月狐(げっこ)は結び、剣が舞う【第三話 ジョウホウセン】
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月狐は結び、剣が舞う
作:狩屋ユツキ
第三話 ジョウホウセン
【人物】
雨ヶ崎 夜子(あまがさき やこ)
女
表記は雨ヶ崎 ヤコ
水を操る妖狐
見た目は20歳前後
一人称は私
湖月所属
秋宝条 柚貴(あきほうじょう ゆたか)
男
表記は秋宝条 ユタカ
土を操る妖狐
見た目は25歳前後
一人称は私
無所属
狂乱魅 陽光(きょうらんみ ようこう)
男
表記は狂乱魅 ヨウコウ
光を操る妖狐
見た目は25歳前後
一人称は我
此日所属
柔柳 鈴香(やわやなぎ すずか)
女
表記は柔柳 スズカ
情報屋
様々な人の姿に化け、あらゆる情報を集める猫又
猫の姿は白い短毛種。普段尾は分かれていない
人の見た目は10代後半
一人称はスズカ
無所属
霧奉来 愛羅(むほうき あいら)
女
表記は夢奉来 アイラ
夢を操り、記憶を操れる獏
見た目は10代前半
一人称は私
無所属、敢えて言うなら秋宝条家所属
河時鳴 夢路(かわときなり ゆめじ)
男
表記は河時鳴 ユメジ
重力を局地的に操る化け鯰
見た目は背の低い10代後半から20代前半
一人称は僕
海古所属
ヒトケガレ1、2
人間に穢れ(ストレス)が溜まって変生した化物
※アイラ、ユメジと兼ね役
【使用時間】
50分程
【配役表】
ヤコ:
ユタカ:
ヨウコウ:
スズカ:
アイラ・ヒトケガレ1:
ユメジ・ヒトケガレ2:
男:女
3:3
――――――――――――――――
ヤコ「うわっ、突風……?!……ふう、髪と服が乱れちゃった…っと、電話が鳴ってる。あれ?ユタカさんからだ……はい、雨ヶ崎です。ユタカさん、どうしました?……はい、……はい。……春舞郭キサキの件について?……え、あの神出鬼没で有名な情報屋のスズカさんを捕まえたんですか?!話を聞く機会を設けるって……今から?!ちょ、ちょっと待ってください、私これからまだ仕事……あれ?ユタカさん電波が……ユタカさん?ユタカさん?!……切れちゃった……どうしよう……」
間
ユメジ「さあ、パーティを始めようか。主役は揃った、脇役も揃った、雑魚も揃った、舞台も整った、始めない理由はない。存分に僕の掌の上で踊るが良いよ。そのダンスの全てを僕が見守っていてあげる。君達の全てを見極める、その為に用意した全てを此処で披露しよう!!」
間
ユタカ「やれやれ、電話の途中だというのに電波が切れてしまいました。“世界”も空気を読んで欲しいものです」
ヨウコウ「それを言うなら此奴等こそまさに空気も地理も読めぬ者共よ。我が屋敷にぞろぞろと上がり込んで枯山水を踏み荒らし、障子も襖も薙ぎ倒し……遠慮も風情も何だと思っているのか……。我が屋敷でこの振る舞い、対する対価、此奴等の命をもってして贖いきれるものではない」
ユタカ「まさか仕事の話中に、警備の厳重な此日の王様こと、ヨウコウさんの屋敷へヒトケガレの大群が押し寄せるとは考えもしませんでしたねえ」
ヒトケガレ1「フシュウルルルルル……」
ヒトケガレ2「キ、キイィ」
ヨウコウ「一、二、三、四……数えるのも面倒な数よのう」
ユタカ「軽く十は超えますよ。まあ二十はいませんね。ですが……取り囲まれました」
ヨウコウ「ならば我が力で薙ぎ払うまで」
ユタカ「私の力もお貸ししましょうか?」
ヨウコウ「要らぬ。寧ろ邪魔だ。其処らに引っ込んでおれ」
ユタカ「では、お言葉に甘えて。(手を打ち鳴らす)『土よ、生命育み死を抱くその力貸し与え給えよ。私の言の葉は神の言の葉、原祖の理に従い、眼前の穢れを打ち据え、祓い給え』地狐激打陣!」
ヒトケガレ1「ヒギャアアアアア!!!」
ヒトケガレ2「ウギャアアア!!!!」
