2話 人間を捕獲し喰らう
痩躯な中年男が歩いていた。
太陽が照り付ける繁華街。
誰もが皆忙しそうに歩いていた。
男の手前を歩いていた若い女性が路地に入る
と男もそれに続いて路地に入った。
何でもない普通の風景である。
女がさらに奥まった路地に入ると都会だと言
うのに途端に人通りが少なくなった。
更に奥まった路地に入りとピタリ人通りが無
くなった。日頃からこのような路地に入る時
は一人で入らぬよう政府から注意文が流され
ていたが、余程の急用があるのか女は急ぎ足
で路地を駆け抜けていく。
その時だった。
痩躯な男の身体がいきなりぺしゃんこになる
と、黒くアスファルトのような液体になった。
液体は女が振り向く隙さえ与えず、女を包み
込むとそのまま屋上に蛇のようにくその身体
をくねらせながら上がって行った。
襲われた女の方は何が起きたのかわからなか
ったに相違ない。
あまりに急で、あまりにも素早かったからだ。
グール(喰種)の人間捕獲の瞬間である。
グールの人間捕獲は個々によって様々だった。
獣のように四足になり人間を襲うものもあれば
この男のように液状になって襲うもの、様々で
ある。
人を喰らう合図は極めてシンプルだ。
人が空腹を覚えるように、グールも突然空腹感
を覚える。
空腹感を覚えると同時に、餌探しが始まる。
大抵は寂しく人の少ないところで人を捕獲し
喰らうのだが、グール化が始まった頃は、
グールは人を喰らうその瞬間しかグールになれ
なかったが、人間が用心をしだし捕獲が難しく
なり出すと、空腹を覚えた時から自由にグール化
が出来るように進化していった。
食べられる側の人間はたまったものではない。
街中を歩いていれば、自分がグールに狙われる
危険性は増してくる。
当初は誰も外には出なかったが、グールに食べ
られる人間が、交通事故に遭うより少ないと政
府広報で知らされてから、穴倉からはい出るよ
うに少しづつ行動範囲を広め、気が付けばグー
ルが現れる前と同じような行動様式を取るよう
にまでなっていた。
グールたちも最初は自分達だけのコミュニティ
ーを作り暮らしていたが、ハンターが現れ、
コミュニティーを襲撃される度合いが多くなる
につれ、個々の活動が目立ち、やがて人間界に
溶け込んで、誰がグールで、誰が人間なのかわ
からない状態にしてしまった。
勿論コミュニティの状態は残し、ネットワーク
で情報交換をするという団体機能は残しつつ、
きわめて自然に人間界に溶け込んでいった。
こうされると人間側には対応の方法がない。
誰がグールかは、人間には判別する方法が全く
ないのだ。
グールはグールがグールを喰らえば消滅してし
まうから、誰がグールで、誰が人間かの判別が
出来る。
人間にとってはまさにハンディー、ハンディー
の連続だった。
そこにハンターが現れた。
グールの存在を(本能)で嗅ぎ取り、退治でき
るのだ。
最初の頃は不死身のグールにハンターもてこずっ
たが、やがてグール退治の武器が開発されると
形勢は逆転した。
ハンターはグール相手になら無敵の状態になった
のだ。
屋上に獲物を運んできた液状グールは女を屋上
に投げ捨てると女の周りを旋回した。
女はぐったりして動かない。
おそらく、液状グールに窒息死させられたのだ
ろう。
液状グールはその身を持ち上げると、その上部
を大きな口に変形させ、そのまま女を持ち上げ
ると口の中に女の頭だけを入れ、がぶりと噛む
と、女の身体の血を吸引しだした。
一気の吸引で、女の身体はまるで、浮き輪がし
ぼむように、あっという間にしぼんで行った。
ほぼ紙のようなペラペラの身体になると、その
まま頭部を噛み切り、胴体部をコンクリートに
投げ捨てたが、乾物状態の胴体は音すら出ない。
女の身体からは一滴の血も出てこないのは、余
程の吸引力で血をすすられたのだろう。
女の頭を咥えたまま、液状男は口を動かすと、
そのまま女の頭を、がりがり音を立ててかじっ
た。
何度か咀嚼すると、ペット何やら掃き出し、
口を上下した。
金色に輝くイヤリングは女が身に着けていた
物だろう。
液状男はゆっくりと、触手で干からびた女の
身体を巻いた。
「殺るわよ!」
突然屋上に声が響くと、液状男は素早い動作
で声の方に向き直った。