極限まで回復薬の効率化を図ってみた結果、新しいダンジョンが出来ました!
「お兄ちゃん、今月も赤字だね」
「そうだね。このご時世に道具屋なんて流行らないのかもな」
カウンターの奥で売り上げの勘定をしていた妹がため息交じりに話しかけてきた。俺は怪しげな煙を立てながら煮えたぎる壺をのぞき込みながら、釣られてため息を吐く。
俺と妹は両親から受け継いだ道具屋を切り盛りして、何とか生活をしている。しかし、最近赤字が続いて日々の生活費を稼ぐこともままならなくなってきた。
両親が生きていた頃は、北のダンジョンに挑む冒険者で店が賑わっていた。特に頑張らなくても毎月黒字で、生活に困ることも無かった。
この村は、王都から冒険を開始した新米冒険者には最初の難関ポイントになっている。北に位置する迷いの森から、出現するモンスターが一回り強くなり、同時に複数匹で襲ってくるようになる。
新米冒険者はこの街に長期滞在してレベルを上げて、傷だらけになりながら迷いの森を突破していく。傷つけば回復薬が必要になるから、放っておいても回復薬が売れる。王都よりも3割増しの値段でも飛ぶように売れていた。
それが何故売れなくなってしまったのか。
答えは単純、ダンジョンが無くなってしまったからだ。
数ヶ月前、この村に1人の冒険者がやってきた。パーティーを組まず、たった1人。ここまでは敵も1匹で襲ってきたから、強い冒険者なら1人でも進んで来れる。
でも、迷いの森からは敵がグループで襲いかかってくる。ああいうソロの冒険者は、突破するまでに特に時間を要する。敵に囲まれて、私刑されて、教会送りになる。そしてパーティーの大切さを学ぶ。
でも、今まで1人だったから連携なんて出来ない。たっぷり時間と回復薬を消費してくれる上客だ。俺はそう確信した。
しかし、実際にはそうはいかなかった。
あっという間。なんと一夜にして迷いの森を突破してしまったのだ。
「店員さん、ひのきのぼうを1つください」
「ん? ひのきのぼう? あるにはあるが、迷いの森に行くならしっかりとした武器と回復薬を揃えてから行った方が良いと思うぞ?」
「いえ、必要ありません。ひのきのぼう1本あれば余裕で突破できますから」
「そうか。なら構わんが、忠告はしたからな。ひのきのぼうを1つで6ゴールドだ」
6ゴールドを受け取りながら、俺は確信した。
コイツは冒険者稼業を舐めている初心者だと。
しかし、その日を境に北のダンジョンで足止めを食う冒険者が一人も居なくなってしまった。
不思議に思った俺が様子を見に行くと、迷いの森が無くなっていたのだ。残されていたのは、見渡す限りの焼き野原。
そう、奴は俺から買ったひのきのぼうを使ってダンジョンに放火したんだ。雑魚モンスターもボスも、等しく皆殺し。なんてむごいことをするんだと思った。
と、そういった事情があって俺の店では回復アイテムが売れない。
ダンジョンで足止めされる冒険者が居なければ、みんなこの村は素通りだ。
「もう廃業するしかないのかな?」
「待ってよ、お兄ちゃん! ダンジョンが無くなっても、回復薬というアイテム自体がダメになったわけじゃないよ! ウチだけの画期的な回復薬を売り出せば、きっと王都の騎士たちが買いに来るよ」
画期的な回復薬か……でもな。
「そうは言っても、回復薬業界自体が下火じゃないか」
現状では回復アイテムというのは使い勝手が悪すぎる。どうぐ袋から瓶を取り出す。瓶の蓋を開ける。口元に持って行って飲む。簡単なようで、このプロセスを戦闘中に出来るだろうか?
答えは否だ。戦闘中にそんな隙だらけの行動をしてたらタコ殴りにされる。そもそも、瓶の蓋を開けるために両手が必要なので武器を納める必要がある。戦闘中にそんな隙だらけな行動を取るのは無理があった。
「やっぱり僧侶の回復呪文が便利すぎるって! アイテムじゃ勝ち目無いぜ」
杖を握りしめて決められた呪文を唱えるだけで傷口を塞ぐことが出来るとかチートすぎだろ。最近の冒険者は回復を僧侶に頼り切って、僧侶のMPが切れたら宿屋で昨夜はお楽しみして翌日またレベル上げ。
もういっそのこと精力剤でも作って宿屋に卸した方が売れるんじゃないか?