ユタカ「……ふむ、道は開けましたね、では私はこれで。スズカさんとアイラさんの守護に回りましょう」
ヨウコウ「精々我の邪魔をせぬ場所で縮こまっているが良い」
間
ユメジ「……此処までは予想通りだね、キサキ。……うん?ヒトケガレをあっさり浄化されて悔しくないのかって?そりゃあ苦労して造ったヒトケガレだもの、悔しいさ。それでもこうやってデータの元になるなら惜しくはないよ。……僕が欲しいのはデータであって、今回はヒトケガレそのものが与える損害じゃないからね――」
間
スズカ「……さてさて、王様が全部倒すまでここで待ってるだけというのもつまんにゃいし、少し長ったらしいこの世界の講義を、このスズカ様が直々に、今ぽかんとしている年若い君にしてやるにゃ」
アイラ「講義……ですか?」
ユタカ「スズカさん、アイラさん大丈夫ですか……っと、おや、講義?丁度いい、アイラさん、スズカさんのお喋りはわかりやすくて為になりますよ」
スズカ「褒めても何にも出ないにゃ。大体たった一詠唱でヒトケガレを二体一気に吹っ飛ばした奴に褒められたって嬉しくないにゃ」
ユタカ「貴女達までの道が開ければ良かったのでこれでも力加減したのですがねえ……私の力は力技なので一緒に襖が数枚吹っ飛びましたが……まあヨウコウさんには必要な破壊と許していただいて……あのヒトケガレ二人は無事浄化出来たと思いますよ。文字通り穢れを“ぶちのめし”ましたから」
アイラ「ぶ、ぶちのめ……?!」
スズカ「土の拳で穢れを文字通り打ち祓うのが秋宝条の祓い方にゃ。余談だがにゃ、雨ヶ崎の祓い方は水の檻で押し流す、焔ノ塚は炎で焼き尽くす、邪は……ま、スズカだから知っていることで本人も知らにゃいが影で覆い喰らい尽くす、狂乱魅は……これから見れるから説明は不要にゃね?」
ユタカ「では、余波を受けないように守護陣を張っておきましょうか。『土よ、生命育み死を抱くその力貸し与え給えよ。私達の周りに強固な砂の壁を』土塊守護円」
アイラ「砂のドーム……薄暗いけれど外が透けて見える」
ユタカ「触らないほうが良いですよ。皮膚が砂嵐に引き裂かれます」
アイラ「ひっ……?!」
ユタカ「まあ、触らなければただの砂です。本当なら煉瓦を積むほうが安全ですし強固なんですけどね、狂乱魅の力を見られるのは貴重ですから。薄暗いのは我々の目を守るためです」
スズカ「では安全を確保できたところで話を戻すにゃよ。……この世界は大きく分けて三つの世界で出来ているにゃ。一つは表の世と呼ばれる“人間達の世界”。一つは裏の世界と言われる“妖怪の世界”。最後の一つが世界の外側と言われる“ページの外側の世界”。……ふふん、普通に考えてわかりにくいのは三つ目の“ページの外側”の話だよにゃあ?……君は本を開いたことがあるにゃ?」
アイラ「……はい、本は……好きです。よく読みます」
ヨウコウ「ふむ、あれは秋宝条の小倅の結界……では準備が整ったようだな。ならば我の力、存分に振るわせてもらうとしよう。……『光よ。神の化身にしてそのものであり、原初にして終焉、普く者共が崇め奉る偉大なる力よ、我が眼前に全てを平伏させよ』……光狐、雷鏡陣!」
ヒトケガレ1「ギッ……?!」
ヒトケガレ2「ひ、ギイイイィィィイ!!!!」
ヒトケガレ1・2「ピギャアアアアアアアアアア!!!!」
ユタカ「相変わらず派手で強力ですねえ……ヨウコウさんの技は」
アイラ「っ……!!目を焼きそうな強烈な光が……ヒトケガレの姿を消し飛ばして人間に戻した……。凄い……十数人を一瞬で……」
スズカ「狂乱魅家は判っている現妖狐家の中でも最も強い力を持っているにゃん。その中でも最も強いのが狂乱魅ヨウコウ……。だからあの王様は今の此日を誰の文句もなく率いる事が出来るんだけどにゃあ。……話を戻していいにゃ?」
