245話 力也対菜々緒 その2
「千秋とメイサに死んでもらうだと」
にやけていた力也の顔色が突然変わった。
瞬間全身から紫の陽炎が湧き立った。
「ホント、力也ちゃんってわかりやすい子ね」
菜々緒は苦笑しながら、ゆっくりと力也を眺め
た。
間合いも少し広げた。
力也の潜在的な能力は未知数だ。
「じゃあ力也ちゃん、時計をスタートさせてい
いかな」
「一分だ、お前なんか一分でぶっ倒して殺る」
菜々緒が指を鳴らし、時計がスタートすると
同時に、力也は菜々緒に突進した。
菜々緒の顔色が変わった。
力也の突進力が今までと全然違ったからだ。
力也の片手があわや菜々緒の手を掴もうとした
その瞬間、菜々緒が消えた。
忽然と。
「ちぇ」
力也は舌打ちすると振り返った。
菜々緒が涼しい顔をして立っている。
「力也ちゃん、惜しい惜しい、でもバレバレ、
君が本気を出してなかった事など最初から
お見通し、でも、残念だけどあの程度のス
ピードでは私を捕える事は無理よ」
「うるさい、今からが本番だ」
力也の全身は紫に変わった。
目が吊り上がりまるで別人のようだ。
「行くぞ」
叫びと共に力也は菜々緒に飛びかかって行った
が菜々緒は、紙一重の差で力也の攻撃をかわし
てしまう。
「あらら、力也ちゃん約束の一分まで後十秒し
かないわよ」
余裕の菜々緒に力也は単調な攻撃を飽きもせ
ず繰り返していたが、菜々緒の「一分」の声を
聞くと、その姿が突然消えた。
「あら?」
訝しむ菜々緒の前に突然力也が現れると、その
まま菜々緒ごと倒れ込んだ。
「どうだ、約束通り、丁度一分だろうが」
菜々緒を押さえつけながら力也はニタリ笑った。
しかし何か変だ。
抵抗感が無い。
「残念でした」
後ろから菜々緒の声がした。
慌てて振り向いたが、又振り向きなおした。
素裸の菜々緒が立っていたからだ。
足元を見れば押さえつけたと思っていたのは
菜々緒の服だけ。中身がない。
「あら私の背を向けていいのそんなんで」
力也は散らばっている服を拾うと前を向いたま
ま菜々緒の服を後ろに投げ捨てた。
「早く着ろ」
「あらら、一分過ぎちゃった、これで力也君の
負けね、でもおまけ、あと十分以内に私に触
れる事が出来たら力也君の勝にしてあげても
いいわよ」
「何でもいいから早く服を着ろ」
力也は前を向いたまま叫んだ。
「あーら、せっかく裸になってあげたのに、も
っと見ればいいのに」
「早く着ろって」
力也はそれしか言わない。
「ん、もう、せっかくサービスしてあげたのに」
ブツブツ言いながら、菜々緒は服を着だした。
「はい、着たわよ」
「本当だな」
「振り向けばわかるでしょ」
「本当に着たんだな」
「着たわよ、ちゃんと」
菜々緒の少しふてくされた声を聞いて力也は
ゆっくり振り返った。
着衣を完全に着終わった菜々緒を確認すると
「もういい、俺の負けだ、好きにしろ」
胡坐をかいて座った。
「あら、諦めがいいのね、まだ五分三十秒ある
わよ」
「俺の負けだ、逆立ちしても今のお前には勝て
ねえ」
「嘘、力也ちゃんてそんな諦めの早い子じゃな
かったでしょ、しつこいのが力也ちゃんの取
り柄、どうしちゃったの」
「下着まで脱ぐ必要なかったろ」
「えっ?」
「わざと俺に捕まったことぐらい俺にだってわ
かるさ」
「あら、ばれちゃった」
「当たり前だろう、逃げるだけなら上の服だけ
脱げばいいだろうに、下着まで、しかも全部
脱ぐだけの余裕まで見せつけられたら、遊ば
れてるって、誰でもわかるさ」
「あら、私少しやり過ぎたか」
菜々緒は舌を出して、大袈裟に自分の頭を叩い
て見せた。
「でも八雲紫の術使われた時には正直びっく
りしたわよ」
「なんだそれ」
不思議がる力也に
「何言ってるのよ、力也ちゃんが今使った術
じゃないの」
「術?」
首をひねる力也を見て、菜々緒はさらに驚いた。
「呆れた、自分が使った術の名前も知らないの」
「俺何か術使ったのか」
