第5話 あなたの居場所1
目が覚めるとそこは、医療品や機械の部品などが置かれ、薬品とオイル臭い匂いが漂っている医療室だった。
そして、俺はその部屋に置かれている治療台の上に横になっている。
俺は、今まで人間が娯楽として楽しんでいた違法コロシアムの剣闘士だったが、五日前にガルディアンに保護された。
その後は、ガルディアン本部内の医療室に連れてこられた俺たち『元』剣闘士は、解除されたマイクロチップと足枷以外に何か仕込まれていないか全身を細かく検査され、違法コロシアム内での戦闘で受けて出来た傷の治療を受けた。
そのおかげで、所々にあった傷跡は無くなり、アームボディも綺麗に磨かれていた。今日は治療を受け始めて五日目であり、俺の退院日だ。
この五日間、治療やリハビリの間に色んなこと考えていると、ふと、思い出す。
そういえば、あいつは無事だろうか。俺を庇い、俺の代わりに銃弾に当たった人間は…今、どうしているだろうか。と、気づけばあの時の情景を思い出している。
あの事件当時に『ナンバー4』と呼ばれていたゲシュヴィスターはそんなことを思い返しながら、治療台から起き上がろうとする。すると、元剣闘士のゲシュヴィスターが起きたことに気づいたこの部屋の主である医官のゲシュヴィスターが声を掛けた。
「目覚めたかな?」
「ああ」
元剣闘士のゲシュヴィスターは簡単に返事を返し、治療台から降りようとするが、医官はそれを制し、そのまま最終検査を行い始める。
「うんうん。ブレインも身体機能も正常に動いてるし、問題なさそうだ。何か痛いところや不具合を感じる箇所はあるか?」
「ない」
「それならよかった。じゃあ、退院手続きの書類を渡そう」
医官はにこやかに微笑むと退院手続きのための書類に元剣闘士のゲシュヴィスターの現状態を書き込み、最後に医官のサインと判子を押す。
「これを部屋から出たらすぐそこにある受付に渡してもらえるかな?」
「ああ、分かった」
医官から渡された書類を元剣闘士のゲシュヴィスターは受け取る。
「あと、今から来るガルディアンの隊員とお前さんの今後について話し合いをしてもらうことになっているから少し待ってもらえるかい?」
「俺の今後について?」
元剣闘士のゲシュヴィスターは疑問を抱き、目の前の医官に呟く。
「まさか、退院したら放り出されるとでも思ってたのか?」
「…」
沈黙しているとそれを肯定と取った医官は笑った。
「カルディアンではそんなことはしないよ。なんだってここは私たちゲシュヴィスターの守護、または人間との共存関係を守るための組織機関だからね」
医官は穏やかな顔でそう語った。
『ガルディアン』。剣闘士の頃に一度だけ聞いたことがあった。俺たち、ゲシュヴィスターの守護者であり、ゲシュヴィスターと人間の関係を正しく導く組織機関だと。
だが、そんな組織機関は存在しないと思っていた。ただの噂に過ぎないと。誰も俺たちを助けてはくれない。殺されるまで永遠に続くのだと、そう思っていた。けれど、その疑惑は五日前に全て打ち砕かれた。
医官からの言葉を聞いて、そんな事を考えていると医療室の扉にノックが二回され、扉が開く。
「こんにちは、ラファエル先生」
「いいタイミングで来れたみたいだ。やぁ、ルサ。傷の方はどうかな?」
「まぁまぁですかね。今はラファエル先生に言われた通りに大人しく室内で出来る業務をしていますよ」
「本当に君は毎回無理をし、毎回怪我をする事が多いいから大人しくしてることをお勧めするよ」
「いっそう、そのまま室内業務だけをしていたらどうかな?」と一見、オブラートに包まれているように聞こえる釘指しの言葉にルサは「ははは…」と苦笑した。
元剣闘士のゲシュヴィスターはそんな様子を眺めながら、扉から現れた人間があの時、自分を庇った人間だと認識する。
「お前…」
ルサは元剣闘士のゲシュヴィスター声に反応し、顔を向ける。
「五日ぶりだね。体調の方は大丈夫そう?」
「あ、ああ」
元剣闘士のゲシュヴィスターは戸惑いながらも軽く返事をし、ルサを見つめる。ルサも元剣闘士のゲシュヴィスターを見つめながら話を進めた。
「話は聞いたと思うけど、私があなたの今後についてサポートをすることになった」
「そうか」
元剣闘士のゲシュヴィスターは先ほどと同様に返事を返す。
そのあと二人は、少しだけラファエルと言葉を交じり合わせ、最後に「失礼します」と挨拶をした。そして、これからの事について話し合うために場所を移そうと歩き出す。
すると、ルサは医療室を少し出たところでふと足を止め、後ろにいる元剣闘士のゲシュヴィスターに振り向く。
「そういえば名前を聞いてなかった。あなた、名前は何ていうの?」
「ナンバー4」
「それは剣闘士のときの番号名でしょう? そうじゃなくて、あなた自身の名前」
ルサは元剣闘士のゲシュヴィスターのオプティックを真っ直ぐ見つめながら尋ねる。その瞳に一瞬動じるが、元剣闘士のゲシュヴィスターも真っ直ぐルサの瞳を見つめながら答えた。
「アズエルだ。……お前の、名前は?」
「言ってなかったけ? 私の名前はルサ・ラギュエル」
「ルサ・ラギュエル…」
「そう。よろしく、アズエル!」
『アズエル』。誰がこの名前を自分に付けたのか、どこで生み出されたのかもわからないし、ましては自分の名前に対し特に意識したことはなかった。
だが、忘れかけていた自分の名前を久しぶりに誰かに伝え、そして呼ばれたことに、少し、ほんの少しだけ安堵した自分がいた。