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怪しい物、魔とよばれた物たち

『 魔犬 』〜 ブラックドッグの起源を考える 〜

作者: K John・Smith

 ── とある建物の、一番大きな会議室。


『ある魔物』の研究発表会がここで予定されていた。

 開催は週明けだが、ひとりの演者が夕方からゴソゴソと……[:⚡︎ ご* ⚡︎: ]


[ ピュゥ〜~ ゥ〜〜・.: ]


けーじょん講師

「 あ.あ″あ″ . テストテスト.マイクテスト」

「 本日は… 」


ぴーじょん(聴衆役)

「………そこから、予行練習なの?」


 ** *

 **

 *

 

『 魔犬 』〜 ブラックドッグの起源ルーツを考える 〜


 ── 今回のテーマは『ブラックドッグ』です。


 ブラックドッグは黒い犬のすがたの不吉な魔物(妖精)で、イングランド全土に伝承がみられます。


 ヘルハウンド、ブラックハウンドとも呼ばれ、そのすがたは子牛ほどもあるたくましい巨犬。黒く、毛深く、燃える様な目をしています。日本では『黒妖犬』と訳され、『魔犬』『黒犬獣』と表記されることもあります。



「バスカヴィル家の魔犬」は人気の高い長編推理小説です。


 世界的に有名なシャーロック・ホームズシリーズのひとつで、名探偵と巨大な魔犬の対決は何度も映画やドラマになりました。

 映像化、というか。

 漫画版「バスカヴィル家の魔犬」もかかれました。日本に限った話ではなく、フランスで1992年「Le Chien des Baskerville」が出版されて、1994年、偕成社から「名探偵コレクション」という漫画シリーズで翻訳出版されました。


 表紙に、月夜の荒れ野で遠吠え?する黒い犬のすがたがあります。


 バスカヴィル家の炎をはく魔犬伝説のモチーフは『ブラックドッグ』とされます。



 もっとも、伝承のブラックドッグは殺人犬ではなく、死を告げる魔物(妖精)でした。

 夜の古い街道や十字路に不吉な姿をみせたり、吠え猛って人を脅かしますが、基本的に人間に嚙みつく等直接危害を加えません。 人のたすけになることをした物語もあります。

 しかし、もし出会って言葉をかけたり、からだに触れたりすると命を失うことになりました。退治されたという記録はありません。


 さらに、イングランドの各地にブラックドッグの亜種?の伝承がみられます。

 地域によって呼び名はさまざま(後述)で、その特徴も熊や牛にすがたが変わるもの、声だけ聞こえるもの、ひとりの旅人を襲うもの……… なかには首のない魔犬や白い魔犬もいました。



 イングランド以外のヨーロッパの国々にも、魔犬の伝承はありました──


◆「ブラックドッグ」の地域名称一覧

①イギリス国内

『スコットランド』

 ビーアスト・ヴェラッハ

  …ヴェラッハの獣が原義、血を欲する凶暴な悪霊。

   黒犬や一本足の男性の姿をとることが多い。


『イーストアングリア』

 ブラック・シャック …各地にいろいろな性格の伝承


『リンカンシャー』

 ヘアリー・ジャック …納屋にあらわれた。

 オールド・シャック …1931年の本で言及。

 シャッグ フォール(タタ・フォール) …ぼさぼさの子馬という意味。


『ウェールズ』

 クーン・アンヌーン /クン・アヌン

    … 他界の犬という意味。白い猟犬。


『サフォーク』

 ガリー・トロット …白い毛の巨犬。ギリトルットともいう。

 ショック …道路に出没して、旅人を脅かす精霊。


『マン島』

 モーザ・ドゥーグ …ピール城の悪霊。マーザ・ドゥー とも呼ばれる。 

     → 『ドゥー(グ)』はマン島語の「黒」。


『ランカシャー』

 スクライカー …金切り声を上げるものという意味。

 シュライカー …スクライカーの別名。

 ブラッシュ …スクライカーの別名。

 トラッシュ …どた靴という意味.足音に由来。

 ゲイブリエル・ハウンド/古名ガブリエル・ラチェット

  …空高く飛ぶ妖犬、吠え声は死の兆しとされる。


『ヨークシャー』

 パッドフット …名前はあとをつける足音に由来。近づいたり触れてはいけない。


『コーンウォール』

 デヴィルズ・ダンディ・ドッグ/悪魔の愛犬

  …悪魔が引き連れた火を吐く妖犬たち。


『イギリス北部』

 ガリー・トロット …白い毛の巨犬。

 ガイトラッシュ …大きく毛深い犬の姿を好む魔物。

 カペルスウェイト

    …黒犬のほか、どんな四足獣にも変身できる。

 バーゲスト …ドイツの妖精と魔犬の伝承が習合?

