の灯が。それをいただく。ただそれを失えば君は元の世界に帰ることになる。それでいいかい?」

 「この子はどうなるんですか?死んじゃうんですか?」

 「どうだろう。俺もこれをするのは初めてなのでわからん」

 「……あなたにこの灯を渡せば皆を助けられるんですよね?」

 「ああ、俺はその灯を使えるもの、だからな」


 ああ、そうだったんだ。最初から私の中のものが欲しくて私に近づいて。

 ――私ってバカみたい、ですね。


 「……決めました、いいです。……ただ、この子のことを気にかけてもらえますか?少しでいいので」

 「善処しよう」


 すぅー、はーっ。深呼吸します。

 いきなりすぎて頭が付いていけてるかどうか。もしかしたら取るだけとってどこかへ行っちゃうかもしれない。

 でも最後にもう1回、私の知っている彼を信じてみよう。


 「……お願いします。私の大切なもの渡します。だから私たちを助けて」

 緊張から解かれた安心感からか私は彼に倒れ掛かってしまいます。

 ――夜の暗闇では彼の表情はうまく読み取れないけれど。

 

 「契約成立だ」

 彼が立ち上がる。鉄格子越しの月光で口元が笑っているのが見える。

 私の知らないどこか寂しげな微笑み。


 私の中の灯が小さくなっていくのが分かります。


 「すぐに終わらせる」

 彼が身に着けていたコートを私にかけます。

 「えっと、このコートはいったい?」

 「ここは冷える。これで少しはましだろう」


 彼が牢屋を出ていく。私の手にあるコートのぬくもりに彼と握手した日を思い出します。

 私すっかり騙されちゃって。ほんとバカみたい。

 ――このひまわり色のハンカチもこうなることを見越してのもの。

 「返しそびれちゃったな。でもいいか。恥ずかしいし」

 今も下着の中に入れてるものですしね。


 

 もうすぐ灯が消える。そうすれば私はここからいなくなるらしい。

 元の世界なんて知らないけれど、私はこの子を救えた、それでいいかな、って思います。

 

 戻ったら、頭で見た景色に行ってみよう。きっと楽しいはず!

 キラキラした建物や甘いお菓子がたくさんあるところ。

 ――城主様や王子様たち、ここで出会った人たちはいないけど。きっと知り合いだっている、よね?

 もう時間かな。

 「さようなら」

 私はこの世界に別れを告げた。




 「あ、おはようございます。何か御用ですか?」

 「……るり様たちですか?元気ですよ。今日も私のこと」

 「……何で知ってるんですか?有名なんですね、「玉ねぎ姫」。私は気に入ってるんですよ」

 「……はい、先日懇親会で何かあったみたいですけど私は寝ちゃってて」

 「……あのコートあなたのだったんですか?……はあ、ありがとうございます。大事にしますね」

 「……ひまわり色のハンカチですか?そういえば持ってました。……あれも?なんかすみません」

 「……はい、それじゃあまた」


 

 彼はいったい何だったんでしょうか。まるで私に会いに来ただけのように感じましたけど。

 コートもらっちゃいましたね。どこにも汚れがないからてっきり新品をどなたかがかけてくれて、って?


 見たことのない映像が私の頭に次々と現れます。

 「いまの……わたし、彼にこれをかけてもらって、それで……」

 「そんなことないですよ。だって初対面ですし、何か不愛想ですし、それに……あれ?なんでだろ……」


 なぜだか胸が痛いです。知らない人なのに、映像の中の彼は私によく似た人と楽しそうに――

 

 「え……何で涙が?嫌ですそんなの知らない人なのに」

 そうです、これはいつかどこかで読んだ物語が頭に残っていただけ。

 お話のヒロインの感情が流れ込んできた、ただそれだけ。


 「……また、って言ってましたよね。またあえるのかな?」

 多分それは社交辞令。わかっていても今はうれしい。


 「よし、今日も一日がんばるぞ!」

 あまり私に似合わないけれど、今はそう言いたい気分。

 気合を入れなおし庭の手入れを再開します。使用人と並行して私が任されている仕事。

 それが終わったら野菜たちの様子を見に行きましょう。――だって私は「玉ねぎ姫」ですから!

 ~・~=~=~・~


 「リタからもらった力を使いすぎたな。……今回はほぼ増やせず、か」

 「……必ず元に戻して見せるからな」



ブックマーク、感想等いただけるととてもうれしいです。励みになります。

評価の方もよろしくお願いします。


評判が良ければ完全同世界観での続編を制作します。


いつも私の作品を読んでくださる方、本当にありがとうございます。

今日初めて読んでくださった方、いらっしゃいませ。


追記

私の所にもついに2点さんが来たのか?

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