251話 パラサイト
妻夫木は雪が持っていた腕輪をまた取り戻すと
メイサに見せた。
赤く柔らかそうな腕輪だ。
言いながら自分の腕をまくって見せた。
そこには黒い腕輪がはまっている。
「この腕輪は強さの証です」
「強さの証?」
「どういう意味なんだ」
首をひねるメイサの横に力也が寄ってきた。
強さと言う単語には敏感に反応する。
わかりやすい男だ。
「強い者にしかこの腕輪は反応しないんです」
「強い者しか?」
力也も首をひねっている。
「相変わらず説明の仕方が下手くそね」
雪が妻夫木から赤い腕輪を奪い返すとそのまま
自分の腕にはめた。
大きくだぶついていた腕輪は雪の腕にはまると
突然微振動を発し、そのまま雪の腕に丁度良い
大きさに縮んだ。
「あらかじめ設定されていますから直ぐ共鳴し
たんです」
妻夫木が得意そうに言う。
その横で、訝しむメイサ達を意識しながら雪が
目を閉じた。
何かを感じているのであろうか。
時折にやりと微笑みながら「ふっ」と小さな吐
息を吐いた。
「共振完了です。雪さんは元々ミトコンドリア
の核を全て手なずけていますから共振が早い
んです」
「凄いわ、感じる、とてもはっきり感じる事が
できるわ、凄いわね妻夫木君」
まだ高揚感が残っているのか雪の頬は少し赤い。
指先を元木に向けるとニタリ唇を歪めた。
「思わず力を試したくなるわよね。今ならあな
たに勝てそうな予感がするわ」
元木博士がノリなんだろうか。
わざと怖がって見せた。
「でも試したくなるだけで、理性で抑えられる
でしょ」
「確かに。リスクは完全に回避されているわね」
雪は腕を下げると、もう一度赤い腕輪を見た。
「異種ミトコンドリアの感性が伝わってくる
みたい」
「見たいじゃ、ないんです。そこそこ馴染めば
共鳴しあう事で話すこともできるはずです」
「嘘!」
驚く雪に
「元木博士の知識は私には異星人のようにしか
思えません」
「そう」
雪はそっけなくその言葉を突き放した。
何かを思い出したのだろう。
雪は元木を見ようともしない。
どうやらこ腕輪が原因で袂を分かちあったようだ。
そんな雪に
「だから私が言ったじゃないか、研究に失敗は無
い、続けてさえいれば必ず成功すると」
元木の言葉に雪は即反応した。
「そのためにどれ程の犠牲者をだしたの」
元木博士は少し顔を歪めたが、すぐ元の笑顔
に戻ると
「研究に多少の犠牲はつきものだよ」
「多少で済んだのかしら」
「多少がどの程度の人数かは個人の見解によるが、
私的には少ない犠牲で開発に持ち込めたと思っ
ているよ」
「まあ、まあ」
慌てて妻夫木が間に割って入った。
「だからさあ、強い者しか使えないって、なんな
んだよそいつは」
力也がじれて妻夫木に詰め寄った。
「これは」
妻夫木に飛びかからんとする力也をなだめながら
雪が妻夫木の横にある箱を見た。
「彼のはあるの?」
力也を指さした。
「勿論用意してますよ」
「じゃあ、彼から試してみて」
力也の顔が輝いた。
しかし少し心配も残っていたのかその顔を菜々緒
に向けると、菜々緒が腕を差し上げた。
菜々緒の腕にも腕輪がはまっていた。
それを見ると、急に元気づいたのか力也は腕を差
し出した。
菜々緒の両脇に立つ、亜門とマーヤは苦い顔をし、
首をひねっている。
菜々緒が力也に入れ込む姿が、どうも気に入らな
いらしい。
最も、亜門の視線はメイサに注がれたままだが。
「この腕輪はあなたの中で覚醒した異種ミトコン
ドリアの核と、あなた自身の核とが共鳴できる
ようになる腕輪なの」
「あの研究室で叩き伏せたあの核の事か」
「そう、あの実験なしでこの腕輪をはめるだけで
実験でした結果と同じ成果が得られる腕輪なの」
「じゃあ、俺は強くなれるのか」
「力也君の中にあとどれ程異種ミトコンドリアの
核が潜んでいるか、その数にもよりますが、間
違いなく数倍のレベルで強くなるはずです」
「す、数倍だと」
力也の目が丸く大きくなった。
数倍も強くなるとは思ってもいなかったのだろう。