 ボーゲスト …バーゲストの別名。


 フレイバグ;中世の民間信仰の、道の悪魔。



② イギリス国外

『ドイツ』

  アウフホッカー …飛びかかるものという意味。


『ベルギー』

  オスカエルト …馬や黒犬に変身する悪魔。

  クルッド …さまざまに変身する悪魔。


『フランス』

  リュバン

  …狼または灰色の犬の姿で、教会の墓地に出没する悪霊。


『フランス・ 北部ノルマンディー地方

  ロンジュール・ドス

  …骨をかじるものという意味。人気のない夜道で旅人を襲う。


『フランス・ 北西部、ブルターニュ地方』

  キ・ドゥー

  … 冥界で死者に付き添うとされる。


『スペイン・ カタロニア』

  ディップ

  … 黒い毛むくじゃらの犬で、人の血を飲む悪魔の使い。


『ギリシア』

  リゾス …大きな鉤爪の巨犬の姿で、街道に出没する悪霊。

  モロス …小さな黒妖犬の姿で現れる夜のデーモン


『西インド諸島・アメリカ ジョージア州』

  プラットアイ …夜道にあらわれる黒犬の姿の悪霊。


『グアマテラ、エルサルバドルなどの中央アメリカ』

  カデホ …赤い目を燃やす毛むくじゃらの犬。大きさは牛ほどもあり、善の白いカデホと、悪の黒いカデホがいるらしい。



 ── イングランドに突出して多くの魔犬の伝承がみられます。


『魔法使いの嫁』に登場したチャーチグリム(教会グリム、墓守犬)や『守護の黒妖犬』も加えるとさらに増えます。


 日本に目を向けてみると、イングランドのブラックドッグと比較できるほど著名な魔犬はいません 。──『犬神』は人に取り憑く悪霊なので、すがたかたち(肉体)をもたずかなり異なります。



 なぜ。黒い魔犬の伝承は、イングランドに多く見られるのでしょう?


 なぜ、人を暴力的に害するのではなく、死の兆しなのでしょう?


 そもそも、なぜ犬なのでしょう? ── 疑問に思えました。



 **



『 犬は最良の人間の友 』といわれます。

 名犬や忠犬の逸話は数え切れないほど多く、日本の場合、子どものときから童話「桃太郎」や「花咲爺さん」で忠実な犬、さちを運ぶ犬のイメージに親しんでいます。


 童謡『犬のおまわりさん(1960年発表)』もどこかで必ず耳にするでしょう…… 犬のお巡りさんに名前はありませんが、迷子の子猫に困惑する歌のイメージほほえましいもので、2007年(平成19年)には日本の歌百選に選出されました。


 さらに大人になっても、上野の西郷さんの像(の犬)、渋谷の忠犬ハチ公像を事あるごとニュースなど目にし。戦後の 新たな名犬……『昭和基地のタロー、ジロー』は爆発的人気をよびました。



 **



ぴーじょん【ボソっ】

「平成、令和 … 猫人気に押されまくっている気がする」


けーじょん

「── つっこむな!」


 [ごほん]_ 失礼しました。


 **



 ── 他方。

 犬と不吉の兆し。あるいは葬儀や墓地、死後の世界と関連づける神話伝承は世界各地にみられます。

 死を告げ、死者の霊を送り出し、死者の国への道を開いて。ときに死後の旅の供さえする……… 世界的に有名な犬の怪物・ケルベロスも、もともとギリシャ神話の死者の国の番犬です。


『世界中で、犬は死と地獄とつながっている』


 ── 犬の信仰や神話を調べるうち、そんな言葉も見つけました



 **



ぴーじょん

「死と地獄⁉︎……初耳。 犬は最良の友とまるでちがう」

(吠え声が不吉くらいならわかるけど)


けーじょん

「人の命を奪う存在とは言っていないよ?」



 **



 ── 正直なところ。


 犬と死や死後の世界とのつながりは、世界で古くから信じられた ………と、いわれても、わたしはピンときませんでした。


 不吉に鳴く?

 不吉な姿?

 カラスの方がよほど………


 どうも日本は、負のイメージの犬の神話伝承が極端に少ないようです。東アジアの中でも、です。




 日本は、長い歴史を通じてほぼ定住農耕社会でした。

 ヨーロッパの狩猟文化、牧畜文化の社会が犬を使役し、重要な役割を負わせたのに比べて、犬の有用性は限られていました。


 日本の狩猟犬は、特定の職種(職能集団〕の仕事や、支配階級の狩猟の楽しみに関わる存在でした。総じて犬の使役の度合いは「ゆる」く。例えば、数十数百頭単位の猛犬をふだんから飼っておいて、いざという時、戦場の敵へ解き放つ等、犬を「武力」にする発想は日本の歴史に見られません。


 日本では家や畑の番犬でさえ、それほど重要ではありませんでした。ほとんどの農村に豚や羊などの家畜はおらず、番犬を飼って財産を守るような富農もあまりいません。大部分の人間は、手もとにあるもので食いつないだり日銭を稼ぐ生活でした。

 童話『花咲爺さん』に登場する犬は、飼い主にとくに仕事を与えられず、ただただ可愛がられていました。

 

 一方、犬は出産が軽いとされることから、これにあやかろうと戌の日に安産を願い、犬張子や帯祝いの習慣が生まれました。

 ── 出産は、母子の命がかかった危機です。

 犬の霊力を求めたわけですが、ヨーロッパには使役する犬をそのように祀る神話や民間伝承はとくになかったようです。



 日本に『死を告げる犬』や『死者の国の番犬』の伝承が生まれず。海外の伝承が混交しなかった理由…… それは、伝統的に犬を愛玩する文化が根付いていて、犬と不吉、犬と死の関連付けが、人々に(われわれに)受け入れられなかったと考えられます。



 **



 ヨーロッパ以外について、もう少しふれると。


 中国の『野狗子』は犬頭の怪物グールで、墓場を荒らして人脳を食うとされます。


『天狗』は本来、不吉の兆しの犬の伝承でした(天体規模)。

 日本に伝わって、山奥にすむ山伏姿の怪人(⁉︎)に変わりましたが、もともと流星(隕石)を指し、空中爆発などで轟音を上げるさまが「天で吠え猛るイヌ」に見立てられました。

