騎士との出会い、保存食は美味しい
幼竜が目を覚ましたら、辺りにはなにもなかった。
あったはずの森は跡形もなく消え去り、ただただ真っ白な砂が辺り一面に広がるだけ。
思い出したのは愛する母の拒絶。
幼竜は忘れない。一度、見たこと聞いたこと全てを覚えておけた。
それは幼竜の強みで大蜥蜴といた頃はとても役にたった、自慢の能力の一つだ。
でも今は、あの時のことを目の前で起こっているようにリプレイする嫌な力だった。
ぎゅっと手を握りしめる。
泣いてしまわないように、全てを消した自分が泣いて良いとは思えなかったからだ。
それでも幼竜のまなじりからは涙が溢れ落ちた。
「きゅーうーーーー。」
幼竜は鳴いて泣いた。
ポタポタ、ポタポタ、白い砂は幼竜の顔のしただけ灰色に変わる。
水がとうとうと湧き出るように幼竜のまなじりからは涙が溢れて落ちる。
そして鳴き続けた、それはある意味で幼竜が捧げる鎮魂の歌。
後悔と懺悔をのせて泣き続けて鳴き続けて…ある日、鳴き声が出せなくなった。
口の中は泣き続けた所為で嫌いな血の味でいっぱいだ。
それでも幼竜はまだ泣いた。
どのくらい泣いたかわからなくなった時泣き疲れてプッツリ意識を失った。
次に目が覚めたのは喉が渇いたからだった。
「きゅう」と鳴いたはずの声は出ていなかった。
幼竜の喉はカラカラに渇いて嗄れていた。それにとても痛かった。
渇いた喉は幼竜の心と似ている。
渇いた心には愛と言う水が必要なのだ。
(水が欲しい。)
幼竜が望めば水が空中から溢れ出る。
それが魔法と呼ばれるものだと幼竜は知っていた。
なぜ知っているのかは、よく分からない他の知識もそうだ。
卵から孵る前、父から教えてもらったことはわかるけど、幼竜は父を見たことがない。
それが幼竜の卵の近くにいたことはないと母から聞いた。
なぜ、いないはずの父の記憶があるのか幼竜は知らなかった。
それでもその知識は幼竜を生かす力になる。いない父の愛をほんの少し感じれた気がして少し気分が軽くなった気がした。
そのまま幼竜は痛む喉も気にせず水を飲んだ。
そうするとまた涙が溢れて来た。
そうやって泣いては意識を失い、喉が渇いては水を飲み、また泣く。
そんな生活を続けていた。
そうすればだんだん体力は無くなっていく。
(涙も出ないや。)
もう泣く体力はなかった。
水じゃ喉の渇きは満たせても、空腹は満たせないし、栄養にもならない。
それは幼竜にもわかっていた。
食べ物を出そうと思えば出せたし、獲物がなければ飛ぶのは早かったから食べ物を見つけることもできた。
けれどいきる気力がわかなくてずっと同じ場所にいた。
不意に体が冷えた気がした。
(しぬのかな?)
一筋だけ涙が流れた気がしたけどこうなっては生きる術なんてなんてない。
このまま死んじゃおうって決めた。そうしたら不思議と体から力が抜けていく。
また涙が流れた気がしたけどよく分からなかった。
遠くで音が聞こえた。それになんだか甘くて良いにおい。
馬の蹄の音がする。
少し遠くに見えたのは人影。
まだ幼竜は死んでいなかった、竜は生命力が強いのだ。
それでもあんまり体には力が入らない、頑張って幼竜は体を起こした。
(人は怖いと母さんが言ってた。違うものだから私たちを殺すって…でも母さんたちも同じだ。)
(同じなら、苦しい時間一杯で野垂れ死ぬより殺してもらった方が楽に…。)
そんなことを考えて幼竜は人に近づいた。
「竜か!?と言うことは……。」
人は幼竜を見てその濃紺の目を見開き瞠目する。
幼竜にはその瞳が凄まじく綺麗に映った。
人は膝まである切り揃えられた長く艶やかな黒の髪を持ち、前髪は幼竜から見て微妙に右上がりの斜めに切られている。
右の横髪は耳にかけられて耳が露出しているそこには、瞳と同じ濃紺の玉が銀細工で囲ってある房飾りのついた耳飾りが見えた。
左肩に紋章のついた留め具があるフード付きの黒い外套を羽織った下には、詰め襟の同じく黒でちょこちょこと刺繍のあるコート、ボトムは他とは違い白のズボンで黒のブーツにいれてある。
