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3.サクラメントの殺人鬼

6月の終わりにしては非常に寒い土曜日であった。

暦の上では今は梅雨だが最近雨をめっきり見ない。

日本の四季はボロボロである。


俺は今、貸し切り状態の公園で煙草を吸いながら時計を眺めている。

子供達の忘れ物であろう野球道具に夕日が反射し、なんともノスタルジーだ。

なぜそんな暇人の極みのようなことをしてるのかと言うと、たんに暇だからである。

深い理由は無い。

俺はこういう時間こそ人間にとっての最大の贅沢だと思っている。

暇は潰すものではない、味わうものなのだ。


そんな下らない事を考えていると、いつものように彼女と目が合った。

心臓が高鳴り、脳内物質が大量に生産される。

最高に幸せな瞬間だった。

ただいつもと違い今日は少し様子がおかしい。

いつもなら満面の笑みを向けてくれる彼女が、今日は蔑む目で俺を見てくる。

まるで面倒なのと目が合ったと言わんばかりだ。

そんな彼女も素敵だが今はそれどころかではない。

俺の中である仮説が生まれる。


通りすがりの彼女と偶然公園であってしまったのでは?


一回そう思うとそうにしか思えなくなる。

理性が好奇心に負け、口が自然と開いていく。


「よぉ、天野」


これが幻覚だったら不審者と言われても文句は言えない。


彼女は俺の挨拶を聞くとしぶしぶといった感じで面倒臭そうに口を開いた。


「喋りかけないで下さい」


全身に血がめぐるのを感じる、なんとも言えない高揚感が俺を襲う。

嬉しい、嬉しい、嬉しい。

酷い内容だが俺は満足だった。

俺の幻覚は喋らない。

彼女は本物だ。


「じゃあお前から喋りかけてくれよ」


脳はすでにフリーズしてるが何故か口が勝手に動く。

薬中でよかった。


「用事がありません」


「そう言うなよ、俺お前のこと好きなんだよ」


前言撤回、薬はやるもんじゃない。

前々から頭がおかしいと思ってたがここまでとはな、最悪だ。


「そうですかごめんなさい」


あっさりふられた。

というかそもそも本気にされてない。

冗談か罰ゲーム辺りだと思っているのだろう。

こんな可愛い女の子が告白されて最初に浮かぶ発送がそんな低俗なものである現状がどうにもやるせなかった。


「どうしたら俺に惚れてくれる?」


暴走は止まらない、もはや俺の手におえる状態じゃない。好きなだけ暴走してくれ。

俺の口説き文句に対し意外なことに天野は少し考えるそぶりを見せると僅かに口角を上げてこう言った。


「私の事を毎日殴る義父を殺してくれたら一生愛してあげますよ」


悪戯っ子のようなそぶりで彼女はそう言った。

まるで一つの芸術作品のようである。

その時の天野の目は俺が初めて見る目だった。

気のせいかもしれないが、やっと天野が俺と本当の意味で会話をしてくれたような気がした。


「随分歪んだ異性のタイプだな」


「あなたには負けますよ」


そう言うと天野の目はすぐにいつもの蔑んだ目に戻り俺に対する興味を無くしてしまう。

その時天野がほんの少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな顔をした気がした。

天野は俺を突き放すために言ったのだろうが、その中にかすかに期待も込めていたのかもしれない。

誰かがこの現状から助けてくれないだろうかと。

俺は返答を間違えたのかもしれない。


「お前何をしてる!」


幸せな空間に突如ヒビが入る。

鼓膜をつんざく怒声が響き渡る。

その瞬間天野の顔が恐怖に歪む。


「な、何で……」


俺は全く現状を理解できてなかった。

この場の現状ではない、天野の現状の話しだ。


「俺以外の男と喋るなと言っただろ!」


「ひぃぃぃッ!……ご、ごめんなさいごめんなさい 許して下さい!……ゆ、許して下さい!」


あんなに冷たい視線を俺に送っていた天野がこの世の終わりのような表情をして許しを求めている。

すでに眼中に俺は入っていない。

この男はだれだろうか?例の義父だろうか?


こいつが天野に暴力を振るったのか。

こいつがいるから天野は笑えないのか。

こいつが天野をあんな悲しい顔にさせたのか。

こいつのせいで天野は辛い思いをしてるのか。


体の奥から底の見えない怒りが沸く。

脳内が赤黒く染まっていくのを感じる。

口だけの薄っぺらい自分にも腹が立つ。

耐え難い激昂が体を支配する。

俺は屑だ、あんなに愛してるだなんだ言ってたのに今まで何も行動してこなかった。

事の深刻さに気づいてなかった

彼女に踏み込む勇気がなかった。

不幸な天野を愛している自分に酔っていた。

自分の幸せばかりで天野の幸せなど考えていなかった。


「このバカ娘が!」


男が拳をふり上げる。

天野が恐怖で目を閉じ頭を抱える。

しかしその拳が彼女に届くことは無い。

一生無い。

もうあの男が天野を殴ることは一生ないのだ。


「えっ……」


いつまでたっても殴られる兆しの無い天野はそっと目を開ける。

少しずつ少しずつ致命傷にならないように頭を抱えながら。


そして俺と目が合う。

やっと俺のことを視界に入れてくれたようだ。

天野の俺を見る目は蔑む目ではなかった。

さっき見せてくれた綺麗な目がそこにあった。


俺はその目を見て我に帰る。

子供達の忘れ物であろう血だらけのバットを手から落とし目線を落とす。

そこには頭から血を流しているガラクタが転がっていた。

確認するまでもない、もう息はないだろう。


「やっちまったぁ」


どうやら薬中がキレやすいってのは本当のようだ。

サクラメント‥‥LSDの隠語、吸血鬼が住む土地

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