 災いの兆し、あるいは、空から地上へ災禍をもたらすものと恐れられ、みん王朝の頃には「天狗食日食月信仰」が登場しました。 天のいぬは太陽を食べ、月を食べて、不吉な日食や月食を起こすのでした。


 インド神話のヤマは『死者の国の王』で、後に仏教にも神性が取り入れられました(閻魔大王のことです)

 四つ目で斑の犬・サーラメーヤ Sarameya はヤマの下にいる番犬で、二頭で冥界の道を監視し、しばしば、死者の霊をヤマのもとへ誘う働きをしました。

 犬の名はシャバラ(まだらのある)と、シュヤーマ(黒)です。


 太平洋の彼方… 新大陸には、アステカ神話の犬頭の神「ショロトル」が有りました。

 アメリカ大陸には、ヨーロッパ人の襲来以前、馬や牛などの家畜はおらず。犬は人間にとってなくてはならない労働力でした。猟犬、番犬、犬ぞり用の犬などが活用され、宗教的には、犬は冥界で死者の魂を導くと信じられたそうです。

 犬頭のショロトル神は、ケツァルコアトル(太陽神・文化神)の双子あるいは分身とされる神性で、人間の創造のさい、冥府から人間の骨を手に入れます。

 また、金星の化身で『冥界に赴く太陽の供をしたと考えられる(wiki)』そうです。



 **



 ヨーロッパ文明に話を戻しましょう。


 古代ヨーロッパでは、死んだ人間は「肉が骨と切り離されるまで、魂は来世で自由になれない」と信じられ、犬(そして狼)が肉を食らうことで魂は自由になるとされました(wiki「ワイルドハント」)。


 死者の国にも犬はいました。


 三首の眠らない番犬・ケルベロスは世界的に有名な犬の怪物です。


 紀元前のヨーロッパで活躍したケルト民族の神話にも、冥府の番犬が登場しました。名前はドアマース、『死の門』です。


 ゲルマン民族の北欧神話には、死者の国「ヘルヘイム」におそるべき番犬ガルムがいました。ラグナロクのとき、軍神テュールを噛み殺す怪物です。


『犬は、死と地獄とつながっている』


……… それは古い信仰として、イングランドにブラックドッグがあらわれる前から、ヨーロッパに広くあったのです。



『教会グリム(チャーチ・グリム、墓守犬)』は、墓荒しやよこしまな存在から墓地を守るとされ、ブラックドッグと同じすがたですが基本的に温和で人を傷つけません。

 イングランドでは20世紀初頭、話題になったそうです。



 さらに、より新しい時代のブラックドッグを文芸作品から一例。


 アメリカの人気作家 スティーブン・キングは、1981年に小説「クージョ」を発表し、 狂った一頭のセントバーナード犬を世に送り出しました。

 クージョは黒毛ではありませんが、体重約91キロ… 仔牛ほどもある巨犬です。突如狂って飼い主を殺し、田舎の自動車修理工場をたまたま訪れた母子を車に閉じ込めて、理不尽かつ執拗に攻撃しました。


 狂った原因は、コウモリに噛まれて狂犬病になったことでした。


 子供好きの飼い犬が、暗い洞窟の奥( ≒ 冥府)から来たものによって『ブラックドッグ』に変えられた、と、いえるかも知れません。



 **



ぴーじょん

「クージョ……ブラックドッグ? 魔犬伝説はエンターテイメントで続いている? うーん… キング本人のエッセイや研究本をもっと確かめた方がよくない?」


けーじょん

「これはわたしの読書感想! あくまでも私見です!」

(この位の思い込みは許される、はず!)



 **



【 聖書とブラックドッグ 】


 それでは時をもどして。

 キリスト教社会のイングランドとブラックドッグに触れる前に。キリスト教── 古代の中東で生まれた聖書は、どのように犬を扱ったか見てみましょう。



 聖書には、旧約・新約共にさまざまな動物が登場します。羊、牛、馬、ロバ、ワシ、鳩、ワタリガラス、スズメ、ライオン、ヤギ、豚、蛇…… 。

 本物の登場する逸話だけでなく、動物の名前が隠喩でしばしば使われます。『羊』はキリスト教徒、『蛇』は悪のシンボル、といったようにです。


 では犬は?


 少し意外でしたが、犬が聖書に登場するのは(わずか)18回。最良の友どころか蔑んだ扱いで、ブタとともに不浄の動物とされています。


 イエス自身、

「神聖なものを犬に与えてはならない(「マタイによる福音書」7章6節)」と聴衆に警告しています。


「子供たちのパンをとって犬どもにやってはいけない(「マタイによる福音書」15章26節)」とも。


 さらに「ヨハネの黙示録」のしめくくり(22.15)は、犬は神の都(新しいエルサレム)の外にいる、という描写です。

 犬とは、神に敵対する人間をさすようですが、邪な者たちの例えは犬だったのです。


 愛犬? 忠犬? 名犬?

 聖書にはいません。




 聖書以前、古代の中東にはゾロアスター教が広がり、犬は神聖とみなされました。

 しかし、ユダヤ教(旧約聖書)で犬の地位は下り、キリスト教は犬は不浄とし。

 後年のイスラム教は、ついに犬を邪悪な生き物としました。


 どうして犬は不遇なのでしょう?


 ブラックドッグの不吉な伝承と何か関連が?






(── この先、聖書に関する勝手な想像です)


(真面目に信仰している方、きちんとした学問を学んだ方、聞き流すか読み飛ばすかして下さい)























( 警告しましたよ?)