ユタカ「何度も話の腰を折って申し訳ありません。まあ、私が折っている訳ではないのですがね」
スズカ「何度も折れているのは事実にゃん。……続きを話すにゃ。その本の中には色んな登場人物が色んな世界に生きていて生活しているにゃ。でも一度本を閉じると君は現実の世界……本とは関わりのない世界に生きることになるにゃ。そして現実の君は本を破り捨てることも閉じたまま忘れ去ることもできるにゃ。作者なら書き換えることもできる……ここまで言えばわかるにゃね?“ページの外側の世界”は作者である“世界”が、必要とあれば幾らでも好きなように書き換える事ができるにゃ。居たはずの登場人物や途中からあったはずの建物が最初からなかったように書き換えたり、消したり……それも跡形もなく、にゃ」
アイラ「……跡形もなく……そんな事が出来るのですか?そんな、例えば一人の人間が生きていた証は何処にでも残るものでは……」
スズカ「いいや、これはそんな生易しい改変じゃないにゃよ。一欠片の慈悲もなく、容赦もなく、跡形もなく、全部ぜーんぶ、最初からなかったことにも、元々そういうものじゃなかったことにもできるということにゃ。作者である“世界”は、そういう意志と権限を持っているにゃ。人間は全く気付かないけどにゃ、妖怪が存在する裏の世界に生きていれば感じることも、伝え聞くことも多い話にゃ。君はまだ年若いから遭遇したことは無いかもだがにゃあ」
アイラ「……はい。私はまだ生まれて百年と経っていませんので……」
スズカ「その“世界”の仕組みは妖狐が一番良く知っているにゃ。何故なら大体の妖狐は五百年から千年を生きているからにゃ。それすら尾の多さによってその年数は桁が違ったりもするけどにゃあ。人の姿を取っている時は尾も見えないから推測するしか無いけれども、……間違いなく、そこの秋宝条のオニーサンや此日の王様は……ただの九尾を超えているにゃ」
アイラ「……妖狐の最高位である九尾を、超える、妖狐」
スズカ「仙狐ともいうにゃ。最早、存在が神に近いあの二人だからこそこんな大量のヒトケガレを一気に祓うなんて芸当ができるにゃ」
アイラ「……なるほど、です」
スズカ「さあて、王様の熱も冷めてきた頃かにゃ?」
ユタカ「では結界を解除致しましょう」
ヨウコウ「……はあ。この部屋は暫く使えんな。庭の枯山水は一から作り直しであろうし、全く」
ユタカ「てっきり屋敷を荒らした腹いせに、ヒトケガレ全てを熱光線で存在ごと消し飛ばすかと思っていましたが……祓うだけで済ますとはヨウコウさんもお優しい」
ヨウコウ「……女子供の前で無益な殺生は好まぬ。尤も、力加減はしておらぬ故、暫くは目を覚まさぬだろうし、起きたところで一時間ほどは全く目が見えぬだろうがな」
ユタカ「私の技で吹っ飛んだヒトケガレも似たようなものですね……。起きたところで全身の痛みは暫く残るでしょう。筋肉痛とでも勘違いするでしょうが」
アイラ「あの、ユタカ様……私は……この元ヒトケガレ全ての記憶を書き換えれば良いのですか?」
ユタカ「ええ、お願いしますね、アイラさん」
スズカ「聞き及んではいるが、記憶の書き換えができる獏、霧奉来の力をこの目で見るのは初めてにゃ。じっくりと拝見させていただくにゃ」
アイラ「そんなに見て楽しいものではありませんよ……?……『霧奉来の名において道を開きます。全ての意識通じる夢の世界。私の全ては対象の夢に溶けて消える。対象の夢は全て私に溶けて消える。全ては目覚めたままの夢』胡蝶乱舞」
スズカ「ほう、綺麗なものだにゃ。色とりどりの蝶が舞って……それが記憶を弄る対象へ吸い込まれていくのかにゃ」
ユタカ「私はアイラさんの技、美しくて好きですよ」
ヨウコウ「ふむ……これは雅なものよ。獏といえば夢を貪り喰らうものというイメージがあったが、改めねばならん」
