お姫様
ある日魔力の波が世界中に広がった。
波は各地に様々な事を起こした。
火山噴火・津波などの天変地異、魔物の巨大化・凶暴化といった悪影響。
農作物の成長促進・巨大化等の豊作、ダンジョンでとれる魔石の巨大化といった好影響。
そして、影響はそれだけには留まらず、古の時代に眠りについた者達を呼び覚ました。
ある平原にあらわれた黒い狼の顔を持つ人型の悪魔の遠吠えは近くにいた動物たちを震え上がらせた。
ある山の山頂に現れた天使の光を見て、周辺に住む村人は神が降臨されたと勘違いをした。
ユウトは知らなかった。
かつて殺した天使と悪魔は一部に過ぎず、眠りについていた者をコンパスでは見つけることはできないことを。
そして、エリスをケースから出したことでその者達を呼び覚ます結果を招いてしまったことを。
◇
エリスと出会って10日。
ようやく森を抜けて、街に到着した。
10日間でエリスの事について分かったことがある。
それは、魔力だけはとんでもないお姫様だということ。
エリスは魔力が強力過ぎて、本来指先にちょっと火を出す程度の<灯火>を<ファイアーストーム>という戦略級の魔術並みの火を出し、手のひらサイズの<光球>が大地を照らす程の規模になってしまう等の強大な魔力をコントロールすることが出来ていない。
そのため、森の一部が焼失した。当分の間は魔術使用禁止を言いつけている。
また、料理・洗濯・掃除などの家事もしたことがないため、全て俺がすることになった。
「ごめんなさい、私何もできなくてごめんなさい」と涙を流すエリス頭を撫でて「少しずつ覚えて行こう」と慰める場面が幾度もあった。
少しずつ教えて、出来るまで気長に待つことにしよう。
そんなことがあったがエリスのおかげで助かったことがある。
それは魔力があるエリスならギルドに登録が出来ること。
つまり、人族の街で普通に物が売れる。
さらに、高ランクの者が保証すれば付き添いの者もカードを発行してもらえる制度を利用して俺もランクはないがカードを発行してもらう事ができる。
そういうわけで、冒険者ギルドに登録したエリスに素材採取依頼を大量に受けさせた。
11年間売れずにアイテムボックスの肥やしになっていた素材がようやく利用できる。
素材の中にはSランクが受けるほどの魔物の素材も入っていた為、その日のうちに冒険者ランクの最高位Sランクまでランクアップさせることができ、俺も冒険者カードを発行してもらった。
その後も街に着くまでの間に色々な事を教えていたため、錬金ギルド等の他のギルドカードもエリスの名前で発行してもらう事が出来た。
そして、素材採取依頼の報酬と薬を売った代金を手に入れた。
「エリスのおかげで助かったよ。ありがとう」
「私はただ血を少し出しただけで、ほとんど何もできていません。もっと出来るように頑張りますね」
懐が温かくなったから、まずは服屋に行こう。
エリスが今着ている服はマントで隠れているが男物の質素な服だ。
女性用の動きやすい服を買うために服屋に入った。
「いらっしゃい。あら、かわいい子達ね。ちょっと待って帰らないで!」
店を間違えたようだ。扉を閉めようとしたら慌てて、店主が出てきた。
分厚い胸板、逞しい二の腕、濃い化粧をした男が「ささ、いらっしゃい」とエリスを店に引き入れた。
この男?は的確に与しやすい方を選んだ。
エリスはこういった人種に免疫がないため、戸惑いながら腕を引かれていく。
仕方なく、店に入ると品ぞろえはしっかりとしているようなので安心した。
「よく来たわね。どういった服をご希望かしら」
「彼女に動きやすい服を何着か見繕ってくれ」
「ユウトは買わないのですか?」
「俺は十分持っているから気にするな」
「まかせなさい。素材がいいからどれにしようか迷うわね。こっちに来てちょうだい」
店主はエリスを店の奥へと連れて行く。
それから何度も試着をさせていた。
ただ、試着の度に奥から出てきて「これはどうですか?」と聞かれるため何度も「似合っている」と答えた。エリスはスタイルがいいため、どれを着ても似合っていると思う。
それとも店主の用意する物が良いのか。
結局下着を10枚、服5着購入し、その内1着を店内で着替えた。
「また来てね~」
店主が店の外まで出て手を振りながら見送るため、目立ってしょうがない。
足早に服屋から離れて、次に来たのは防具屋。
エリスが戦闘中に怪我をしないために対物理・対魔法の両方に高い防御力がある白狼の革を使った防具を購入した。
街に来るまでに短剣と護身術を少し教えたがまだまだ素人に毛が生えた程度の技量しかない。
防具の次は武器を買うために、武器屋に入った。
「いらっしゃい」