腰のベルトには柄の先端に丸い窪みのある精緻な細工の剣と短剣、そして薬などの入ったポーチがあると言う格好だった。
幼竜は仲間の誰より物知りだったが、その知識の元である父は幼竜が竜であることを当然の事として教えていなかった。
とはいえここは真っ白な砂の中自分の前にいるのは人だし、人が乗ってるのはおやつである馬だ。
ならば竜とは自分を指す言葉だと検討をつける。
「きゅーい?(竜?なにそれ私?)」
目の前の人は無表情だ。
だが幼竜が人を見上げると、心なしか無表情な顔がデレた気がする。
口元だけが妙に緩んでいるのだ。
そしてその人が幼竜の様子を近くで見たとき完全に無表情は消え去り、仕事で失敗してもここまで焦らないだろうと言うくらいに焦った様子で馬から降りてきた。
降りるときにコートについている紋章が見えた、剣と盾の紋章は騎士の証だ。
竜持ちなら太陽、龍持ちなら月が添えられる。
目の前の男はただの騎士のようだった。
「大丈夫か。あぁ、こんなに衰弱して!」
自分が衰弱してるわけでもないのに泣きそうな表情で幼竜を見る。
表情はあまり動いてないのに、明らかに泣きそうだと伝わる。器用なのか不器用なのか。
(なんか、変わった人?)
ちょっと、幼竜は引いたけど騎士は気がつかなかったようで、そのまま幼竜に触れた。
おそらく気がついたら処理落ちして動かなくなるであろうから幼竜にとっては幸いであった。
「こんなに…こんなに、痩せて。」
とうとう騎士は、その美しい顏を歪めてしまった。
今にも泣きそうなのではなく、泣いたのだ。
それにしても何故幼竜が痩せているなど分かるのだろうか、幼竜は確かになにも食べず衰弱しているが容姿はふっくらまん丸わかるのがおかしいのである。
「きゅきゅーう(えっ、ちょ泣かないでください!)」
とりあえず、ペロペロと幼竜はその顔を舐めてみる。
髭はなくつるつるすべすべだった。
そして、その作戦は功をそうしたようで、騎士は微苦笑をうかべた。
にしても普段あまり表情筋を使わないのだろう、ここまで本当に微妙にしか表情は動いてないのだ。
無表情のままデレ、焦り、最後に泣く…ある意味、怪奇現象だった。
そして騎士は抱き上げた幼竜を無言でじっと見る、穴が開くほどにだ。
「………保存食くらいしかないが食べるか?」
その言葉に幼竜はピクリと反応する。なんせ一週間以上は確実になにも食べていない。
「きゅうきゅう」と全力で反応を返す。ちょっと声がかすれているのはご愛敬。
「なにも食べていないようだし、胃に負担が無いものをやろう。」
この時、自分が人間に殺してもらおうとしていたことは遥か彼方異世界辺りにぶっ飛んだ。
騎士は外套を脱いでそれで幼竜をぐるぐる巻きにしたあと、保存食の中からなるべく胃に負担が少ない物を選び、少しお湯を多めにしてふやかした。
なんとなく甘い物が好きだろうと甘い物を。
外套に巻かれた幼竜は騎士を観察しながら待つ。
ひたすらに幼竜を気にかける、その姿にほんのりあったかいものが胸に広がった気がして、幼竜はふにゃりと笑みを作る。
その笑みは騎士が振り向いてふやかした保存食を目の前にやると共に、ご飯にありつけることへの笑みに変わった。
(食べたことないくらい美味しい、人ってこんな美味しいの食べてるんだ……。)
羨ましくて幼竜がじっとみると何を思ったのか頬を染める騎士は、幼竜が一人じゃ食べれないと察したのかせっせと親鳥よろしく、保存食を幼竜の口に運んでいる。
本当に一人で食べる体力は残っていないのだから英断である。
(なんか懐かしくて嬉しい…。)
どうして懐かしくて嬉しいのか分からないけれど、それは幼竜の心を少しずつ癒してくれるものだった。
そしてご飯を食べ終わったらだんだん眠くなってきた。
(起きたらお話したいな…。)
ゆっくりと意識の遠くなる中で騎士と仲良くなるために念話することに決めた。
「きゅーい(おやすみなさい…。)」
そして久しぶりに安心して睡魔に身を委ね、眠ったのだった。
そんな幼竜を見て、騎士は酷く優しい笑みを浮かべた