34話 科学者黒木メイサ
幽厳は葉巻をくゆらせながら、受話器を手に
取った。
その時自分の携帯が鳴った。
表示を見れば、今自分がかけようとした相手
からだった。
「俺だ、今こちらから連絡しようとしていたと
ころだ」
「あんた、タバコすってるでしょ」
「たばこじゃない、葉巻だ」
「ばーか。同じことよ」
「今から行っていい、あんたの部屋に」
「なんか用か」
「何よその言いぐさ、私から尋ねてあげようと
言ってるのよ、嫌ならいいわ」
「ま、待て、悪かった、俺もお前に話したいこ
とがある、直ぐきてくれないか」
「最初からそう言えばいいのよ、正直に」
同時に部屋の扉が開いた。
部屋の前からかけていたようだ。
白衣をまとった黒木メイサが笑みを浮かべて
立っていた。
ハンター科学研究所の科学者だ。
長い黒髪、大きな瞳、端正な鼻筋と、厚ぼっ
たい唇。
科学者らしからぬ、真っ赤な口紅を塗ってい
る。
「臭い、臭い、君、逮捕されるわよ」
大袈裟に部屋の空気を手で振り払いながら
幽厳の前に立つと、幽厳から葉巻を取り上げ、
テーブルの上で火を揉み消した。
「都市伝説には惑わされない」
「相変わらず馬鹿ねえ、都市伝説じゃなく、
本当に気力は萎えるのよ」
「俺の気はでかい、多少減ったところで大勢
に影響はない」
「相変わらず、自信だけは一人前ね」
メイサは、完全に火が消えたのを確認すると、
葉巻をゴミ箱の中に放り投げた。
「用って何なの?」
「お前の方から先に言え」
「察するに、あなたは今怒りの頂点に立っている、
そんな人には、まず話を聞いてあげる必要があ
るの。私が心療博士の免許を持ってる事知って
るでしょ」
「相変わらず口の減らない女だ」
幽厳村正にこんな口を聞けるのはハンター組織の
中ではメイサだけだ。
「俺が機嫌悪い理由、もう知ってるんだろう」
「反乱軍を取り逃がしたって事?}
「本当に知ってたんだ」
幽厳は驚いた。
まだ一部の幹部しか知らない情報だ。
それを科学省のメイサが知っていると言うことは、
ハンター全員が知ってる事に等しい。
情報の漏洩がひどすぎる。
「規律が緩み始めたのかな?」
「恐怖への防御は、情報の獲得」
「どういう意味だ」
「あんたが敷いた鉄の掟は、情報のダダ洩れ状
態を引き起させたと、まあ、集団心理では当
然のことよね」
「言ってる意味がわからん」
「恐怖から逃れるために、人は情報を欲しがる
ようになるの。この情報をあげるから、代わ
りにこの情報をと。つまり、相互依存ね。
私が情報をあげるから、あなたも情報を頂戴
と。
共犯関係になれば、密告はされにくいからね。
で、その結果情報はダダ洩れ状態になると、
情報管理のイロハね」
「フン、もっと前に教えて欲しかったな、その
情報は」