店に入るとぶっきらぼうな声がカウンターに座るドワーフから発せられた。
武器屋でまず見るのは中古品。これは癖になっている。
新しい武器を買いに来たお客はたいていの場合、それまで使っていた武器を下取りに出す。大抵の武器屋にはこうした中古品が置いてある。
殆どの中古品は刃先が欠けた物や切れ味が落ちた物のため安い。
それを研ぎ直して使える武器にする。
まだ使える物を使わないのはもったいない、と言うのもあるが単純にお金がないことも背景としてあった。
しかし、今回はエリスのために1本は新品を買おうと思っている。
「すまない。彼女に合わせて1本短剣を買いたい。見繕ってもらえるか」
ドワーフの店主に声を掛けると、不機嫌そうな顔で立ち上がってカウンターから出てきた。
大抵のドワーフは接客が下手だが仕事はきっちりすることを知っている。
ドワーフがエリスの前に来て、見上げているがエリスが何もしないため、眉間にしわを寄せ始めた。
まだこういったことには慣れていないため、戸惑っているエリスを手助けするために「エリス、手のひらを見せて」と優しく声を掛けると、サッと両手の平をドワーフに見せた。
手の平を見ただけでドワーフは3本の短剣を用意した。
刃の長さや柄の長さに違いがあるがどれも初心者用の安物だった。
使い慣れていない者には安物で練習するのが一般的なことから選んだのだろう。
「エリス、好きなのを1本選んでくれ」
3本の短剣を持ってみて、選んだ短剣はシンプルな鋼鉄製の短剣。その後は中古品の中から状態が良い3本短剣を選んで購入した。
武器屋を出て、大衆食堂で遅めの昼食をとる。
運ばれてきたのは野菜炒め定食。
「そんなに嬉しいのか?」
エリスは短剣を渡してから終始ご機嫌だ。
元ではあるがお姫様が安物の短剣を貰ってそれほど嬉しいだろうか?
「はい、ユウトが初めて私にプレゼントしてくれたものですから」
笑顔で答えてくれるので、こちらも自然と笑顔になる。
ちなみに、街に来る間にお互いにさん付けはせずに名前で呼ぶように取り決めをした。
「冷めないうちに食べろよ」
エリスも冷めた料理がおいしくないことを知っているため、少し名残惜しそうに短剣を腰に差して、食事をとり始めた。
エリスは元お姫様だが、どんな物も物怖じしない。
動物や虫、魔物等どんなものでも出された物は残さず食べるので、助かっている。
これで口に合わないと言われたら大変なことになっていただろう。
「これからの予定についてだが今日はこの街に泊まって明日の朝出発する。20日ぐらいで魔術都市に到着できるはずだ」
「魔術都市とはどういうところ何ですか?」
「魔術都市は世界でも有数の魔術について研究開発及び魔術を使った道具の開発に力を入れている。世界中から知識を集める目的で大量の書籍を集めているから魔術都市ならローエン魔術帝国についての情報を得られる可能性は高いはずだ」
「今から行くのが楽しみです!」
本当に楽しそうに話す姿を見て、こちらも楽しい気持ちになる。
彼女にとって、久々にみる景色はどれも新鮮で興味深いものなのだろう。
家族がいなくなった世界でもそれを見せることなく、笑顔を見せる心の強さに感心していると「ご馳走様でした」といつの間にか後から食べ始めたエリスの方が早く食べ終わってしまっていた。急いで食べ終えて、まずは今日の宿を探すことにした。
◇
「個室が用意できなくてすまない」
街の宿屋を見つけたのだが個室が空いていなかった。
仕方なく、2人部屋にしたのだが、10歳以上年上の男と一緒の部屋になってしまったことを申し訳なく思っていた。
これまでは危険な森の中にいたため、そういったことへの配慮はできなかったが安全に寝ることが出来る場所なら出来るだけのことはしてあげたいと考えていたのだが。
「私は気にしていませんよ。それにユウトと一緒の方が安心できます」
エリスはそう言ってくれるが、どうしても気にしてしまう。
魔力があるため、エリスはシャワーを浴びている。
その間に今日買った短剣を研いで使えるようにする。
シャッシャッと研ぐ音とシャワー室から聞こえる水が流れる音だけが部屋を支配する。
それからしばらくして、シャワー室から水が流れる音が無くなり、ジャワ―室の扉が開かれる音とこちらに近づいてくる音が聞こえたので、顔を上げると。
「エリス、何をしている」
「ユウト、身体を拭いてもらえませんか?」
何も身につけていないエリスが俺に向ってタオルを差し出し、身体を拭けと言う。
そういえば森の中では顔や手などは濡れたタオルで拭いていたが、シャワーを使っている所を見るのは初めてのことで、エリスがどういう行動をするかは知らなかった。
だが、まさか自分で拭くことをしないとはこれいかに?