 **




【 羊飼いと羊とブラックドッグ 】


* アベル

 旧約聖書『創世記』第4章に登場するアダムとイブの子。羊飼い。兄のカイン(農耕者)に殺された。


* モーセ

 旧約聖書に登場する古代イスラエル民族の伝説的指導者。シナイ山で『十戒』を授かった。


* パリス

 ギリシャ神話の英雄叙事詩イーリアスに登場する、伝説上のトロイアの王子。トロイ戦争の発端をつくった


* ロームルス

 ローマの建国神話に登場する伝説的な初代国王。


* ジャンヌ・ダルク

 百年戦争におけるフランスの救国の英雄。


 ── 以上、

 じつは全員、ヨーロッパの神話的伝説的な『羊飼い』たちです。イエス・キリストも自分自身を羊飼いと呼びました。




 古代の中東の牧畜社会で、羊は重要な存在でした。


 聖書には旧約新約ともに、羊飼いと羊(羊 sheep、仔羊 lamb、雌羊 ewe、雄羊 ram )という言葉があふれています。


 神(主)は『よき羊飼い』であり、正しく選ばれた指導者も羊飼いに例えられました。


 よきキリスト教徒は羊飼いに導かれる『羊』で『迷える羊・散らされた羊の群れ』です。

(よき信者が羊なのに対して、悪しき者・サタンの隠喩は山羊です)



 救世主イエスは、先にふれたように 「ヨハネによる福音書」で自分自身を「よい 羊飼いである(10.11)」と語り。よい羊飼いは羊のために命を捨てるともいいます。


 一方、洗礼者ヨハネからは 「世の罪を取り除く神の子羊(1.29)」と呼ばれました。

 この「子羊」という言葉には、神へ捧げる生贄のイメージがあり。新約聖書はこれ以降「子羊」を専らイエス・キリストを指す言葉にします。


 さらに磔刑後、イエス・キリストは『ペテロの手紙 一』で「羊の大牧者がお見えになる」ときが来るまで「神の羊の群れを牧しなさい」と、羊飼いと呼ばれます。

 これは教会の人間に説いた内容です。



 …… 気になったのは、犬の地位です。


 繰り返しますが── 羊飼いと羊(仔羊)は、聖書の中心的エピソード(カインとアベル)や聖句にたびたび登場します。


 しかし、聖書の犬は、番犬や野良犬であったり侮蔑の言葉の『犬』です。牧羊犬の登場は、 旧約、新約を通じて聖書において「ヨブ記」にただ一度です。


 羊は、群れをなしてくらす草食動物です。


 現実に、臆病であると同時にかなり力があり、群れをまとめることは簡単ではありません。とくに人間だけで、狼やジャッカルの脅威から多くの羊を昼夜守ることはまず不可能です。


 牧羊犬が必要不可欠とされています。


 ── wikipediaによると。

 紀元前4300年頃のトルキスタンや古代エジプトの地層から、羊の骨とともに、牧羊犬とみられる犬の骨が発見されています。群れの誘導などの訓練がなされた牧羊犬は、青銅器時代になると中東からヨーロッパや東アジアに拡がったということです。



 牧羊犬は古代の中東に存在しました。


 聖書の世界は、牧畜文化の世界です。


 羊飼いと羊を聖なるものとしながら、同時に、牧羊犬を無いものにした── とても不自然だと思います。



 うがった見方をすれば。

 よき羊飼い(神)と羊の群れ(信徒)の数々の聖句── 牧歌的で理想的関係の中に「羊のために命を捨てる」牧羊犬の居場所はなく。除くしかなかったのかも知れません。


…… あるいは。犬という動物は自分の吐物を食べたり、人糞を食べたり死体を食い漁ることさえあります。不浄とされる面があるからこそ、犬(牧羊犬)は除かれた、とも考えられます。



 **



 そうしてみると、聖書の悪のシンボルが「蛇 serpent 」ということも不自然かも知れません。


 羊飼いと羊の最大の敵は『狼』です。


 神と信徒の敵は、本来なら『狼』に例えられるはずです。



 狼は、 中世ヨーロッパでは悪の化身とされましたが、旧約、新約ともに、聖書にはそこまで多くは登場しません。

とくに旧約聖書で狼が羊や仔羊との関係で語られるのは「イザヤ書」の一節のみ── それも、メシアの時代が到来すれば「狼は仔羊と共に宿り」「食べ物を共にする」と説く場面です。


 狼の羊に対する暴威(話の前提)は語られません、


 新約聖書には、狼と羊の捕食関係を基調にした聖句が幾つもみられます。しかし、前述のとおり、夜も警戒して、羊と羊飼いを守る牧羊犬は登場しません。



 **



 余談ですが、不浄だった犬は、中世ヨーロッパにおいて『忠誠』や『貞節』のシンボルとみなされました。


 絵画『アルノルフィーニ夫妻の婚礼』(1434年)── これはヤン・ファン・エイクの代表作品です(興味ある方は画像検索を〕。

 婚礼の誓いをする夫婦の間、床の上に一匹の犬が描かれています。

 小さな犬は、夫婦の信頼と新妻の貞節を示すものでした。


( …… しかしながら。最初にみたとき、足もとの犬にまったく気が付きませんでした。新郎の顔がこわいんです )



 中世にかけて何が変わったのでしょう…… どうやら、犬が変わった(変えられた)ようです。


 ヨーロッパ・地中海世界の牧畜に使われた犬は、牛や羊を狙う狼と戦うことが求められました(プラス・家畜泥棒の警戒)。さらに、ローマ帝国や彼らに敵対した古代ヨーロッパの部族社会は、双方共、獰猛な犬を多数飼って戦争に使うことがありました。

 そのような犬たちは、大きさと屈強さが求められ、猛々しい気質があえてたもたれました。


 しかしその後、ヨーロッパの社会で犬の品種改良が進み、身近で飼える愛玩犬や番犬が増えてゆくとともに、犬が『忠誠』『貞節』のシンボルになっていったようです。



 **



【 牧羊の国とブラックドッグ 】


 それでは ──

 イングランドのブラックドッグに話をもどしましょう。

 では、なぜこの国に黒い魔犬の伝承が多いのでしょう?


