218話 千秋の概念
千秋の意識は飛んでいた。
丸山の腕が自分の中に侵入した時何かが叫んだ
「気味が悪い」
それと同時に意識が飛んだのだ。
意識が飛んだのに、意識があるという摩訶不思
議な現象に千秋自身が驚いていた。
驚きはするが、決して狼狽えてはいない。
声の主は誰なんだ。
母の声ではない。
母の核が自分の中に入り込んでいることはわかっ
ている。
その母が、瀕死の藤木を助けてくれたことも十分
理解している。
母の出現は気まぐれだ。
千秋の中にまだ多数の(敵)がいるから自由に出
てくることができないと言っていた。
「気味が悪い」と呟いたのはその敵の誰かなのだ
ろうか。
とにかく千秋の意識が飛び、自身の概念の中に閉
じ込められたことはわかる。
千秋自身の肉体は誰かに操られている。
千秋はあたりを見渡した。
真っ暗だ。
この状態、母の核を見つけた時と同じだ。
あの時も立ったまま気絶していた。
つまり、自分は今、自分自身の中にいるのだ。
不思議とすんなり事態が読めてくる。
一度経験していることが理解力を高めているよう
だ。
とすれば、千秋を閉じ込めた敵と戦わねばならな
い。
それが異種ミトコンドリアであることもわかってい
る。
メイサの異種ミトコンドリアと戦った時とおそらく
同じ状況なのだろう。
でなければ、この状態からは脱出できない。
じゃあ、今の自分の肉体はどうなるのだ。
多分異種ミトコンドリアに乗っ取られ、丸山と戦っ
ているに違いない。
丸山には到底かなわない。
あのままでは殺られる、そう感じた異種ミトコンダ
リアが、千秋の気絶と共に体を乗っ取ったのだろう
丁度いい。
丸山は驚いているに違いない。
千秋が突然強くなったのだから。
異種ミトコンドリアが丸山に負けることは無いだ
ろう。それは予感と言うより確かな自信として、
千秋には理解できた。異種ミトコンドリアは今は
敵と言え、千秋自身でもあるのだから。
千秋の身体を乗っ取って、丸山と戦っている異種
ミトコンドリアとも、命の片端ではつながってい
る。
映像は見えないが、感覚として、丸山の狼狽がわ
かるのだ。
肉体はいい。
異種ミトコンドリアに任せておけば。
だったら、藤木も助かるはずだ。
あとは、千秋がここから出るだけだ。
千秋は立ち上がった。
奮い立つような気力がどこからともなく送られて
くる。
藤木が助かる、その安心感が千秋の気の孔
をいくつも解放させたようだ。
爽快感は、気の充実に現れ、確かな強さも実感する。
「さあ、来なさい、ミトコンドリアちゃん」




