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幼竜の絶望と母の涙

「きゅう(まって、あなたは皆のゴハンなの!)」 


深い森の中、虹に輝く鱗に覆われたふっくらまんまるな体、青空の如き色の円らな瞳、小さな金とも銀ともとれぬちょこんとした角と爪、そして極めて薄い水色の皮膜の羽をもった枕サイズの幼竜が一匹。


パタパタ必死に羽をばたつかせて、巨体に角を持つ大角兎を追いかけていた。


そして追いつき、きゅうと炎を伴った咆哮で一焼き。


「きゅうきゅきゅきゅうん(待たなかったのが悪いんですよ!)」


待っても結局は食べられるのだから獲物は救われない。


カプリと自分の十倍はある大角兎の首をくわえ羽をばたつかせながら巣へ戻って行く。


(みんな喜ぶよね、ふふふ。)


なかなかに良い獲物だったので幼竜はご機嫌。


ふんふんと獲物は離さないように鼻唄を歌いながら飛んでいた時にそれはあった。


赤く艶やかに輝くピンポン玉サイズの実は幼竜の好物だった。


一応、竜というのは肉食よりね雑食ははずだが生肉はもちろん生魚は嗅いだだけて気分が悪くなり論外と、この幼竜の主食は主に木の実であった。


特に甘い木の実は幼竜にとってまたとないご馳走。

だが現在幼竜は大角兎という獲物を抱えている。


この木の実は幼竜にとってもご馳走だが草食動物や鳥にとってもご馳走である。


幼竜が獲物をおいてくるまでにはなくなっているだろう。



(なんでこんな時に好物が!)


逆にここに獲物をおいていけば血の臭いを嗅ぎ付けた獣が勝手に盗っていく二つにひとつなのだ。



(あとで、あとでとりにくる!)


後ろ髪を引かれながらもあとにしつつ急げばあるんじゃないかという希望を抱き羽をばたつかせる。

ばっさばっさと小さな体にあるまじき音を発しながら。

全力で羽ばたきながら巣へ戻る途中、赤く幼竜が運ぶ獲物の約三倍はある大きな大蜥蜴がいるのが見えた。


そこには幼竜が大好きな深紅の鱗と金の瞳を持つ兄もいた。


(何してるんだろ?)


そしてにんまりと笑ってこっそり近づいて行く。


幼竜は生まれた時から気配を消す術を知っていた。


皆が分からないことでも幼竜だけは知ってるのだ。


だから幼竜にとって仲間に気がつかれずに近づくのは簡単なことだった。




「ぐるぇぐあーお(なぁなぁあいつて本当に俺たちの仲間なのか?)」



「ぐるがぁ(実は卵からしておかしかったらしいぞ?役には立つが気持ちわりぃ…同族とは思いたくねえよ。)」  


「ぐるぅー(毎日毎日いい獲物ばっかり仕留めてくるし実力は折り紙つきとはいえ、俺たちとは違う鱗といいあの羽といいねぇよな。)」


少しずつ瞳に涙が溜まっていくけれど幼竜に気がつくものはなく話は続く。



「ぐぐるぅ(気持ちは悪いが強いし言うこと聞くうちは媚売っとけよ…おにぃーちゃん?)」 



ニヤニヤと笑いながら幼竜の兄を呼ぶその呼びかたは幼竜が呼ぶ呼び方だった。


(おにぃーちゃんなら否定してくれるもん) 



幼竜は兄が大好きだったきらきらした赤い鱗は幼竜の好きな木の実のようで綺麗だし、金の瞳は凛々しくてかっこいい。そんな自慢の兄はいつも幼竜に優しくて時々、幼竜にあの赤い実をくれる。 



「がぁーる(簡単に言うなよ、木の実ばっか食ってるようなのと同じ巣だぞ?時々気配もなく隣にいたりしてゾッとする!