 キツネ狩りの国だから?

 狩猟犬が大勢いたから?


 …… それでは、ドイツやフランスに少ない理由が分かりません。


 それに、なぜ死の「兆し」なのでしょう?

 出会った相手を殺す魔犬は主流ではありません。炎をはくといっても、犠牲者を焼いたり街に放火したりしません。


 わたしはブラックドッグのすがた。ふさふさの黒毛の巨犬は、牧羊犬そのものだと思います。

(『口からはく炎』とは、寒い夜中などに白くなる『はく息』を指すのでしょうか?)



 中世ヨーロッパの羊毛生産と毛織物製造は、当時最大級の国際貿易── 国家の一大産業でした。


 イングランドはスペインとならぶ羊毛生産地で、羊毛輸出の利益を巡ってイギリスとフランスの百年戦争が起こり。中世末期、イギリス・オランダとスペインは対立しました。


 イングランドの牧羊は、大陸の国々をはるかに超えて発展しました。少し長めに関連資料を紹介します。


○ イギリスは中世以来西ヨーロッパ最大の牧羊国であった といってよく、今でもイギリス農村では羊を目にすることが多い。

 ドイツでも羊は飼われたがそれほど多くはなかった。ドイツの畜産の特徴は何よりも森林を利用した養豚で、豚肉からつくられるドイツ・ソーセージは世界的に有名である。


○ 近代イギリス は畜産が盛んで、農地面積の半分以上を牧草地に当てていたのに対して、ドイツは農地面積のうち3分の2以上は穀物栽培に当てられていた。

 ヨーロッパでは、穀作中心のドイツ農業の方が一般的で、イギリス農村の牧草地の多さはむしろ特異だった。

 酪農が盛んなオランダやデンマークにも牧草地は多いが、イギリスの畜産で最も重要だったのは牧羊でトロウースミスは「羊は国民経済の中心」をなしたと述べている。


○ 古い時代の羊の数は正確には知られていないが、ボウドンによれば17世紀末のイングランドの羊は約800万頭で、当時の人口約500万人をうわまわり、人間一人あたり1.6頭の羊が飼われていたことになる。

 19世紀末になるとかなり正確な統計が存在し、マルホールの統計によれば1880年代に西ヨーロッパ諸国のなかで羊が最も多かったのはイギリス(GreatBritain)で、その数は2,900万頭に達した。

 次いでフランス2,300万頭。スペイン2,300万頭弱。ドイツ1,900万頑、オーストリア・ハンガリー1,400万頭であった。


○ 14世紀に書かれたジャン・ド・ブリーによる羊飼いの本には、「狼や羊泥棒に抵抗するために、広い肩幅で大きな頭をした強く大きなマスティフ犬を飼うべきである」とある。

 マスティフ犬は羊小屋の番犬として飼われていた。また放牧中の羊の見張り役であり、そして【 羊飼いの後に続いて膨大な数の羊を誘導する役割 】を持っていた。


○ 16世紀の学者ジョン・カイウスによる著作「イングランドの犬」において、この地には狼が居ないと明言している。

 そして牧羊犬の項目では、他の地域と違って牧羊犬は大きくなく背丈や成長にも関心が無いと書く。また羊の飼育の違いとして【 外国では羊飼いが羊を導く】のに対して、【 我々の国では羊が羊飼いを導く 】と説明する。

 そこで、牧羊犬は主人の声や笛などの合図に従い走り回って羊をかき集め、より能動的に羊の群れを制御する。


注)【__】は強調のため追加。



 ……… イングランドでは、大陸をはるかに超える羊が飼われ、牧羊犬に羊の群れの世話をさせることが当然とされました。


 聖書の羊飼いは、羊の群れを声で導き命がけで羊を守ります。

 現実の羊飼いは、見張りと戦いを牧羊犬に頼り。それも牧羊大国イングランドに至って、牧羊犬の「あと」をのんびりついて歩き、羊を先導する役目を犬に委ねたのでした。


 犬種も変化し、ヨーロッパ大陸の牧羊で使役されたのは、牧羊犬シープドッグの中でも、見張りや外敵との戦闘をおもな仕事にした大型の牧羊犬・ガーディングドッグ でした。

 これに対してイングランドで活躍したのは、能動的に先に走って羊を導き、散らばる小さな群れをまとめる中小型の牧羊犬・ハーディングドッグでした。狼(外敵)が絶滅した島国で、高度な誘導技術が磨かれ。イングランドの牧羊犬ハーディングドッグは、こと細かにひとが指示しなくとも羊の群れを誘導し、従わない羊には吠えかかり、ほどよく噛みついて罰を与えました。


 ── もしかしたら。


 羊たちにとって群れの主は、牧羊犬で。

 かれらの意識に、羊飼いは存在していないのでは?


 牧羊犬が羊の大群を先導し、自由自在にまとめる光景を見て、そう思った人間がいたかも知れません。



 イングランドは、少なくとも10世紀には羊毛を外国へ輸出していたということです。牧羊の普及には修道会が関与したと言います。イングランドの人々の意識に、長年かけて、牧羊犬たちの活躍が深く焼き付けられたはず ──


 黒い魔犬の超自然的な伝承は、そんな牧羊大国だからこそ生まれて、広まったのではないでしょうか?



