逃走
「すまないが、君の薬はもう買えない」
目の前のカウンターに座る商人から一言は生活を支えていた収入源の消滅を意味していた。
「理由を聞いても?」
「錬金ギルドから通知が来てね。無登録者からの薬の購入及び販売はこれを禁止。違反者には錬金ギルドは薬を販売しないと言われてはどうしようもない。他の店も同じだと思うよ」
「…そうですか」
「君は腕がいいのにどうして錬金ギルドに登録しないかはあえて聞かないが、登録したら、また売りに来てくれ。喜んで買い取らせてもらうよ」
「ありがとうございます!」
商人からの言葉に気持ちは落ち込んでいたが、それを表に出さないように、最後は笑顔でお礼を言って、店を出た。
あれから1年。森が傍にある都市で、森でとれる薬草を使って、薬を作りながら、生活してきたが、今日でその薬が売れなくなった。
ギルドへの登録。何か商売をする場合は基本的に何らかのギルドが関わってくる。
薬を売るなら錬金ギルド。魔物の素材を売るには冒険者ギルド。武器を売るなら鍛冶ギルド等々。
本当は登録したい。だけど、登録には魔力が必要。
魔力が1でもあれば、登録できるのにそれが出来ない。
今出た店は無登録者の薬でも買いたたかれてはいたが買ってくれていた。
「今日の夕食は水かな」
魔力がない者が街で生活するのは厳しい。魔力がなければ部屋の灯りをつけることも、まともな仕事に就くこともできない。
何とか薬を売って自分一人なら生きてこられたけど、墓石の前で言った「妻を連れてくる」というのは難しいかもしれない。
これまでは目的があった。どんなに辛い時でも天使と悪魔、そして、指示をする者達を殺すことを目的にしていたからあまり気にはしなかったことに目が行くようになった。
「明日からはゴミ拾いとどぶの掃除をしてお金を稼ごう!」
年中人手不足の仕事なら魔力無しでもさせてもらえる。薬があまり売れなかった時はそれで何とかしのいでいた。
店を出たのが夕暮れ、通りを歩いている間にだいぶ暗くなった。
街灯が灯り、仕事を終えた男達が家路につくか、酒場へと入っていく。
そんないつもの光景を横目に歩いていると、正面から白いマントを着た男達が近づいてきた。真ん中を歩いていた男が突然腰に差している剣を抜き、襲い掛かってきた。
咄嗟に腰に差している鍛冶師のおじさんがくれた剣を抜いて受け止める。
その間に他の男達に囲まれてしまった。
白いマントに描かれている紋章には見覚えがある。
「デウス神光教国の方々が何の御用ですか?」
剣を受け止めながら話しかけると、正面の男は後ろに飛びながら下がった。
着地の際に顔を覆っていたマントが取れて、頬に剣で斬られたような傷を持つ厳つい顔が現れた。
「知れた事、神を殺した大罪人を誅するために決まっている」
「あなたは確か…教導兵団団長のガイウスさんでしたね」
「ほお、覚えていたか。貴様につけられたこの頬の傷、今でも屈辱で痛みが走る。貴様を誅すれば治るかもしれん」
「そうでしたか。それは治らないで欲しいですね!」
話をしている間に取り出した煙幕玉を地面に向って叩きつける。
周囲に黒い煙が広がり、男達の視界を奪う。
囲んでいた男達が目を覆う中、正面にいるガイウスさんとは反対の方向に向かって駆ける。
途中、囲んでいた男の1人の横を通り過ぎてまっすぐ街の門の方へと駆けていると、「待て!」とガイウスさん達が追いかけてくる。
ガイウスさん達は魔術の身体強化により身体が淡く光っている。次第に距離が縮まっているが、街には仕事を終えた人達で溢れているので、身体強化をしていてもうまく速度を出せていない。このままなら何とかなりそうだ。
視線の先には街の門、もうすぐ閉門時間のため、扉が次第に閉じていく。
閉じていく扉に向けて全速力で走っていると、門の傍に居る騎士が「止まれ!」と言ってくるが構わず、人一人がやっと通れる隙間に身体を滑り込ませる。
ガチンッと後ろで扉が閉まる音が聞こえた。どうにかまくことが出来たが、夜が支配する平原とその先に森が見える。
これからどうするか考えていると右横から殺気を感じた。前方に転がるようにして避けて、起き上がりながら後ろへ振り向くと、黒いマントを着た男が立っていた。そして、周囲にも人影が…
「我らが崇拝する悪魔王様を殺した大罪人に死を!」
「「「「「死を!」」」」」
胸の前で剣を掲げる集団の言葉を聞いて、集団の正体が分かった。
「悪魔教団の方々が何の御用でしょうか」
「知れた事、我らが崇拝する悪魔王様を殺した大罪人を殺すためだ」
「悪魔の何が良いのですか」
「悪こそ人の本質。悪を形にした存在こそ悪魔。その悪をまとめ上げた存在こそ悪魔王様だったのだ」
「はぁ、何度聞いても理解できそうにありません。ね!」
正面の男と話している間に取り出した閃光玉を地面に叩きつける。
突然起こった光に男達が目を隠す間に森へ向かって駆ける。
大分距離を稼げた頃に男達が「待て!」と追いかけてくる。
今回は前を遮るものが何もないため、身体強化による速度差が大きく現れる。
稼いだ距離が徐々になくなる。そして、森までたどり着いた時には真後ろまで追いつかれていた。
後ろから振るわれる剣を屈んで躱し、鳩尾に肘を打ち込んで、1人倒してから、森の中を駆ける。
街に来てから、薬草を採りにほぼ毎日入っていた森。地の利はこちらにある。
森の隙間から照らす星の光を頼りに、森の奥へと入っていく。
しかし、魔術による身体能力の差により次第に追い込まれていく。そして…
「これ以上は逃げられんぞ。大罪人」
崖の端まで追い込まれた。崖の下には川が流れている。
声のする方へと振り向くと、森の切れ目から黒いマントを羽織った男達が現れる。
「大罪人。どうして、この状況で笑顔を浮かべている。そして、どうして、悪魔王を殺した時に使ったという刀を使わない」
街の門で話をした男に話しかけられる。
笑顔?そうか、笑顔を浮かべることが出来ているか。父さんの言葉を無意識にできていることを嬉しく思う。そして、男が後半に言った刀とは無命の事だろう。
「天使と悪魔を殺す以外、自分のためには抜かないと決めている」
確かに無命を抜けば、楽に切り抜けられた場面は多々あった。
しかし、それは自分の努力で手に入れた物ではない。もしかしたら、手に入れた時に努力をしたかもしれないがその記憶がない以上、この力は自分が生きるためには使わない。
「なら、抜かなかったことを後悔して死ぬがいい!」
「お断りします!」
男達が迫り来る中、剣をアイテムボックスにしまい。崖下の川に飛び降りた。
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