アイラ「……終わりました。後は目を覚ます前に私の指定した場所にこの人達を運んでいただければ問題ありません。紙と鉛筆を貰えますか」
ヨウコウ「(二度、手を打ち鳴らす)誰か、紙と鉛筆を此処に」
アイラ「……こんなところでしょうか。この人達が倒れていても不自然じゃない場所は……余り人目につかない公園や道路、お勤めの会社の休憩室などもありますが、運ぶのは大丈夫そうですか?」
ヨウコウ「そこは我ら此日がなんとでもしてみせる。案ずるでない」
アイラ「ではお願いします」
スズカ「これでやっと本題に入れるにゃあ。……では改めてヤコを呼ぶにゃ、ユタカ。ヒトケガレが居なくなった今、電話も通じるはずにゃ」
ユタカ「既にメッセージは送ってありますよ。あと十数分で着くそうです」
スズカ「じゃあ到着を待って話すかにゃー。……お前らが知りたがっていた、春舞郭キサキについて」
間
ユメジ「あーあ、やられちゃった。やっぱり十数体じゃあ足りないか。それにしても狂乱魅の力……秋宝条も脅威だけれど半端じゃなかった。幾ら千年以上を生きる妖狐といえど、十数体を一気に浄化しきって全く疲れを見せていないなんて……有り得ない。あれが此日の王。あんなのの相手をするって言うの?あれこそ化物じゃないか……。まあいい、そろそろ僕自身が赴かないとね。今日の襲撃がどういう意味を持つか、教えてあげなくっちゃあ」
間
ヤコ「遅くなりまして申し訳ありません」
ユタカ「いえいえ、急がせてしまってこちらこそ申し訳ありません」
ヤコ「それにしても、この惨状は……?」
ヨウコウ「部屋が多少散らかっているのは許せ。……先程ヒトケガレの集団襲撃があった」
ヤコ「ひ、ヒトケガレ?!ヒトケガレは通常、集団で動かないはず……!!それもこんな真昼に……!!」
アイラ「十中八九、海古の仕業だと思われます」
スズカ「まあ間違いないにゃ。意図はわからんがにゃあ」
ヤコ「……あの、スズカさんはともかく、このお嬢さんは……?」
ユタカ「ああ紹介が遅れました。うちに奉公してくれている、霧奉来アイラさんです」
アイラ「霧奉来アイラと申します。種族は獏、人の夢や記憶を操ることが出来ます」
ヤコ「獏……」
ユタカ「今日、本当はスズカさんのお話と同時に、ヨウコウさんにアイラさんをお披露目するつもりでもあったんですが……まさかこんなところでお仕事をさせることになってしまうとは」
アイラ「そんな、私はいつでもユタカ様のお役に立てるなら……!!お気になさらないでください!!」
スズカ「……にゃーお(欠伸)。さーてさてさて、役者が揃ったところでお待ちかねの情報公開していいにゃ?」
アイラ「あ、す、すみません。お話を続けてください」
スズカ「ではでは、にゃ。スズカは今回、秋宝条に依頼されて、先日の表参道であった野良ヒトケガレ騒動にいた、無名の妖怪……ということで春舞郭キサキの正体を探っていたにゃ」
ヨウコウ「前置きは良い、さっさと話せ」
スズカ「ずばり。調べた結果、春舞郭キサキは人食い桜にゃ」
ユタカ「人食い桜?聞いたことのない妖怪名ですね」
スズカ「お前ら妖狐と同じ、生物が妖怪変化した一種と思えばいいにゃ。だがこの場合は“桜の木の下には死体が埋まっている”という、ある小説の一節があまりに広がったために生まれた妖怪だと思われるにゃあ。だから生まれた年数もたかが数十年未満、スズカ達から見れば小童に過ぎないにゃ」
ヨウコウ「恐るるに足らぬ、というわけか」
スズカ「それが、そうとも限らないにゃ」
アイラ「と、いいますと……?」
スズカ「生まれの浅い妖怪は何を持っているかわからない……能力に関してはこのスズカ様の力をもってしても計り知れなかったにゃ。わかっていることは桜を操り様々な術を使うこと、人食い桜の特質故に、人を、主に目立たぬようにヒトケガレに変生した者を食って生きている、ということくらいにゃ」