「嘘・・・」
笑いながら
「私を捕まえる為に、一瞬スピードを速めたで
しょ」
「ああ、無意識にだが」
「もう、信じられない、その技を八雲紫と言うのよ」
「なんじゃ、それ」
「時空を重ねて、そこを貫通させ、相手との
距離を無くす術じゃないの」
「俺知らないぞ、そんな術、早く走っただけ
じゃないのか」
「何言ってるのよ、走るだけでそんなスピード
出るわけないでしょ、時間的にはほぼゼロ秒
で到達してるんだから」
「それって、お前が俺の目の前に突然現れる、
あれと同じことなのか」
言いながら、確か雪も藤木も使っていたこと
を思い出した。
「そう、私も使えるから回避できたけど、知
らなかったらアウトだったわ、その意味で
は凄いと本当に思ってるのよ、大体八雲紫
の術使えるのは熟練のS級グールしかいない
のよ」
「じゃあ、俺もそこそこ強いのか」
「そこそこどころか、十分強いわよ」
菜々緒は笑顔で答えた。
とても敵味方の関係には見えない。
「誰から教わったの、八雲紫の術」
「そんなのはいない。大体今まで知らなかった
し、したこともなかった、もしそんな技が
本当にあるのなら、今初めて使ったことにな
る」
「やはり力也ちゃん達はどんどん覚醒していっ
てるんだ」
「どう言う意味だ」
「うふ、聞きたい」
艶っぽさを強調する。
苦笑しながら
「ああ聞きたい」
立とうとする力也を押しとどめると、菜々緒は
指を一度パチンと鳴らした。
突然周りの景色が歪むとあたりが一変した。
ピンク一色だ。
「なんじゃこれ!」
思わず立ち上がった力也に
「お話する場よ」
菜々緒は悠然としている。
「さあ、お座りになって」
目の前にあるピンクのソファーに力也を誘った。
「ちょ、ちょっと待て、こ、これは、だな」
慌てふためく力也に
「さあ、力也ちゃん、座って」
近づく菜々緒から離れるように下がるとソファに
当たり、そのまま転がるように座り込んだ。
「あのね」
座った力也の隣に菜々緒がしなだれかかると、
力也の耳元に口を近づけ、甘い息を吐いた。
「ちょ、ちょっと、待て、待てと」
「いいから、いいから、ね、力也ちゃん、君の
お兄さんの事を知りたいの」
「だから言ったろ、俺には兄などいないと」
「嘘、里子に出されたと言ったでしょ」
「だから幼い頃里子に出されたから覚えてい
ないんだ」
突然菜々緒は力也の顔を両手で挟んだ。
「つまり、居たと言うわけね」
「そんな噂を聞いたことがある」
「力也ちゃん、居たのよ本当に、君の兄さんが」
「なんで知っているんだよ」
「だって、ね、力也ちゃん。君の兄さん、私の
命の恩人だから」
「お、恩人?」
「そう、私が今生きてるのは、君の兄さんのお蔭、
だからね、私が今度は君を助けてあげたいの」
「たとえ、兄貴がいたとして、それが、あんた
の命の恩人だとして、俺には関係ないだろうが」
菜々緒は相変わらず力也の顔を両手で挟んだ
ままだ。
しかし、瞳は輝いている。
濡れていると言った方が正しい。
今にも溜まった涙が零れ落ちそうなくらい。
「頼まれたの、あなたのお兄さんに、君を助け
て欲しい、君を守ってほしいと」
「兄貴に?」
「君は知らないかも知れないけれど、君の兄さ
んはとても強い人だったのよ、君にも同じそ
の血が流れているわ、勿論君は今でも強いわ、
でもまだまだ全ての力を発揮し切れていない
の、だから、私が教えてあげる、手助けして
あげる、あなたを兄さんと同じくらい、いえ、
それ以上強い人間になるように」
「なぜ、そこまで俺にこだわるんだ」
菜々緒は力也に微笑んだ。
「しかたないでしょ、君に、力也ちゃんに会っ
てしまったんだから、運命よね、この運命に
は逆らえないわ、私は君を見た途端、決めた
の、君の兄さんとの約束を絶対守ると」
菜々緒は力也の顔を両手で挟んだまま、立ち
あがった。
そのまま、ゆっくりと力也に顔を近づけると
いきなり、力也の唇に自分の唇を重ねた。