「言うより実際に試してみるほうがわかりやすい
と思うわ」
雪は妻夫木が取り出した黒い腕輪を力也に渡した。
「おお、俺のは黒色か」
指先で腕輪を受け取ると
「随分ふにゃふにゃしているな」
「ベースはタンパク質です。波長が完全にあった
時点で腕輪自体は腕に溶け込み無くなってしま
います」
「す、凄えな」
力也の笑いは止まらない。
よほど数倍強くなる事がうれしいらしい。
しかし腕にはめた腕輪はだらんとしたまま、雪の
ように大きさを変えない。
「なんとも感じないが」
「力也さんの場合急激に変化されましたから、あ
らかじめ入力していた数値とは大きく隔たって
いると思われます。調整の必要があります」
「じゃあ早く調整してくれよ」
全員の視線が力也と妻夫木に注がれていた。
妻夫木は台の上から小型の機器を取り出した。
機械には何十本ものクリップがつながれていた。
「少し痛いです我慢してください」
妻夫木はクリップを力也の体の要所要所に挟むと
「ビリッとするかわかりませんが、問題ありませ
んから」
機械のボッリュームレンジを上げた。
同時に力也の身体が小刻みに揺れた。
「ちぇ!」
小さく呟く力也。
どうやら多少の痛みではなさそうだ。
妻夫木の表情が険しくなった。
首をひねると
「すみません、どうやら私が想像していた数値
とは違っていたようで」
妻夫木は機械のスイッチを切ると箱の中から別の
腕輪を取り出した。
瞬間元木と目を合わせたが、元木の目も険しく
なっていた。
その横で雪が笑みを漂わせていた。
「彼のデーターはハンター時代のデーターで
しょ」
うなづく妻夫木に
「力也君w核の持ち主なのよ」
雪が少し得意げに伝えた。
「ダブル核」
驚く妻夫木に
「なんだよう、そのダブル核とは」
聞く力也を無視し
「ダブル核の持ち主は未だ想像の世界のものだ
と思っていたが、本当なのか雪」
元木博士も立ち上がっている。
「ええ本当よ、私も最初力也君を見た時あれって
思ったんだけど、まさかダブル核の持ち主とは
思わなかったわ」
「データーで確証出来たんですよね」
「ええ、伊集院博士が想像した通りの遺伝子配列
だったわ」
「それは凄い、もしそれが本当なら、彼女達に
匹敵する能力者じゃないですか」
「私が感心してるのはそこじゃないの、千秋ちゃ
ん、メイサさん、力也さん、この三人を自分の
部下にした幽厳村正の思惑が凄いと思っている
のよ」
元木も妻夫木も、しばらく黙ってしまった。
雪の言う通りだ。
数いるハンターの中で幽厳村正は自分の周りに
この三人を集めた。
偶然にしてはありえないことだ。
ましてや、力也と千秋は自分の直属の部下にして
いた。
「幽厳村正はしっていたのでしょうか、彼らに潜
む異種ミトコンドリアの存在を」
「勿論知っていたと思うわ、そうでしょ、元木
博士」
雪は本木を意地悪く見た。
元木は苦笑を浮かべながら
「どうやら雪博士は私と幽厳村正が内通して
いると、そう思っているようだが」
「あら、そうじゃないのですか。あなたと幽厳
村正の理念と言うか考え方は面白いほど酷似
していますから」
「君がどう思おうと、私と幽厳村正とは接点は
ない。あるとすればそれは、敵としての接点
だけだ」
「チョイ待ち、話し中すまないが、いい加減教
えてくれてもいいだろう、ダブル核がなんな
のかを」
力也がたまらず雪たちの会話に割って入った。
「ダブル核とは、同じDND配列を持った特殊
核の持ち主の事を言うの」
メイサが答えると、雪と妻夫木、元木が驚いた。
まさかメイサからこんな答えが返ってくるとは
おもっていなかったのだろう。
そんな三人を見ながら
「見損なってもらっちゃあ困るわ。こう見えて
も私だって一応は科学者を名乗っているのだ
から、想像上の核、ダブル核の噂ぐらいは聞
いたことがあるわ」
「だから、もっとわかり易く教えろよ」
「双子の核よ」
メイサが指を一本立てて力也に説明しだした。
「同じ構造を持つ特殊核が違う人間に配列され
てる事を言うの。双子、三つ子、に多いと想
