249話 あの男は破壊者だ
車は元木邸に着いた。
元木邸の敷地は広大だ。
元木邸と呼ばれているが中には研究所や牧場等
様々な施設があるが、周囲は有刺鉄線で囲われ
中に入る事は容易ではない。
都市伝説の類だが、元木邸に不正侵入した者は
グールの餌にされると噂され、現に侵入を試み
た者が元木邸から戻って来た例はない。
軍事施設に近い強固なセキュリティーシステム
が施されている。
銃を持った警備員に促され、車は元木邸の敷地
内を車で十五分近く走らねばならなかった。
後部座席で熟睡していた三人は正面ゲートで警
備員に起こされ顔を確認された。
車が敷地内に入るとさっそくメイサがぼやき始
めた。
「すごい警備よね、絶対何かやましいことがあ
るはずよ、この研究所は」
「元木博士はグール研究の第一人者よ。政府か
ら頼まれた研究もされているから警備が厳重
なのは当たり前」
「あら、随分元木博士の肩を持つじゃないの」
雪の説明にメイサが思わずつぶやいた。
力也がメイサの袖を引っ張った。
雪が元は元木の片腕として働いていたことは
力也や千秋には情報として入っていた。
「だって私もとはここの研究所で働いていた
んだもの、詳しいのは当たり前よ」
隠そうともせず、当然と言う風に答える雪に
「でもそこから出て、伊集院博士の方に乗り換
えたわけでしょ、今更元木博士の肩持つなん
て変じゃん」
どうやらメイサも雪が元木博士の元で働いてい
たことは知っていたようだ。
「メイサ!」
たまらず、千秋の叱責に
「いいのよ、メイサさんがそう言うのもわから
ないこともないわ、元木博士も、伊集院博士
もグール化を止めて元の平和な地球に戻すと
いう目的は同じなの、だから敵とか味方とか、
そんな区分けは必要ないの」
「でも私達は本木一派の攻撃を何度も受けたわ
よ」
「元木博士の所にも跳ねっ返りは沢山いるわ」
「元木博士の本意じゃないと言うの」
「メイサもうやめなさい、人にはそれぞれ色ん
な考え方があるんだから」
今度はきつく千秋は叱責した。
藤木は前を向いたまま何も言わず、運転に専念
している。
「でも・・・」
「いい加減になさい!」
千秋の強い語気に押されメイサは黙った。
まだまだ何か言いたいようだ。
「着いたようです」
険悪な空気になった車内に助け舟のような藤木
の言葉が車内に響いた。
「降りましょうか」
何事もなかったかのように雪は三人に微笑むと
最初に車から降りた。
周囲を見渡し大きく伸びをした。
首をコキコキしながら周囲を見ると、怪しげな
顔がいくつも並んでこちらを見ていた。
どうにも不気味だ。
雪に続き降りたメイサは周囲の不気味な環境に
思わず雪の後ろに隠れた。
あれほど雪にしつこい質問を投げかけていた
くせに現金なものだ。
「皆さんよほどあなた方に興味があるみたいよ」
背中に隠れるメイサに雪がおかしそうに笑った。
「興味と言うよりあれは食べ物を見つめる目よ」
「確かに言われてみればそんなきもするな」
車から降りてきた力也もあたりを見渡しながら
苦笑した。
目は笑っているが身体から少し紫ががった陽炎が
漂っている。
無意識に警戒態勢に身体が反応しているようだ。
それも当然と言えば当然だった。
黒いスーツに身を包んだ男や女達がこちらを物欲
しげに見つめているのだ。
どう見ても友好的なまなざしには見えない。
「嫌ぁね、こうジロジロ見つめられるなんて」
「本当に食べる気じゃないの、あいつら」
メイサの言葉は相変わらずひどい。
「さ、行きましょうか」
そんな周囲の視線を無視し、雪が三人を促した。
最後尾を藤木が鋭い目つきでついてくる。
やはり常とは違う雰囲気なんだろう。
元木邸は城だった。
真っ白な。
元木博士の趣味が戦国時代の城で、とうとう自宅
を城に改装してしまったと聞いたが、まさか本当
の城を作っているとは三人は思ってもいなかった。
「本物のお城じゃん、これ」
メイサがため息つくのも無理はない。
外観から見ればこれはもう完全に白鷺城だ。
「白鷺城をそのままここに持ってきたみたい」
「博士は城には目がないもので」
雪が軽く首を振った。
どうやら雪も元木博士のこの趣味には賛成して
いないらしい。
「結構かかったでしょうね、このお城作るのに」
「ホント、その分もっと研究費を増やしてくれ
ればよかったのに」
雪の冗談か本気か分からぬ愚痴を聞くと
「あら、雪さん、研究費が原因で伊集院博士の元
に行かれたの?」
又メイサが話をぶり返してきた。
「元木博士は研究費潤沢に出してくださったわよ」
「伊集院博士よりも」
「ええ」
雪は微笑みながらうなずいた。
「じゃあ、なぜ」
「ここからは静かに進むことをお勧めします」
藤木が話を割って入って来た。
入り口をくぐると、両脇に黒スーツの男女が
びっしりと並んで立っていた。
藤木に言葉を止められなくとも、思わず無口