 キリスト教が、羊を信徒に例えるのなら、羊の大群を自在にまとめ、導き、守るようになった牧羊犬は神秘的存在です。


 しかし、聖書にすぐれた牧羊犬の居場所はありません。


 光でないなら闇から。


 キリスト教にモチーフが無いなら、古い信仰の中から。


 イングランドの人々が、空白を埋めるように牧羊犬の伝承を求めて。古い神話の因子を宿した黒い魔犬が立ちあらわれた。

 ── そう考えました。



 日本は、犬を愛玩する伝統だったから死の兆しの魔犬や冥府の番犬の伝承は生まれなかった。海外から伝播しても、古来の伝承へ受け入れられなかった(混交しなかった) と、少しの前にふれました。


 では、ブラックドッグの伝承が牧羊の国に根付いた背景は?


 ── 黒い魔犬は、せまる危機に気付かない信徒(羊)にむかって、死の兆しを示し。死者の世界へ導く黒い牧羊犬、と、言えないでしょうか?


 あるいは…


 中世ヨーロッパの大陸諸国では、牧羊において狼から羊を守るため、牧夫は雇い主の許可や代理人を立てること無しに羊の群れから離れてはならず。

 夜には藁葺きの牧夫小屋で、犬と一緒に寝ることになっていたといいます。


 羊飼いにとって、牧羊犬が頼りの綱だったわけです。


 しかし……… 狼の襲来(死の危険)を告げる牧羊犬は、ある意味、不吉を突然告げる占い師です。


 人間は闇を見通せず、気配もわかりません。

 狼に迫られた夜の恐怖は、猛々しい牧羊犬のシルエットと吠え声と結びつき。狼が姿をみせずに引き下がった場合、犬の振る舞いそのものが恐怖の記憶となります。


 不吉な予言しかしない巫女が、そのうち、不吉そのものと忌み嫌われるように。


 夜の牧羊犬が、死の兆し、不吉な存在と同一視されてもおかしくないと思います。



 聖書で存在を示されなかった「最良の友」。それがいつしか黒く不吉な色にそまり。羊(キリスト教徒)のもとへ、死を告げる魔物になって立ちあらわれた。


 それがブラックドッグ。


 かれらは古い時代の、猛々しく大きな牧羊犬のすがたをとり。牧羊の大国・イングランドであればこそ、全土に伝播して人々に受け入れられたのでしょう………












 **


けーじょん 「完!」


ぴーじょん 「え?」


けーじょん 「うむ。穴は多かろうが──


 ブラックドッグには、教会を襲ったとんでもないエピソードがある。一方、墓守犬(守護の黒妖犬)の伝承も── 混乱があるようにみえるけれど、はじめに聖書から牧羊犬(狼も?)を排除したひずみがあって、だ。


 だけど、中世のイングランドの人々は、羊と、よき羊飼いの隠喩を繰り返すキリスト教をあつく信仰していて。


 現実の牧羊大国では日々、牧羊犬たちの働きを目にしていて。


 ヨーロッパの精神世界から欠け落ちた『牧羊犬の伝承』が、イングランドではとくに求められた。

 良し悪しを問わず!


 死の兆しの黒妖犬の伝説は、そうして生まれるや否やイングランドの各地に根付いていったんだ!


 ── 完。












ぴーじょん「あ、まって」


けーじょん「なんだ、さっきから」


ぴーじょん「本気で忘れているだろう? 」


「エジプト神話の、黒い犬の頭の死者の国の神。葬儀にかかわって、死者の魂を冥府へ案内する……アヌビス神にふれないまま、ブラックドッグの話を閉めるの?」



けーじょん「あ。あああ!」



 **



 **



 さ、最後に。

 黒い犬の頭のアヌビス神に触れたいと思います。


 エジプト神話のアヌビス Anubis

 神は、死者の神、墓地の神、冥府の神です。その姿は、真っ黒な犬(またはキンイロジャッカル *)の頭の半獣半人というもの。


 …… よく誤解されますが、アヌビス神は死神や破壊神ではありません。死者の守護神です。

 エジプト神話の戦いの神、破壊の神、伝染病をもたらす死の神は、獅子頭の女神セクメトです。

(アヌビス神ほど知られていませんけど)



 ブラックドッグやバーゲストの「黒」はふさふさの黒毛ですが、アヌビス神の「黒」は「大地と闇を示す観念的な色」とされます。


 もっとも、犬の木乃伊を作るさい、黒いタールを表面に塗ったので。アヌビス神のすがたは黒い犬のミイラとの関係かも知れません。

 アヌビスは葬儀を司り、死者を冥府に導く役目をもち、世界最古のミイラの作り手とされています。


 なお、黒いアヌビス神は、半人半獣のほか、ジャッカルそのもののすがたで描かれました。


 死者を冥府へといざなう、黒い犬です。



 古代ヨーロッパの冥府の『番犬』…… ケルベロスやガルムは、あくまでも番犬。死の兆しを告げたり葬儀に関わりをもちません。


 これに対してアヌビスはある意味、死者の国への『誘導犬(神)』です。『死者の国へいざなう黒い犬』と言い換えるなら、ブラックドッグと重なるものがあります。




 こじつけ?