ヤコ「じゃあ、青坂静江という、ヒトケガレに変生した女性が失踪したのは、まさか」
スズカ「さすがヤコ、勘がいいにゃ。まさしく彼女の食事だったと言えるにゃ。多分、湖月が認識していないところで他にも海古に変生を促させ、今も食事を行っていると考えられるにゃ」
アイラ「まさか……今回のヒトケガレ集団襲撃は、この情報を私達に知られては困るから……とか、ですか?」
スズカ「いや、それは無いにゃ。恐らく偶然だと思うにゃよ。……というか、偶然であって欲しいにゃ」
ヤコ「でも今後もしかしたら湖月探偵事務所やまた此処にも襲撃があるかも……」
ユタカ「それも……多分無いでしょう」
ヤコ「何故ですか?」
ユタカ「そもそも今回の襲撃に関して、普通に考えれば余り海古にメリットが無いからです。海古も、湖月、此日、この二つが無くなるのは困る筈。……まあ、邪メメの考えることは多少私達の考える域を超えている節がありますから、絶対とは言い切れませんが」
アイラ「……すみません、何故、海古は、湖月や此日が無くなると困るのですか。ユタカ様」
ユタカ「無限に……とまでは言わずともあまりに大量すぎるヒトケガレを一気に生み出せば、“世界”は海古をヒトケガレ同様、酷いバグだとみなす可能性があるからですよ。そうすれば海古はヒトケガレのようにページの外側に回されてしまう……それでは“世界”をそのままに人の世を荒らしたい海古の意思に反します」
アイラ「……難しいお話です。私にはよくわかりません。そもそも海古は人の世を荒らして何がしたいのですか?人は人の世、妖怪は妖怪の世に棲み分けていればいいではありませんか。人に化け、人に混じり、人と共存する、それの何が海古は不満なのですか」
ユメジ「全体的に不満だよ。大体、人の世を荒らして妖怪を人間の世界に知らしめ、恐怖でその存在を認知させる。それが海古の総意だし、人を食らう妖怪にとっては人に化けて暮らすことがどんなに苦痛か、アンタ考えたことある?」
ヤコ「っ?!い、いつの間に屋敷に入り込んで……!!!」
ユメジ「楽しいお話中、失礼するね。……そこのチビの話の続きだけど、人を食らう妖怪が人の中に紛れて暮らすなんて、空腹を抱えたまま大好きなケーキと一緒に歩いてるようなもんだよ?手を出すなと言う方が無理だと思わない?」
アイラ「……っ、そんな」
ユメジ「まあ僕は幸いにして人を食らう妖怪じゃないから想像と聞いた話でしか無いけれど。僕は河時鳴ユメジ。皆々様、以後宜しくお見知りおきを」
ヤコ「河時鳴、ユメジ……、海古!!」
ユメジ「僕が“造った”大量のヒトケガレが暴れてくれたお蔭で警備はザル、結界も穴だらけ。そんな中に入るのはさほど苦労しなかったよ。うんうん、雑魚でも役に立つものだね」
ヤコ「造った……?!」
ヨウコウ「……確かに結界が解けておる。話に夢中になりすぎたか。……抜かったわ」
ユメジ「珍しいこともあるもんだよねえ。いやあ、此日の王様の対妖怪結界が、キサキの術で面白いように溶けていく様は本当に見ものだった。ヒトケガレが一気に浄化されたのは少し計算外だったけれど……まあ、そんな些細なことはどうでもいいや。楽しいひと劇をありがとう。二人で存分に見学させていただいたよ」
ヤコ「まさか、春舞郭キサキも此処に……?!」
ユメジ「生憎とキサキは帰っちゃった。でも僕に置き土産を残してくれてる。……雨ヶ崎ヤコ、昼間突風にあっただろう?その時、背中に桜の花びらをつけさせてもらったよ。全く気がついていなかったみたいだね」
ヤコ「あの風……?!わ、私に何を!!」
ユメジ「さあ、『我、春舞郭の名を借りし者。その我が命ずる。春舞郭の分身を身に付けし者の、自由を奪え』!」