になってしまう。
広い廊下ではあるが、両方にびっしり黒スーツ
の男女に並ばれては気味がいいものではない。
「ちょ、ちょっとなによこの雰囲気。それに
この廊下、長すぎるんじゃないの」
メイサは千秋の手を握りしめた。
口と態度が全く違う。
お化け屋敷にでも入った気分なんだろう。
「ねえ、千秋気味悪いわよね」
「あんた、少し静かにできないの」
「私からお喋り取ったら何が残るっていう
のよ」
どんな場面でもへらず口だけはやめないメイサ
は突き当りに大きな扉があるのを見つけた。
「中は中世のお城って感じよね、なんか趣味
悪い」
「よしなさいってば、メイサ」
千秋は小声でメイサをたしなめた。
ほおっておけばどこまで喋るか分からない。
「元木博士の耳にでも入ったらどうするのよ」
「あら千秋あんた元木博士にあったことがあ
るの」
長い廊下を歩きながらメイサが小声で尋ねると
「ないわよ、ただ噂では千里の耳を持ってるっ
て聞いたことあるから」
「嘘、じゃあ今までの話聞かれちゃったの」
メイサは慌てて自分の口を押えた。
「だからもうやめなさい、悪口言うの」
「悪口なんか言ってないじゃないの」
突然歩みが止まった。
気が付けば大扉の前で雪たちが止まっている。
遠目から見ても大きかったが、実際扉の前に
立ってみればその大きさには驚かされる。
十メートルは優に超える高さの扉だ。
「凄いこれ、センスがいいわね」
千秋は思わず噴き出した。
さっきまで、あれほどけなしていたのに元木
博士が千里の耳を持つと冗談を言ったらさっ
そくの豹変だ。
どこまで本気で怖がっているのか分かったも
のじゃない。
しばらく立たされたまま待っていると、見上
げるくらいの大扉がゆっくりと開いた。
「まぶし!」
メイサ達は目を細めた。
部屋の中から光が零れてきた。
薄暗い廊下に比べ内部は凄い明るさだ。
ゆっくり中に入ると、その広さにまず驚かさ
れた。
舞踏会でもするのかと突っ込みたくなるほど
の広間に、廊下にいた者と同じように全身を
黒いスーツ姿の男女が両脇に並び一筋の道を
作り上げていた。
その道の先には、大きな椅子がおかれ、そこ
に一人の男が座していた。
おそらく彼が元木博士であろうことは雰囲気
を読めばわかる事だ。
「凄い、まるで王様気どりじゃん」
思わずつぶやいたメイサは慌てて自分の口を
押えた。
千秋が又ぎろりと睨んだ。
人垣で作られた道を歩いて来いと言う意味だ
ろうが、さすがに不気味だ。
作られた道はあまりに狭い。
幅一メートルもないほどだ。
一人ずつしか進んでいけない。
広すぎる広間に、細すぎる人道。
五人はそのまま佇み立ちすくんで
いた。
両脇から襲われたら、最後だ。
いくら術にすぐれているとはいえ、こうも多数
の人間に襲われたら対応ができない。
躊躇うのも無理はない。
「お前たちそんなに近づくんじゃない、もっと
間隔を広げなさい」
椅子にドカと腰を下ろしていた元木から温和
な声が響いた。
人垣が一瞬ピクリと揺れると、まるで潮が引く
ように、下がり、人の道は十メートル程の広さ
になった。
「一声!」
メイサが呟く。
雪が元木を遠くから睨んだ。その後ろには藤木
がピタリ寄り添っている。
力也の身体から又紫の陽炎が上るとメイサは慌
てて力也の背中に隠れた。
何やら嫌な予感はメイサだけでなく全員が感じ
取ったのだろう。
「ふーん」
しかし一人千秋だけは別のようだ。
千秋は周囲を見渡しながら思わず首をひねった。
デジャブ?
この感覚には何か記憶がある。
確か前に・・・・
そんな感覚を覚えたのだが、その思いは直ぐ
消し飛んだ。
元木の指先から光線が発せられると、いきなり
一人の男が炎に包まれた。
「ひゃ!」
突然の事にメイサが頭を抱えた。
見れば、男の体から炎が立ち上がり苦痛に身
を歪めている。
「わざと弱めている」
千秋が燃え、もだえる男を見つめながら思わ
ずつぶやいた。
元木から発せられた光線はわざと弱められて
いる。
一瞬であの男を消滅させる強さを感じる光線
だが、内部が弱められていると思ったのだ。
わざと、わざと弱めている、男が苦悶でのた
うち回る姿を周りの者達に見せつけているの
だ。
いや、本当に見せつけたかったのは、自分達
にだろうと。
雪を見た。
雪も千秋と同じことを感じていると、瞬間悟
った。
そのまま視線を元木に移すと、元木と視線が
合った。
ずっと千秋を見つめていたのだろう。
千秋と視線が合うと、ニタリ、微笑んできた。
千秋が今見切ったことを、見透かしているか
のような視線だ。
視線を切ろうとするが、切れない。
張り付いた元木の視線はねばりつくように千秋
を舐めまわしている。
全身に悪寒が走った。
体中の異種ミトコンドリアが雄叫びを上げて
いる感覚に襲われた。
あの男、元木、元木は危険だ。
あの男は・・・
あの男は・・・
あの男は破壊者だ。




