第5話 襲撃
教室に入った途端、絶句した。
「な…っ!!」
色とりどりのラッカーで無残に汚された、羽莉の机。カッターで刻まれた鞄。
あまりの光景に、羽莉は入り口前で立ち尽くした。
見てみぬ振りをするクラスメート達を無視し、自分の机に食いつくように寄った。
ズタズタの鞄を手に取り中身を確認するが、やはりごっそりなくなっていた。
鞄を手にしたまま立ち尽くしていれば、それを見た美雪が血相を変える。
美雪は近くにいた男子の腕を掴んで言い寄った。
「誰がやったんだよコレ!あんた達見てたんでしょ!?」
「お、俺達なにも関係ねえよ…。」
「そんなこと聞いてないんだよ!誰がやった!?」
「ま、松村達…だと思うけど…。」
その男子はバツが悪そうに目線を逸らした。
「あいつらっ…ちょっとあたし行ってくる!」
「っ!み、美雪!」
教室を飛び出していきそうな美雪の腕を、慌てて掴んで引きとめる。
「ちょっと羽莉!あんた正気!?ここまでされて黙ってられるわけないでしょ!?」
「マジでいいから!!落ち着いてって!」
羽莉はなんとか美雪を教室へ引き戻す。
「そうやって反応したらあいつらの思うツボだよ…。」
「でも…っ」
「…お願い、あいつらにはなにも言わないで?大丈夫だから。」
羽莉は苦笑いしながら手を合わした。
「羽莉…。」
「机取り替えてくるね!」
「あ、あたしも行くよ…っ」
「大丈夫だよ。もう授業始まるし、先生に遅れていきますって伝えておいて。」
羽莉は美雪に笑顔を見せて、鞄を脇に挟み、机を持ち上げる。
「じゃあ、行ってくるね。」
「う、うん…。」
羽莉が教室を出て行ったのと同時に、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
「よい…しょっ、と。」
校舎裏のゴミ置き場に汚れた机を置き、息をついて腰を拳で叩く。
「鞄はどうしよっかなぁ…。」
(てか、親にはどう説明しよう…。)
手にした鞄を見つめて溜め息をつく。
―――すると。
バッシャァァンッ―――
「…え…?」
いきなり頭上から降りかかってきた冷たい水。
濡れて肌に張り付いた制服に、髪の先から滴り落ちる雫。
「な、に…?」
「いえーい命中ー!」
その声に羽莉は顔を上げる。
二階の窓から絵実が率いる女子達がバケツを手に顔を出していた。
「ねー見てみてー、なんか水被ってるブスがいるー!」
「ねぇ、そういえばそれ雑巾絞った水じゃなかったぁ?」
「キャハハッ、そうだっけ?まぁいいんじゃない?汚い顔が綺麗になって。」
女子達の耳障りな甲高い声も、呆然とした羽莉の耳をすり抜けていく。
すると、女子達の後ろから割って入ってきた絵実が姿を現した。
「そんな汚い格好じゃ、陵夜様と水樹様の前に出れないね?しばらくそこでおとなしくしてな!」
「じゃあね~。」
絵実達は授業中な事にも関わらず、大声で笑いながら去っていった。
再びしんとなったその場所に羽莉だけが残される。
羽莉は濡れた髪の毛を手で梳いて溜め息をついた。
『学校来れなくしてやるからな!』
(さすがにコレは予想外だったな…。)
「くさ…ジャージに着替えなきゃな…。」
肌に張り付いた衣服を指で摘み、また溜め息をついた。
そして、じわりとこみ上げてきた涙を慌てて堪える。
泣くな…泣いたらあいつらの思うツボじゃないか…。
ぐいっと指で額に張り付いた前髪を払って、ズタズタの鞄を机に叩き付けた。
「あっれー?羽莉ちゃん!?そんなとこでなにしてんのー?」
「っ!」
その声にギクリと肩が揺れる。声の方に振り向けば、授業中な事にも関わらず堂々とサボっている陵夜と水樹が渡り廊下に立っていた。
羽莉は慌てて汚れた机を背に隠す。
「そ、そっちこそなにしてんの?」
「俺らはいつもの場所でサボり!あれ、まさか羽莉ちゃんもサボり!?」
「ち、違うよ!つ、机壊れちゃってさ、先生が取り替えるから捨ててこいって。」
「マジか!大変だね~。」
「あ、あはは…。」
「…なんで濡れてるの?」
能天気な陵夜とは反対に痛いところをついてきた水樹に、ギクリと肩が揺れ目元が痙攣する。
「え、えっとっ…そ、掃除のおばさんに間違えて水かけられちゃってさ、災難だよね~本当!」
「本当に?」
うまく誤魔化したと思ったが、聞き返されて更に焦る。
「本当だって!」
「…ふうん。」
納得がいかないというような表情の水樹だが、なんとか誤魔化せたと思いホッと息をつく。
そして陵夜達から落書きが見えないように後ろ手で机を少しずつずらしていく。
「ほ、ほらもう行きなよ!先生に見つかっちゃうよ?」
「ああ、そうだね。じゃ、またね羽莉ちゃん。」
「ま、またねじゃないっての。」
「あははっ。」
「……。」
陵夜は笑顔で、水樹は眉を寄せてその場から去っていった。
陵夜達の姿が見えなくなってから、ふうと羽莉は溜め息をつく。
(よかった、なんとかバレなくて…。)
「っ…は、くしゅんっ!」
くしゃみをして、羽莉は鼻を啜った。
「ちっくしょ~…早く着替えよ…。」
羽莉は服の端を絞りながら教室へ戻った。
「あ、もしも~し、久しぶり。」
『お~絵実じゃん。どした~?』
「最近暇だよね?あいつらも暇してるっていうし。」
『ああ、それがどうかしたか?』
「…可愛がってほしい女がいるんだけど、お願い聞いてくれる?」