像はされているけど、現実に発見された記録
は無いの、その核をあんたが持ってると言っ
てるのよ」
「持ってたらどうだと言うんだ」
「このダブル核は瞬時的な能力を肉体の限界ま
で加速できると、理論上ではあるけど、言わ
れているの」
「もっと、もっと、かみ砕いて教えろってんだ」
どうやらとてつもない力を出せそうな気がする
らしいが、力也にしてみれば依然不透明だ。
「瞬間的にだけど、無限大の力が発揮できるそ
うよ」
「そこがよく分からないんだ、瞬間的に無限大
ってどうゆうことなんだよ」
「一応理論値としては、スピードは光速、次元
的には無次元貫通、力はブラックホール級、
いちいち数え上げていたら切りがありません
が、瞬時的には、肉体が耐えられればの仮定
を置けば、瞬時に太陽を作り上げる力が出せ
ると、それぐらいの能力ですが」
妻夫木がわかりやすく説明してくれた。
「太陽だと、太陽を作り上げる能力が俺にあ
ると言うのか」
「あくまでも仮定の話ですが」
妻夫木はニコリうなずいた。
「なんでそのダブル核とやらだけが太陽に匹敵
する力が出せるんだ」
「ダブル核はお互いが共振、共鳴し合い、どち
らかの個体が消滅した時、残った核と融合し
ブラックホールを体内に作り上げると理論上
推定されています」
「お、俺の中にブラックホールがあるのか」
力也は思わず唾を飲み込んだ。
あまりにも壮大な話だ。
「じゃあ、この腕輪は役に立たないんだな」
「そんな事はありません。ダブル核とわかって
いれば、共振させることは可能です」
「じゃあ、やってくれ」
力也は腕輪を妻夫木に渡した。
「いいですが」
腕輪を受け取った妻夫木は元木を見た。
元木は何度もうなずいている。
調整しろといっているのだ。
「じゃあ、まずは前段階として」
妻夫木は腕輪に何本もの線を突き刺すと調整を
始めた。
「少し時間がかかります」
妻夫木の言葉を受けると、雪は元木に近づいた。
「まさかこの腕輪をプレゼントする為に私達を
呼んだんじゃないんでしょ」
「おやおや、またとんだ言いがかりを」
元木は大げさに首を振って見せた。
「あなたが敵である私達を強くさせるなんて、
何か魂胆が無ければ絶対にしないはず。私
達を強くして得るものはなんなの」
元木は雪を凝視した。
物悲しそうに微笑むと
「前から言ってるんだが、雪博士は私を誤解し
ている。私の目的は前から言ってる通り、昔
の地球を取り戻すことだ」
「その為になら、手段を択ばず人体実験を繰り
返してもいいと仰るのですか」
「そこが誤解だといってるだろ。私が何とかし
なければいずれ人類は滅びる、滅ぼさないた
めには早急な研究が必要なのだ。全てが滅び
るのを座して待つか、少し残酷ではあるが滅
びるであろう人類を研究の役に立ってもらう、
これぐらいは許容の範疇だと君は思えないの
か」
「思えませんし、思おうとも思いません」
雪はきっぱり言い切った。
「いいか、君が嫌うもう一人の男、幽厳村正の
活動がおかしい、彼は私が思う何倍ものスピ
ードで事を起そうとしている」
「事を起す?」
眉間に皺を寄せる雪に
「幽厳村正は半魚人を仲間にこの地球を破壊し
ようとしている」
「何のために?」
「新しい秩序を作ろうとしているのだよ、君は
そんな事も分からないのか」
「半魚人なんかと組んで新しい秩序が作れるは
ずがないでしょうに」
「半魚人と組むのは一時的な方便に過ぎない、
幽厳村正にはその先の破滅へのストーリーが
あるんだよ」
「破滅って、地球を破滅させて幽厳村正になん
の得があるというのですか」
「彼に得などないさ、彼を乗っ取った、幽玄村
正の中に巣食うパラサイトに得があるからだ」
「パラサイト?」
雪はだんだん不安に駆られてきた。
元木博士の言ってる事は茶番だ。
荒唐無稽でバカバカしい話になってきている。
しかし今元木が発したパラサイト発言には驚いた。
伊集院博士も言っていたのだ。
「地球はパラサイトに乗っ取られるかもしれな
いと」
雪の表情が豹変した。