母さんも弱けりゃ捨てたのにっていってたぞ。)」 


だから余計に悲しかった。


(生肉は臭くて食べれないの。)


「ぐるぅ(まぁまぁ役には立つんだから優しくしとけ。)」


がらがらと音を立てて世界が足元から崩れるような感覚が幼竜を襲った。


つっと涙が頬をつたう。


つい歯に力が入って大角兎の皮膚を貫いた。


その瞬間に血の生臭い臭いが口に広がって吐き気がした。

逆に歯に力が入ってぶしゅって音ともに血が少しかかる。


それと共に大角兎がドサッという音と共に落ちた。



「がぁ(なんだ?)」


条件反射的にその場から逃げる。



否定の言葉がほしくて涙をこぼしながら巣へ急ぐけれど幼竜にはあれが本当のことだと…否定の言葉等ないのだとわかっていた。


幼竜から見て仲間は皆優しかっただけど見ればわかる笑っていても瞳の奥はいつも笑っていなかった。


(みんな私から離れたところで笑ってた。私はいつも仲間外れだった。) 


けれどそれでも小さな小さな希望を持って羽ばたく。


(母さんなら。) 


否定してくれるそう信じて。



幼竜が通ったあとには雨が降ったみたいなシミがポツポツ落ちていた。



そして少し羽ばたいたあとに幼竜は巣である洞窟の暖簾の前を飛んでいた。


この暖簾は幼竜が母のために頑張ってたくさんの草木を集めて編んだ物だ。


結構前に作った物だけど枯れない不思議な暖簾で、これができた時、幼竜のとても母は喜んでいた幼竜の大切思い出の品。


だけど今の幼竜には重い重い扉のようだった。


聞かなければそのままでいられるのはわかっていたけれど聞かずにはいれなかった。


(否定してくれますように。) 


思いながら巣の回りをくるくる回る。

なかなか動けなかった。



よしと頬をぺしっと叩いてから巣の中へ入る。



奥には橙色の鱗と金の瞳を持つ幼竜の母がいた。



「きゅー(母さん。)」

(聞かなきゃ。)


