崩落したショッピングモールでキスをした
灰色が圧倒的支配を振りかざす世界に、ただ二人だった。
かつて昔。そう永くはないと言われながら、それでも永遠を夢見られた世界は、呆気なく朽ち落ちた。
この街は死んだのだ。
パラパラとコンクリートの砂が落ちて、入口に出来た瓦礫の山を打つ。
天井近くの鉄筋がむき出しになって、金具が錆ついて垂れている。その隙間を縫うように、黒い鳥が小さな数羽の鳥を追いかけていく。
私たちの街の真意は、私たちには掴めなかった。以前のように細い声を拾える住人は、長老を含めたごく僅かの人間だけだ。
文字は最早元来の役目を果たせなくなり、今は名残として街にまつわる資料が長老宅の金庫に納められている。
だが読み上げられるのは長老ら数人だけで、若い私たちはその文章を頭で巡らすだけ。考えるだけなのだ。
目を瞑れば、意思を閉ざして綴じ込める。目を開くと、相手に思いを伝える。声による伝達は意味を成さなくなり、やがて街に消された。
だから、私たちには、この廃れたチラシもラブレターも小説も歌も、人間の間を介する媒体が激減した。
鳥たちを見送り、閑散とした空を見上げた。雲のない、ただ水に溶かした青白色が、パレットから溢れてだらしなく広がったみたいな空。
面白みも、探るべき問も思い浮かばせない、無機質な色。安心や安定を与えられては、何も進もうとなんて思えない。
冷たいゴムの革に触れ、そっと掌で撫でる。つるつるしているのに摩擦の大きい、独特の感覚。
指先でなぞり、ただの階段と化したエスカレーターを下る。踏みしめるたびに段の隙間から白い砂がこぼれて、さらりとした感覚が足の下に撒かれる。
前方を歩く彼が、ぎぃ、と同じように下る。
やや癖のある茶髪が動くたびに揺れ、ふわふわと彷徨うように浮かぶ。
柔らかな肌触りの絹性のTシャツはシンプルで、襟元に施されたアジア民族特有のカラフルな刺繍が、唯一のこの世界に滲む鮮明だ。七分袖から覗く腕は骨と皮だけで、繋がる小さくて華奢な手首には青い脈が浮き出ていて、軽く握られた拳の隙間には石がある。
たん、と軽い音を立てて、彼がエスカレーターを下り終える。そして彼が首を捻ると、無愛想な横顔が見える。薄色の唇を開いて、小さく呼吸をする。
長い睫毛が伏せられ、私の方を向いて、また開く。彼は、己を見つめることを求めている。その事が、脳を介するよりも早くに、鼓動の速さで分かる。
彼の瞳の色はとても美しい。私が見た色彩の中で、群を抜いて、最も。汚れ切った鈍色の奥に、生命の強さを讃えた深緑と、神秘と謎を秘め眠る蒼白が渦巻いている。
彼はその迷いすら振り払う重さを伴わせて、ゆったりとした動きで腕を上げ、手の中を開く。
彼の瞳と同じ光を放つ、美しい石だ。彼は私の手を引き、それを握らせる。それから、驚く私を少し面白がるように笑う。
思わずむっとする。彼を睨みつけると、すっとぼけた顔をする。更に苛立ちが増す。
それでも彼は笑い、優しい闇を携えた瞳で私を見上げる。
私はそれに応え、目を瞑った。