29話 逃亡成功
先に千秋が止まった。
少し行き過ぎ、力也も止まった。
元気が有り余っている表情だ。
あたりを見渡すと、海の香がプーンと鼻にま
とわりついて来た。
海の近く、じゃあ、相当遠くまで移動したこ
とになる。
屋上のハンター達の能力では絶対に来れない
距離だ。
遠くまで駆け抜けた割に、息ひとつ上がって
いない。
行き過ぎた力也が、首をコキコキしながら戻
って来た。
力也の息も上がっていない。
「どう体の具合は」
「完全復活だ、何なんだ、あの薬は」
「すごいわね、ぐちゃぐちゃになっていた骨
ももとに戻ってるの」
力也の胸を叩いてみたが、全然痛がらない。
まさに完全復活のようだ。
「だから説明してくれよ」
自分の身体が、薬一粒で治っていたことに
千秋以上に驚いている。
「銀グールにもらったの」
千秋は薬瓶を力也に見せた。
「あん?」
間の抜けた返事だ。
千秋は篠原雪との出会いをかいつまんで話し
て聞かせた。
「何でグールが千秋にそんな薬くれるんだよ、
それに、よく、飲む気になったな」
「何言ってるのよ、力也だって飲んだじゃな
いの」
流石に、雪の雰囲気が姉に似ていたからとは
言えなかった。
力也に自分の(素)の部分を知られたくなか
ったのだ。
「俺は千秋を信じたから飲めたが、千秋の場
合はグールだぞ」
「雪さんはいい人、そう思えたの」
「誰だい、その雪さんってのは」
千秋は、薬をくれたのが篠原雪と言う綺麗な
女性だと力也に説明した。
「あの空飛ぶグール、女だったのか」
「とても上品な女性よ」
「おまえ、なあ」
呆れる力也に
「でも彼女のお蔭で私達こうして無事でいる
のよ」
「まあ、そりゃそうだが、千秋、冷静に考えて
みろ、雪さんってグールなんだぞ、人間を喰
らう人喰いなんだぞ」
言われてみれば確かにそうだ。
しかし、千秋には雪が人を食べる姿が到底想像
できない。
出来ないが、グールである以上その宿命から逃
れられない、とすれば、人間である千秋とは永
遠に敵対関係でしかない。
しかし、雪は言ったのだ。
「いずれ仲間になる」と。