「自分で拭けないのか」
「お風呂から上がるといつも誰かが拭いてくれていました。そういうものではないのですか?」
首を傾げて不思議そうにしているエリスを見て思いだした。
そうだった。エリスが元お姫様であることを忘れていた。
これまで自分で何かをすることはなかったのだろう。
しかし、男に全裸で頼むことではないと思うのだが…
「もう少し恥じらいを持て」
「ユウトなら別にみられても気にしません」
「………」
これはどうとらえればいいのだろう?
俺の事を信頼してくれているのだろうか、それとも男として見ていないと捉えるべきだろうか?
とりあえず、このままでは風邪を引いてしまう。
タオルを受け取り、エリスの身体を拭くことにした。
エリスの後ろに周り、出来るだけ身体を見ないように気を付けてはいるが、華奢な身体でありながら胸には大きく形の整った膨らみや括れた腰、柔らかい尻の感触がタオル越しに伝わってくる。
敏感な場所を拭いたときにエリスから漏れる吐息が艶めかしく、聞いている自分の顔が赤くなっているのがわかる。
最後に綺麗な髪を拭ってようやくこの拷問のような時間から解放された。
「終わったぞ。早く服を着ろ」
「はい、ありがとうございました」
タオルを返すと笑顔でお礼を言って服を着るためにシャワー室に戻るエリスを見送り、今度から自分で身体を拭くように伝えようと決意した。
何度も続けばこちらの理性が持たない。
先ほどまでの事を頭から追い出すため、無心になるように心掛けながら再び短剣を研ぐ。
「ユウト、一緒に寝ていいですか?」
「自分のベッドがあるだろう」
しばらくして寝ることにしたのだが枕を胸元に抱えて上目遣いで懇願してくるエリス。
森の中でも寝るときはいつもそばで寝ていたがそれは守り易かったからだ。
そこまで警戒する必要がない状況で付き合っているわけでもない者同士が同衾するのはよくないと思う。どんな間違いが起こるかわからない。
「1人で眠るとまた1人になる気がして怖いです」
「………」
エリスの一言で、彼女の心情を察することが出来なかった自分を恥じた。
彼女は長い間家族が迎えに来てくれることを待ち続け、結局誰も迎えに来てはくれなかった過去がある。
1人で眠るとまた自分を置いていなくなってしまうと思っているのかもしれない。
これは言葉で言ってどうなるものではなく、無意識に抱いてしまう恐怖なのだろう。
「おいで」
ベッドの端によって1人分が入れるだけのスペースを空ける。
ベッドにもぐりこんだエリスは俺の服の端を握った。握った手は少し震えている。
そういえば、森の中でも同じように服の端を握っていた。どうしてあの時気が付いてあげられなかったのだろう。
少しでも安心してもらうためにベッドの上でエリスを優しく抱きしめる。
エリスも自分から身体を寄せてくる。
それから少ししてから安心して気が緩んだのかエリスは泣き始めた。
時折「お父さん、お母さん、みんな。なんでいなくなったの」と呟いている。
彼女はまだ15歳の少女。目を覚ましたら家族は誰もいない未来にたった1人。
今のエリスの心を思うと胸が張り裂けそうな思いが込み上げてくる。
エリスの心が少しでも穏やかになってほしくて、しばらく優しく頭を撫でていると表情が穏やかになり、寝息が聞こえるようになった。
魔力がない俺が彼女のためにどれだけの事が出来るかわからないが少しでもいまの世界になじめるように手伝うことにしようと心に決めた。
お読みいただきありがとうございました。