表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の占い師と犬の騎士  作者: 狐川 月九
一部 星の占い師と犬の騎士
6/79

ファウストの過去 

 目を覚ますと、白い天井が目に入った。柔らかい布団が体にかけられている。そうか、私‥契約の途中で気を失ってしまって‥。


 「契約、大丈夫だったのかな。」

 呟きながら体を起こす。ものすごく体がだるい。白いベッドに、薬品棚が並ぶ。医務室のベッドに寝かされているらしい。足元の椅子に目をやると、ファウストが腰掛けてうとうとと居眠りをしていた。

 

 運んでくれたんだろうな‥。別々に生きようなんて言って、結局運命共同体になっちゃった。自分のことを好きだって言ってくれたけど‥。


それって‥前世の感情に、引きずられているだけなんじゃないかな‥。


今の彼自身も、本当にそう思ってくれているのだろうか。今の彼と、今の私は会ったのが今日で2回目だ。


いやいや!そもそも私の飼い犬だったから、まだちょっと受け入れられないというか‥考えられないというか‥そんな目で見れない。 


 推しの天川さんそっくりの人に迫られるってのは、それだけで考えるとおいしいのかもしれないけど。


 「ときめいてはいる‥確実に。ただ素直に喜べないなぁ。」

  

 また、さっきの唇の感触を思い出してしまい急に恥ずかしくなった。


 窓の外を見ると、シュールな絵面が目に入った。


 中庭で、リゲルとカエデがフリスビーで遊んでいる。リゲルはなぜかワイシャツにスラックス、ネクタイをタイピンで胸のポケットに留めていた。

 「何あの格好‥。リーマンっぽいけど、あの人がスーツ着てるとホストにしか見えない‥。ホストが犬と遊んでる‥。」

 あのホスト、前世だったら人気ナンバーワンくらい簡単にとれるんだろうななんて考えしまった。というより、この世界にスーツなんてあったんだ‥。



 「あ、目を覚ましたんですね。良かった。」


 後ろから突然声をかけられ、慌てて振り返る。そこには初めて会う男が立っていた。水色の髪。マッシュルームカットの髪型で、眼鏡をかけている。年は30歳くらいだろうか。

 「私ですよ。スコープです。」


 「えっ?!」

 思わず体が揺れる。

 「ありがとうございます。あなたが王宮付き占い師の任についてくれたおかげです。危うく死因が老衰になるところでした。」

 自分のことをスコープだと言う男はふふっと笑う。全く笑えない。


 「今の私にはもう、星の加護を使うことはできません。魔力が残ってないのです。リゲルとの盟も解除しました。解除した時に、肉体を本来の年齢に戻す分だけの魔力が返還されたんですよ。リゲルの厚意かもしれません。まぁそれで、老人のまま過ごした数年間を取り戻せるわけではありませんが‥。」


 寂しそうにスコープさんが俯き、言葉を続ける。


 「あなたは、私のように老いる心配はしなくていいですよ。私には、魂が絆で結ばれるほど、強い縁の相手はいませんでした。アゼリアさんには、ファウストがいます。これほど、心強いことはきっとないですよ。あ、ちなみに時の契約はちゃんと成立しましたよ。今、リリィ様も休んでいらっしゃいます。」

 スコープさんが、まだ居眠りをしているファウストへ視線をうつす。


 「彼のこと、まだあまりよく知らないでしょう。私から少し、話をさせてもらっていいですか?」


 外から、カエデのはしゃぐ声が聞こえる。私は、私の知らない元愛犬の話を聞くことにした。


 

 

 13年前。

 「ごめんください。お願いがあるんです!」

 元気な声の1人の小さな男の子が王宮へとやってきました。薄茶の髪、くりくりとしたかわいい瞳の子どもです。

 門番は家に帰らせようとしますが、頑として帰りません。困った門番は、王宮付き占い師に就いたばかりの私と、盟を結んだばかりのリゲルを呼びました。


 「スコープ様。子供がどうしても帰らないのです。聞けば、加護を受けるにはどうしたらいいかと‥。子どもには関係がないと言っても聞かないのです。」


 