 ── ただ、実のところ、エジプト神話とヨーロッパ文明は(意外に)つながりがありました。


 ギリシャ神話の主神ゼウスは、エジプト神話の最高神アメンと同一視されました。アレクサンダー大王は、東方遠征の際、アメン神殿を訪れてアメンの息子であるという神託を得ましたが、それはゼウスの息子であるということに等しく。

 アレクサンドロス大王は自らの神性を証明して満足したということです。


 さらにアレクサンダー大王の死後、エジプトは、大王の侍従だったプトレマイオスが起こした王朝(プトレマイオス朝)に支配されました。

 ギリシャ人の王家のもとでエジプト神話とギリシア神話は習合され ── アヌビスも、ギリシア神話の智慧の神ヘルメスと融合してヘルマニビスともいわれました。

 古代ギリシャ・ローマ神話に習合したアヌビス神のイメージは、ヨーロッパへ伝わり。現代のバチカン美術館にはヘレニズム化されたアヌビス(ヘルマニビス)像が収蔵されています。


 さらにまた、コプト教会(キリスト教の教派)は、天使ガブリエルとアヌビスを、死と審判に関わるものとして同一視したそうです。



 黒犬のアヌビス神が、エジプトからイングランドへ直接伝わり、ブラックドッグの原型になった可能性はあるでしょうか?


 … 神話が直接、伝わった可能性はあります。


 イシスはエジプト神話の女神ですが、イシス信仰は帝政ローマで大流行し、紀元前200年頃、ほぼ全域で信仰されました。女性の守護者とされましたが、男神=花婿オシリスの死を嘆き悲しみ,死者の国から連れ戻したことから、死者の守護女神,復活神の一面ももちます。

 アレクサンドリア港の守護女神や、航海の守護女神の性格も持ち、7世紀にはブリテン島にまで及んだということです。


 このイシス信仰とともに、アヌビス神の姿や、葬儀を司り死者を導く権能の話も、イングランドに直接伝わったかも知れません。



 イシス信仰はキリスト教の隆盛により、歴史から姿を消しましたがマリア(聖母)信仰に影響を与えました。

 また、中世ヨーロッパではイシスは魔女の元祖とされることがありました。同時代、犬は邪悪を斥けると言われましたが、黒犬は黒猫と同じく魔女をたすける邪悪とされました。



 **



けーじょん 「── か、完? 」


ぴーじょん 「おつかれ!」

「最後の方、古代エジプトのアヌビス神は、古代イングランドへエジプトから船で伝わった? ── 無理矢理感が、クトゥルフ神話みたいだ!」



けーじょん 「えらい、いわれようだ……… 」


「クトルフ神話? 『猫神』か?…直接、海路の話はうさんくさいかな」「あと調べると、中世ヨーロッパの人はアヌビス神の図象を目にして『狼男』と思ったらしい」


 

ぴーじょん

「ありゃ? それ ──ブラックドッグの伝承とのつながりが、弱くなる勘違い」


「ところでね。犬が『人間の最良の友』で、なおかつ世界中で『犬は死と地獄の伝承につながる』理由だけど────「…それはじつは、有力な説明がみつけられな」参考になりそうな話を見つけてきた」


けーじょん 「え?」



ぴーじょん

「飼い犬は人間に身近すぎて……… 死にそうになった飼い主を助けたり、最期を看取ることがあるけど。地獄のような惨状を作ることもあるみたいだ。


 忠実、親密だからこそ、ね」


「参考資料は、

『イヌやネコはなぜ死んだ飼い主を食べるのか;80件を超える事例から傾向と対策を探る( ナショナルジオグラフィック(2017.06.28))』だ」



**



── ペットのイヌネコが、死んだ飼い主の体を食べる事件が時折、起きる。


 ナショナルジオグラフィックの記事は、とくにイヌについて科学捜査関連の学術誌に掲載された20件ほどのケースに加えて、屋内で起こった63件のケースをまとめた2015年の研究を精査し、飼い犬が死んだ飼い主を食べてしまう理由を探ったんだ。


 それによると、法医学の専門誌に掲載されているケースのうち、人間を食べた動物としてもっとも頻繁に登場するのはイヌだ。

 これは、無残な遺骸を目にした法医学者が大きな衝撃を受けて、報告を重ねたためかもしれない。



 では、なぜ、犬は飼い主を食べたのか?


 まず考えられるのは、犬が屋内に閉じ込められて、生き延びるために飼い主を食べるケース。

 だけど、犬が死んだ飼い主をすぐ食べだすこともあって。2015年の研究対象のケース(関わった動物はすべてイヌ)のうち 24パーセントは、体の一部を食べられた死骸が発見されるまで1日もたってなかった。

 一部のケースでは、普段から食べている餌があったのに、犬はそちらに手を付けていなかった。


 たまたま少し齧る程度ではないケースもあって──

 ナショナルジオグラフィックの記事の冒頭の事例は、一日で、飼い主の死骸は顔や頭部が無くなるほど損傷していた。犬は捜査員に(暴れもせず)収容されたけど、人肉のかけらを吐き戻したんだ。


 同じ室内には、半分まで餌を食べた皿がまだ置かれていた。



 息をひきとるなり、顔を食べられてゆく飼い主の死骸── とても無残な光景だ。

 目撃者にとって、衝撃的すぎる光景だね。

 最後の瞬間まで、ともに暮らしていた飼い犬はスキをうかがっていた? しつけられたのはフリで、黒い獣性を押し殺していた?