ヤコ「え、……っ。……ぐっ……?!あ、頭、が、痛い……っ!!!」
ユメジ「あっははははは!!その花びらをつけられた者は、キサキが選んだ代行者……ひいては僕の命令に逆らえないようになっているんだ。さあ、雨ヶ崎ヤコ、そこにいる情報屋、柔柳スズカを殺せ!!」
スズカ「にゃ?!スズカを狙ってたにゃ?!」
ユメジ「当然だろう。神出鬼没、誰にでも成り済まし、何処にでも潜り込める情報屋なんて生かしておく義理はない。海古は情報を得るよりも情報を与えてしまう可能性のほうがずっと恐ろしいんだ。普段は猫の姿で隠れているところを秋宝条に捕まったと聞いて、大急ぎで支度を整えたのさ。……さあ、雨ヶ崎、もう一度言うよ?お前の術であの猫女を殺せ!」
ヤコ「くっ…あ、ああっ……!!(手を打ち鳴らし)『水よ、我が姿を模してあの忌々しき猫の首を食い千切れ!!』水狐!!」
スズ「にゃああああああ?!?!」
ユタカ「厄介ですね……(手を打ち鳴らし)『土よ、生命と死を抱く塊よ、かの者の前へ強固なる護りとなりて立ち塞がれ』!!」
ユメジ「……土の壁で水の狐を弾いたか……邪魔立てするなら容赦するな、雨ヶ崎!!あの土の狐も殺せ!!」
ヤコ「うっ……くっ……誰が……敵……?誰が……味方……?!わからない、わからない……!!!」
アイラ「これは強力な幻惑術です……!!でも、……それなら私が何とか出来ます!」
ヨウコウ「我の力で雨ヶ崎の娘を消し飛ばしても良いのだぞ」
ユタカ「こんなときに冗談は止めてください。……アイラさん、出来るんですね?」
アイラ「……はい、大丈夫だと思います」
ヤコ「あぅ、……あ、あ、…ああっ……!!『み、水よ、みず、よ、我が姿模して、全て……の』、うぁ…っ!!」
アイラ「お姉さん、今助けます。ふうっ(息を吐く)、『霧奉来が舞う。夢幻の如くに全ては儚き存在なり。あの者が纏う花の香も存在も全ては儚き夢幻。眠れ、眠れ、夢幻に眠れ、無限に眠れ、私が呼ぶまで、幽き眠りに侵され給え』、……っ、霧幻の、眠り!!」
ヤコ「……っ、ぅ……」(倒れる)
ユメジ「キサキの術を超えて雨ヶ崎を眠らせた?!何だそいつ、チビのくせに生意気な!!」
ヨウコウ「主もそう身長の高い方ではなかろう。五月蝿く吠えるな、弱く見えるぞ」
ユメジ「くっ……」
ユタカ「多勢に無勢。切り札がヤコさんを操ることだけなら大人しく引くのをお勧めいたしますよ。……私、ヤコさんを全く知らぬ仲ではありませんので、……身内を操られるなんて侮辱には少々、手加減できる自信がありません」
スズカ「ユタカ、あいつの能力は重力を操ることにゃ。お前の能力とは相性が悪いにゃ」
ユタカ「力で押し負けるつもりは毛頭ございません。秋宝条を……私を舐めないで頂きたい」
スズカ「うわ。結構頭に血が上ってるにゃ」
アイラ「ユタカ様は温厚に見えて意外と激情家でいらっしゃいますから……」
ヨウコウ「何にせよ、これ以上我の屋敷を破壊することはならぬ。やるなら表でやれい!!!」
ユメジ「……いいさ。此処は大人しく引いてあげるよ。狂乱魅や秋宝条のデータも取れたし、キサキの術の限界もわかった。そこのチビの力もわかった。収穫としては十分だ。そこの猫女を殺せなかったのは残念だけど、まあそれはいつでも出来ることだしね」
スズカ「にゃにゃっ?!」
ユメジ「情報屋をやってるくらいなんだから命を狙われるくらいよくあることでしょ?じゃあね、今度はもっともっと素敵なヒトケガレを連れてきてあげるよ。今日のデータを元に改良に改良を重ねた……とびっきりのやつを、ね」
間
ヤコ「……ん、……はっ!!!わ、私……!!」
ヨウコウ「やっと気がついたか、雨ヶ崎の娘」
ヤコ「よ、ヨウコウさん?!というか車?!ヨウコウさん車運転出来たんですか?!ていうか私どうしてヨウコウさんの車の後部座席で寝てるんですか?!」