「そうだよね。やっぱり作るなら僧侶の回復魔法よりも便利な回復アイテムにしないと!」
相手がチートやり放題の魔法だというのに、妹はまだ諦めていない。この精神力の強さは、道具屋の看板娘よりも冒険者に向いているかもしれない。
一瞬だけそう考えたけど、冒険者は辛い仕事だ。神の加護があれば死んでも教会で復活出来るとはいえ、痛い目に遭うのは変わらないし、コイツほど可愛ければゴブリンに捕まって犯されるかもしれない。
やっぱりコイツには安全な道具屋で食わせてやりたい。
「うーん、瓶に入れるからダメなのかな? 重いし、どうぐ袋の中で割れたらスクロールなんかの紙系アイテムがダメになる。使うときも両手がふさがるし」
「あっ、そうだ! それなら良いことを思い出したわ!」
妹の顔がぱぁっと明るくなって、薬の材料棚を漁り始めた。
「あったわ! これ、ヴァイパースネークの牙と毒袋!」
「ん? それがどうかしたか? 毒消し薬の材料だよな?」
「冒険者さんから聞いたのだけれど、コイツは牙を突き立てて毒袋から毒を注入して獲物を弱らせるんだって! コイツで注入するのが毒じゃなくて、回復薬ならどうかな?」
なるほど。自分の腕に突き刺して血管に直接注入するのか。ヴァイパースネークの牙と毒袋だけなら小さくかさばらないし、血管に直接注入出来るから量が少なくても強い回復効果を期待出来る。取り出して使うのも片手で済むから、武器を持ちながらでも使える。
「凄いアイディアだ! これなら売れるぞ!」
「いや、待って。でもこれだと自分の腕を刺すことになるから痛いわ。冒険者さんによっては嫌がるかもしれないわね。特に痛みに慣れていない新米冒険者には辛いと思うわ」
「だったら、コイツを使うというのはどうだろうか」
材料棚から幻惑蝶の鱗粉を取り出して妹に見せる。コイツは迷いの森があった頃に冒険者を苦しめていたモンスター、幻惑蝶の出す鱗粉だ。この鱗粉を摂取すると、快楽中枢が刺激されて痛みが快楽に変わるらしい。すると冒険者たちは自分で自分を傷つけ、痛みを感じないまま絶命。気がついたら教会という寸法だ。
大量摂取すると自傷で自殺しかねないから、適度に薄めて入れておこう。
こうして、動脈注入型の回復薬を発売したところ、売れ行きは好調だった。
1度でも使った冒険者によると、もう2度と普通の回復薬を使う気になれないそうだ。
これに味を占めた俺たち兄妹は、もっと回復薬を効率化することにした。
店を訪れた冒険者から積極的に不満を聞き、不満点を改善した商品を考える。
動脈注入型の回復薬にもすぐに欠点は見つかった。全身を堅い鎧で覆っているナイト系職業では牙が刺さらず使えないという点だ。
その問題点を改善した商品もすぐに発売出来た。
粉末状にすり潰した薬草と、薬草を燃やすための発火草を布袋に入れた状態で売る。商品名は吸引型回復薬だ。
発火草は強い衝撃を受けると発火する性質を持っている。その性質を利用し、地面に叩き付けることで粉末にした薬草を燃やし、その煙を吸引することで回復効果を得るという商品だ。
これなら後衛で手の空いている僧侶やレンジャーが前衛の足下に袋を投げつけるだけで回復効果を得られる。仲間のために回復薬を使うという新しい文化も出来上がる。後衛の女性冒険者から回復アイテムを使って貰えば、前衛のナイトも嬉しいし、股間がカッチカチに堅くなるバフが掛かるに違いない。急所となる股間が堅くなるバフは重要だよな。初心者並みの感想だけど。
そして、攻撃を受けるナイトに使うことを想定しているので痛み止めとして人気の高かった幻惑蝶の鱗粉も入れておいた。
これらの回復薬は飛ぶように売れて、道具屋の経営はあっという間に黒字に転じた。
しかし、このまま万事上手く行くかと思われたのだけど思わぬ所に落とし穴があった。
材料が尽きてしまったのだ。
材料として幻惑蝶の鱗粉を使っていたのだけど、この幻惑蝶が何処に生息していたのかを思い出して欲しい。そう、迷いの森に生息していた。過去形なんだ。
心無い冒険者によって焼き払われたせいで、幻惑蝶は絶滅してしまったのだ。
痛み止めの入っていない商品も発売したが、売れ行きが良くない。ウチの店が売り上げを維持するには幻惑蝶の鱗粉がどうしても必要だった。幸い、値段が高くなっても買うと言っている冒険者は居る。ならば、別の大陸から輸入して作っても売れるはずだ。
仕入れコストが増加したものの、どうにかして商品の製造は続けられた。その代わり、末端価格が以前の10倍に膨れあがってしまったが、それは仕方の無いことだ。幸い、この値段でも買う裕福な冒険者が居たおかげで店は続けられた。
うん? 買うお金が無い新人冒険者はどうなったかって?
そういえば最近、ウチの回復薬を使っていた新人冒険者を村で見なくなった気がする。
まぁ、先の街へ旅立ったのじゃないだろうか。経験を積んでレベルアップすれば、先の街へ進むのが冒険者だ。
彼らとの別れは寂しいけど、ウチで買った回復薬でレベルを上げて、今では立派な冒険者になっているはずだ。いつか彼らが魔王を倒したら、魔王を倒したパーティーに回復薬を売った店として宣伝してもらおう。
数日後、妹と食事で酒場を訪れた時のことだった。
注文した料理が運ばれてくるまでの間、冒険者用のクエストボードを眺めていると、何枚かの依頼書が目に入った。そこには見慣れた新米冒険者たちらしき似顔絵が映っている。
『急募、迷いの森跡地で霧に紛れて冒険者を襲う強盗団の討伐』
『新型回復薬を目当てで冒険者を襲う悪漢の捕獲任務』
『無法地帯と化した迷いの森跡地でマップ作成』
どうやら、迷いの森跡地は盗賊達の根城として再びダンジョン化してしまったらしい。こうして、皮肉にも俺たちの村は再びダンジョン手前の村として栄えることになる。
ー了ー
今、幻惑蝶の鱗粉をキメていない良い子は、これから先キメないようにしようね!
今、幻惑蝶の鱗粉をキメている良い子は……やめようね!