 ──── それが、ちがうらしい。


 記事によると、飼いイヌが屋内で死んだ飼い主の体を食べる場合、そのうち73パーセントのケースでは顔を食べて。腹部を食べたものは15パーセントにとどまっていた。


 この行動パターンはジャッカルや狼などと対照的。

 野生のイヌ科動物は、まず胴体の栄養豊富な内臓を食べて、その後、四肢へ進む。頭部に傷をつけるケースは全体の10パーセントしかないということだ。


 可能性として記事で挙げた推測は、犬が「急に動かなくなった」飼い主を助けようと熱心に働きかけて、ある意味暴走した、ということ。


 飼い犬が、倒れた飼い主の顔をはげしく舐めたり、そっと押したりして。それでも目覚めないと、はげしく吠えたり、近くの人間のもとへ助けを求める …… 賢明にみえる行動だ。

 飼い主の救急救命が成功したら、忠犬が命をつないだ、という美談だね。


 でも、もし、飼い主の死骸と一緒のまま部屋から出られなかったら? だれも助けに来なかったら? ── 飼い犬がパニックを起こしてしまったら?


 飼い犬が、いつまでも動こうとしない飼い主を『噛み』。それが『齧る』『食べる』にエスカレートすることが考えられる。血の味が、異常なふるまいを加速してしまうということだ。


 飼い犬が、飼い主の死骸を無残な姿にする理由に『動物虐待』を疑うことがある。無抵抗になった飼い主に、たまりにたまった衝動を爆発させたという推測だね。

 でも、現実の事例を調べると、飼い主から虐待を受けていた形跡はなくて。近所の住人や友人が仲の良さを証言していたりする。


「顔を必死で舐める」が「噛む・噛る」へエスカレートしたのが正しければ、むしろ、飼い主と仲が良い犬… ひとりでは自信のない臆病なイヌほど、飼い主の急死でひどく混乱しながら、そばにい続けて── 「食べ」てしまうかも知れない。



 急に倒れた飼い主を、危機から救う『忠犬』『名犬』 。

 急死した飼い主を無残に食いちぎる『おぞましい犬』── それは実は紙一重。犬に善悪はない。

 世界中で犬が飼われながら、『死と地獄の伝承』があったり邪悪とさえ呼ばれる理由は、もしかしたら、同様の事件が古代社会で起きていたのかも知れない。


 昔の牧羊犬は、狼と戦うことを求められたから、猛々しくて大きかった。中世ヨーロッパでは、小屋で羊飼いと牧羊犬は一緒に寝たんだよね? 古代の中東でも、犬と羊飼いは洞窟や掘っ建て小屋、キャンプ地で一緒に寝起きしただろう。

 ……そこで羊飼いが何かの理由で急死したら。そして、パニックを起こした牧羊犬が死体損壊(食人)をしてしまったなら。

 狼と渡り合うような大型犬だ。わずかの時間でそれはひどいことになっただろう。血の味で暴走するような猛々しさも、望んで残した大型犬だしね。


 聖書の羊飼いのそばから牧羊犬のすがたが消えたのは、そんな犬のひどい『裏切り(そう見えてしまう)』が要因のひとつかも。

 古代の部族社会で、牧羊犬が死んだ飼い主を食い荒らして、人々は無残な亡骸を目撃したけれど…… 牧羊は止められず。犬を使いつづけるしかなかった。


『主人殺し』『食人』の衝撃的光景はひそかに語り継がれて。のちのち、聖書から牧羊犬が除かれる事態になった──



 **


ぴーじょん

「空想だけどね」


けーじょん

「それが、ブラックドッグの始点──⁉︎」


ぴーじょん

「だから、空想。古代に本当にそんな死体損壊事件がおきたかどうかわからない。聖書に影響したかどうかなんて、なおさらわからない」

「ナショナルジオグラフィックの記事にしても、推測を裏付ける防犯カメラの映像のような証拠はない── 調査ははじまったばかりだ」



「カーン! …… ささ、こっちも始めないと」


けーじょん

「──ぅん?」


ぴーじょん

「今の練習だけど、かなり予定時間を超過したから。講演内容は半分… 出来るなら、2/5くらいに縮めないと」


「たいへんだな。週明けまでがんばれ!けーじょん!!」


「ナショジオの資料は置いてくから。じゃあ、帰るね❗️」










 …… 完?

おもな参考資料


【 誘導犬によるヒツジ群の誘導技能は,12世紀から13世紀頃に北ヨーロッパ中世で確立されたようなので,古代の遊牧において,どの程度までイヌが誘導機能を発揮していたかはわからない.

 しかし,特に,ヒツジが放牧対象になる場合,イヌによる何らかの補助(家畜群と牧夫家族の警護)は 不可欠な機能であった 】

『キリスト教・三位一体論の遊牧民的起源 ― イヌの《仲介者》化によるセム系一神教からの決別― 』中 川 洋 一 郎

 経済学論纂(中央大学)第60巻第 5 ・ 6 合併号(2020年 3 月) 431


『近代イギリスにおける牧羊の歴史的意義』藤 田 幸 一 郎

一橋論叢 第134巻 第6号 平成17年(2005年) 12月号


書籍

 篠田知和基著『世界の動物神話』

 ピーター・ミルワード著『聖書の動物事典』

 岡田温司監修『聖書と神話の象徴図鑑』ほか


小説家になろう

 作者そらが「古代・中世のペットライフ」

 https://ncode.syosetu.com/n9870fw/


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特定(Special)感謝(thanks); NOMAR様 m(__)m

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[一言] お見事!!
[一言] >(よき信者が羊なのに対して、悪しき者・サタンの隠喩は山羊です) 羊の群に1頭だけ山羊を混ぜると云う手法を聞いた事があります。 そうすると群はその山羊をリーダーにまとまるのだそうです。 色…
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