4.無罪判決
煙草がうまい。
俺は少しばかり高ぶった心を落ち着かせるために一服していた。
ニコチンが俺に冷静な思考力をくれる。
やっぱ煙草は素晴らしい。
数多くの薬を吸っている俺が言うのだから間違いない。
「死んだの……それ……」
「死んでるよ」
「そう……」
まだ天野は現状が飲み込めてないらしい。
体が震えている。
抱きしめたいが今は無理だな。
帰り血が服にベットリついている。
「天野」
俺はできるだけ優しく天野を呼ぶ
「何……ですか」
「少し真面目な話しをしたいんだが大丈夫か?」
「はい……」
俺は煙草を消し、深く深呼吸してから言葉を吐き出す。
「俺の名前は佐藤正彦だ」
「えっ……」
「自己紹介だよ」
「あ、……はい」
天野の性格上、クラスメイトの名前を覚えて無い事は想像に難くない。
俺はできるだけ明るい声色で自己紹介をした。
別に今する必要は無いのだが、震える天野に対して急に本題に入るのは気が引けたのだ。
俺はもう動くことの無い肉の塊を指差しながら言う。
「これはお前の義父か?」
「はい……」
「俺は人を殺した」
「そうですね……」
「殺人は重罪だ」
「………」
「今から大事な質問を何個かする。
答えたくない質問は答えなくていい。
だから正直に答えてくれ」
天野は静かに首を縦にふる。
「お前は俺に罪を償って欲しいか?」
俺の質問を聞き天野の体の震えがより強くなった。
この質問は俺の人生の分水嶺だ。
もし、yesなら俺は自首しようと思っている。
俺は天野に嫌われるのが一番辛い。
それに比べれば獄中生活なんて屁みたいなもんだ。
そしてもしnoなら俺は死体を山にでも埋めようと思う。
このご時世、そんな甘くないのはわかっている。
捕まるのは時間の問題だろう。
だけど許されるならその少しの時間を天野と過ごしたい。
欲を言えば天野のために使いたい。
それだけだ、それ以上は何も望まない。
「どうして……殺したんですか……」
天野は恐る恐るといった感じで質問を口にする。
「どうして……そこまで…………」
まるで理解できない。そう言いたいらしい。
「私が……あんなことを言ったからですか?」
「違うな、暴力をふるわれるお前を見たら我慢できなかった。それだけだ」
「意味がわかりません……何故あなたが怒るのですか?あなたには関係ないでしょう」
「愛してるからだよ」
これは薬のおかげではない。
自分の意思ではっきりと口にした言葉だ。
もう俺は臆すことはないだろう。
素面で天野に愛を伝えたいと思う。
「なっ……そ、それ本気だったんですか……」
顔を真っ赤にして困惑の表情を浮かべる天野は最高に可愛かった。
「はは、ひどい女」
「すいません……でも理解不能です。
惹かれる要素が無いでしょう……」
「一目惚れだったよ
天野の物憂げな表情が大好きだ
天野の綺麗な艶のある髪が好きだ
天野のピンク色の唇が好きだ
天野の少し長い睫毛も好きだ
天野の小さめな可愛い耳が好きだし
天野の、」
「もう十分です!」
天野は声を張り上げて俺の愛の囁きを途中で止めてしまった。
顔は真っ赤で我慢の限界といった感じだ。
普段の天野からは想像できない。
「あなた女の趣味が悪すぎますよ……」
「ライバルが少なくて助かる」
俺はそう言うと天野の目を覗き込む。
速攻で目をそらされた。
やばい、楽しい。
「もし…私が償って欲しいと言ったらどうするんですか?」
声量が上がり声のトーンが落ちる。
どうやらおふざけの時間は終わりらしい。
「自首するよ」
俺は迷いなく答える。
「っ……」
天野は分かりやすく動揺している。
隠し事はできないタイプだろうな。
「……自分の意思はないんですか?」
「あるよ、だから殺したし天野に愛を告白した。
そこに後悔は無い。
でも俺は人殺しだ、何を言われても思われても反論はできない。
だから天野に嫌われるのが怖いんだよ」
「だから……自首も厭わないと?」
「ああ」
俺の返事を聞くと天野はうつむいて考え事を初めてしまった。
「もし首を横にふったら?」
うつむいたまま天野が質問をしてくる。
できれば俺の顔を見てほしい。
「死体を埋めて、国家権力と鬼ごっこ」
「逃げ切れるんですか?」
「死体があがらなけば警察は動かない。
まぁどうなるかは運次第だな」
「なるほど……」
「どっちにせよ早めに決断してくれ、人に見られたらこの光景は言い訳できない」
足下には死体と血だらけのバット、俺の服には帰り血がベットリだ。弁解の余地はない。
「……質問がそもそも間違っています」
天野はどうよら覚悟を決めたようだ。
さっきまでと違い声に力がこもっている。
「あなたに罪はありません。償いようがありませんよ」
天野は流し目で死体を見る。
その目に恐怖はもう存在していなかった。
「こいつは人間じゃありません。あなたは鬼退治をしただけです」
天野は自虐的な笑みを浮かべながら俺に語りかける。
そして一息吸うと深々と頭を下げ。
「ありがとうございました」
そう言うと天野はゆっくりと頭を上げる。
俺は息を飲む、脳を快楽物質が走り回る。
脳裏に焼き付いた見慣れた光景。
しかし網膜に初めて映る光景。
本物の天使は幻覚とは比べ物にならない。
俺を見つめる彼女の顔は満面の笑みだったのだ。