 私は、彼を王宮の自室に迎え入れました。

「スコープ。この子ども、面白い魂をしてるぞ。前世‥かわいいじゃないか。」

 破顔したリゲルに抱えられ、男の子は思わず顔をしかめましたよ。リゲルはそんな事気にも留めず、男の子をたかいたかいしていましたがね。


 「僕の名前はファウスト。ファウスト・コルギ・ペンブローク。僕は早く強くなりたいんです。僕の‥僕の大事な人が泣いている。離れてるけど、僕には分かる。早く会いに行きたいけど‥弱い僕に、まだその資格はない。10年も待てないんです!早く加護を受けて、この小さな体でも闘えるようになりたい。」

 

 小さな男の子の願いが、部屋に響きました。


 「まだ未発達な体で、加護を受けることは並大抵のことではないぞ。それに、この国では加護を受け、魔力が発動すれば2年以内に仕事に就かないといけない。その覚悟があるのか。」

 「なんだって‥やってやるさ。」


 

 リゲルの問いかけに、二つ返事で男の子は答えました。彼のご両親は‥と思い、リゲルに確認しましたが、彼は産まれてすぐ、育児放棄され施設で育っていたのです。同じ頃合いの子供たちとは、うまくやれていないようでした。私はすぐ、王女様を呼びました。

リリィ様の、お母様ですね。リゲルに星の思い出を視てもらい、戦闘特化型、拳の加護を彼に授けることにしたのです。リリィ様のお母様が身罷みまかられたのは、そのすぐ後のことでした。

 それからは、王宮の騎士団に混ざって特訓の日々を送ることになったのです。身元も、王宮が正式に引き取りました。リゲルが何かと世話を焼いてましたね。もうお気づきかもしれませんが、リゲルは子どもが好きで、面倒見がいいんですよ。

 

 10歳になる頃には、もうファウストは1人で巡回できるようになっていましたね。魔力もその頃には既に発動していましたよ。元々の性格が好戦的なのかもしれませんが‥彼は自分から好んで目立つ行動をし、敵に飛び込んでいくようになりました。一人前の護衛として任命されるためには、ある程度武勲をあげている必要があります。16歳には隊の指揮を執るようになりました。あぁ、同じ騎士団の中で、仲の良い友人ができたのもその頃でしたね。


 あまり、弱みを見せない子どもでした。本当に、最初の出会った時だけでしたね。私たちに何かを頼んだのは。


 彼は前世から転生する時に、こう願っていたようです。

 「強くなりたい、彼女を守れるだけ強く。彼女の幸せを。そして、できれば今度こそ、彼女と愛し合えるように、自分もどうかヒトに‥と。」

 


 スコープさんが、ふぅとため息をつく。ファウストはまだこくりこくりと居眠りをしていた。


 知らなかった。私は私で悩んでいたけど。それ以上に‥彼は悩み、戦っていたんだ‥。急に、自分が情けなくなった。


 「どうか、彼の愛情を疑わないであげてください。受け入れろとは、もちろん言えません。あなたの意思も大事ですからね。あなたが本気で嫌だというのなら、私たちもそれなりに対処します。」

スコープさんがきっぱりと言う。わたしの拒否権なんてないものかと思っていたのに。

「あ、これ良かったら。昼食もまだでしたし、落ち着きますよ。」

 スコープさんから差し出されたコップを受け取る。匂いからすると、ハニージンジャーだ。冷たすぎず、今の私にちょうどいい。


 おいしい。ほっとする味だ。



 「ところで‥彼が転生する時に、強くイメージしていたものがあるんですよ。それが、絵で書かれた人形?のようなものなんですけど。ファウストそっくりの人物が‥今外でリゲルが着ているような服を着て、ピースサインを作っているもので。何か、心当たりはありますか?」

 

 カエデの楽しそうな声が、外から聞こえる。



 「ゴホッ!ゴホゴホッ!!」

 「うわっ、なんだ?!」

 私は激しくむせこんでしまった。その声に驚いたファウストが飛び起きる。

 「ゴホゴホ‥!」

 「おい、アゼリア大丈夫か?」

 「今水を持ってきますね。」

 ファウストに背中をさすられ、スコープさんは医務室からばたばたと出て行く。


 まさか‥まさかこんな所で、前世の私がバックにつけてた、天川さん執事カフェコラボ・ラバーストラップ(10回通ってやっと手に入れたシークレットバージョン)の話が出てくるなんて‥。

多分、事故に遭った時、コブシの目の前に落ちたんだろうな‥。


 なぜ私の愛犬が推しの天川さんの姿で転生したのか。その謎はようやく解けたのだが、説明しようにも、できればしたくない‥どう誤魔化そうかしばらく私を悩ませることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