声が震えていた涙はまだ流れたままだ。


「ぐろぁ(どうしたの、そんなに泣いて?)」



優しい声だった暖かい声だった。



余計に涙がこぼれた。


「きゅいきゅ(さっき森でおにぃーちゃん達が私は母さんたちと同じじゃないって!!みんなみんな。)」  



こちらまで胸の痛くなる声で母に訴えかける。


「きゅーいきゅー(ねぇこの羽が駄目なの?この大きくならない体が!)」 


幼竜には他の大蜥蜴にはない羽があった。そして卵から孵った時からその姿は成長していない。


「きゅきゅきゅー(違う色の鱗が!角が、瞳が。)」   


他にめ違うことはあった大蜥蜴たちはみんな暖色系の色なのに対して、幼竜の鱗はオパールのような虹色で角度によっていろんな色に見えた。


角は皆にあったが幼竜の角は他の皆が茶色なのに対して薄く金とも銀ともとれる色それに少し透けていた。


そして瞳はみんなは金色で幼竜のそれは青い。


幼竜と他の大蜥蜴たちは違った違いすぎた。



気がついてはいたけど気がつかないふりをして幼竜はいつも過ごしていた。



「きゅー(母さんも気持ち悪いとおもうの?)」


幼竜が言の葉にしたのは聞いてはいけない問いだった。



本当なら母は母と呼ばれる大蜥蜴は言わないつもりだった。

だけど幼竜は幼くとも竜その言の葉には魂が宿る。



大蜥蜴ごときが逆らえるものではない。


「ぐるるぁー(えぇ私もあなたが気持ち悪い。)」 



気がつけば母と呼ばれる大蜥蜴はそう口にしていた。


「っ」一度声にならない声で鳴いたあと。


「ぐぁーう(自分が産んだなんて思えない!)」 


そう口にしたのだった。


ひどく酷く冷たい声なのに熱くて焼けるような激情それを声にのせて吐き出す。


「ぐぁーうぐぁあん(ねぇ?あなたは何なの?私の卵から孵ってなんかないわ!あなたのせいでわたしは…わたしはぁ!)」 

母と呼ばれる大蜥蜴は、その卵から幼竜が生まれたことで一時期疎まれた。


けれど幼竜は凄まじく優秀で強かった。

大蜥蜴たちにとって強さとは大きな指標だ、だから姿の違う幼竜でも群れに迎え幼竜の母を優遇する。


そしてそんな幼竜に母と呼ばれる大蜥蜴はもちろん群れのものは優しくした。


否、優しくしろと強制された。



でも母と呼ばれる大蜥蜴にとってそんなことはどうでもいいことだった。


愛する夫さえ信じてくれたならば、でも夫は母と呼ばれる大蜥蜴の不貞を疑いその後に捨てた。


後から戻ってきたけど幼竜が目当てなのは明らかで、その時から胸にどろどろとした恨みを抱えながら愚かな子だと嘲笑いながら幼竜に優しくしていただけなのだ。



それを幼竜は無邪気に信じていただけだった。



「ぐろぁぁ(あなたはわたしの子じゃない!気持ち悪い。)」


その言葉で幼竜の心はバラバラに血飛沫をあげながら壊れてしまった。


「ぎゅきゅぅぎゅうーー」


幼竜の絶叫が洞窟を吹き飛ばし森に響き渡る。


ぶわりと風が守るように吹き荒れる。



なにも映さない虚ろな瞳で泣いていた。


なにも映さずとも涙を流し続ける瞳は、幼竜のバラバラになってなお血を流し続ける心そのものだ。 


足元から幼竜の体が闇に染まって行く。


「ぐぁる(な、なに?)」


母と呼ばれた大蜥蜴は幼竜にこの上ない畏怖の念を抱いた。


このときになって初めて幼竜か己など足元にも及ばぬ、至高の存在だと気がついたのだ。



だんだんと体から力が抜け、冷えていく。

死を覚悟した。


同時に酷く安堵して少しだけ、ほんの少しだけ。


泣く我が子が心配になった。


(ああ、わたし本当は────。)


やっと母と呼ばれた大蜥蜴は気がついたのだ。


けれどもう遅い…遅すぎた。



大蜥蜴は消える跡形もなく。

憎しみの中確かに芽生えた愛を打ち明けることができずに。


完全に幼竜は闇に染まった。美しく虹に輝いていた鱗は禍々しくすべてを飲み混むが如き色に変わり果てている。


風が渦巻き木々をなぎ倒した。


空は灰色に染まりがらがらと音を立てた、時々閃光が走り地を焼いた。 



大地は黒ずみ、植物は枯れ果てた。



幼竜のために世界が怒っているようだった。


(あぁ、わたしは間違えたんだわ。)



(ごめん、ごめんね。本当はわたしあなたを……。)  



最後に母と呼ばれた大蜥蜴は力を振り絞って幼竜を抱き締め───。




刹那──森は光に包まれ、後に残ったのは涙の後の残ったまま眠る愛らしい虹の幼き竜。


悲しげに輝く鱗は森が消える前より、よりいっそう輝いていた。



幼竜は知らない、幼竜が母と慕った大蜥蜴が消える刹那に残した言葉を……。


涙を流したことを、流した涙は何への涙なのか? 


この世にそれを知るものはもういない。











──────愛していたのよ。


─────ねぇ私の愛しい愛しい愛しい我が子。


────どうかあの子が私を消したことで傷つきませんように。


───次を望めるのなら…何て言いません、地獄に落ちてもかまわない


──だからどうかどうか神様!あの子を守ってください。



─けれど許されるならもう一度だけ一緒に……次は次こそは同じ轍は踏まないから、どうかどうか。          

母の声は幼竜には届かないけれどいつか届くと信じて、母と呼ばれた大蜥蜴は涙を流した。




「あいしてる…。」

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