ヨウコウ「ぎゃあぎゃあと女一人だというのに姦しいことよ……。無論、お前を運んでいるのは我が望んでではない、仕方なくだ。秋宝条の小倅があの霧奉来の小娘を連れて屋敷に戻るというのでな。我が屋敷の片付けやら“元”ヒトケガレの者達の運び出しやらに人手を割いたところ、我しかお前を湖月探偵事務所に送る者がおらなんだ。ただそれだけのこと。全く、あの河時鳴とかいう小僧、思いの外派手に我が此日の者共に重い手傷を負わせておった。意外な手練だったということだ、忌々しい」
ヤコ「河時鳴ユメジ……花びら……、……そうだ、私、皆さんにご迷惑を……」
ヨウコウ「思い出してきたようだな」
ヤコ「……っ、皆さんは無事ですか?!」
ヨウコウ「お前が操られていたあの場に居た者ならば、皆ピンピンしている。安心するが良い。因みにあの化け鯰の小僧も傷一つ負わずに帰っていったわ」
ヤコ「河時鳴ユメジのことですか?あのひと、化け鯰だったんですか……」
ヨウコウ「柔柳の性格はともかくとして、情報は信用できる。河時鳴ユメジは重力を操る化け鯰。海古でヒトケガレについての筆頭研究員らしい。……それよりも、貴様の体をあの霧奉来の小娘が心配しておったぞ。お前を救うためとはいえ、強く術をかけ過ぎたとな」
ヤコ「私を助けてくれたのはあの女の子だったんですね……あの子はユタカさんのところで何度かお見かけいたしました」
ヨウコウ「夢と記憶を操る獏だという。美しい術を使う娘よ」
ヤコ「……ふふ、ヨウコウさんがひとを褒めるなんて珍しいですね」
ヨウコウ「我とて他人に全く興味を持たぬ訳ではない。雅なものや美しいものは好きだ。雨ヶ崎の娘よ、お前の使う水の技とて我は嫌っておらぬ。あれはあれで美しい。……焔ノ塚の小童の炎は荒々しすぎて余り好かぬが、秋宝条の小倅が扱う土塊の単純さも好ましく思っている」
ヤコ「……ヨウコウさんがこんなに沢山喋ってくれるのも珍しいです。明日は雨が降るかも知れません」
ヨウコウ「我が自ら車を運転して、貴様をあのこまっしゃくれた事務所に送り届けている地点で、今この時に槍が降り出しても我は驚かぬ」
ヤコ「(少しからかうように)槍が降ったら流石に驚いてください。驚いたヨウコウさんも見てみたいです」
ヨウコウ「……ふん、酔狂なことよ」
間
ユメジ「……実験は成功。目的は果たせず……か。あの不思議な蝶を使うチビ娘、見たことはなかったけれど恐らく秋宝条の子飼い……。……うん、腹立たしくはあるけれど、気にせず次の実験に入ろうか。キサキの力も、利用価値があることがわかったしね……。それにしてもキサキの力にメメの力……ふふ、掛け合せたらそれなりに面白いことになりそうだ。次のヒトケガレはどういうのにしようか、今から楽しみだよ。……湖月も此日も秋宝条も、あの猫女もチビ娘も全部全部、いつか僕の足元に這いつくばるがいいさ……ふふ、あはは、あーっははははははは!!!!」
間
スズカ「……さぁて、スズカの役目はここまでにゃ。また出番があるかも知れないにゃいけれど、今は高みの見物と洒落込むにゃよ。スズカは情報屋、気紛れ情報屋。猫の噂は千里を駆ける。だけれどその本意は誰も知らないにゃ。絡まった糸のように絡み合う思惑の中で、さて、あの情報達はどういう意図を持って扱われるのかにゃあ。……ふにゃーお(欠伸)。……ま、どんな結末になろうと、スズカは構わにゃいのだけど。情報屋は与えるだけ。天啓のようにその与えた情報で誰がどう踊ろうと……全ては新たな情報に過ぎないのにゃ。……但し暫くは大人しく猫のフリでもしておくに限るにゃね。命あっての物種という奴にゃ。……にゃーお」
了
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