19話 隠し事
あまりにも凄い展開だった。
あれほど歯が立たないと思っていたS級グール
の一人赤グールを一瞬で粉砕したのだ。
まさに秒殺と言っていい。
壁にめり込んだ白グールが、よろけて壁から
はい出てくると、再度千秋に挑みかかろうと
したが、赤グールの消滅に立ちすくんでいる。
「力の加減がわからない」
千秋の独り言に、白グールは大きなジャンプ
で青グールの横に戻った。
我に返った千秋は、ゆっくりと二人のグール
に近づいて行った。
雪の言ったことは本当だ。
だとすればこの効力は三分間しかもたない。
早く残りの二人も倒さないと。
近づく千秋に、二人のグールは明らかに動揺
している。
何故だかはわからないが千秋の実力が上がっ
ている。
それも桁違いの上昇だ。
「引くぞ!」
形勢不利と判断したのだろう。
青グールは吐き捨てると、フットその場から
消えた。
後を追うように、白グールも消えた。
「消えた」
力也の声が聞こえたが、千秋にははっきり見
えたのだ。
二人のグールが、大きくジャンプしながら隣
のビルに移り、そのまま壁を伝って下に降り
る姿を。
唾を飲み込み、改めて己の豹変ぶりに驚きな
がら、それでもポケットの中から、雪からも
らった薬瓶を取り出すと握りしめた。
瓶の中にはまだ薬剤が半分ほど入っている。
千秋はゆっくりと白グール達がいた場所に
進んで行った。
白グールが逃げる際、何かを落としていった
のが見えたのだ。
腰をかがめて拾ってみれば、一枚の写真。
赤ん坊を抱いた、あの女の写真だ。
気が付けば幽厳が隣に来ていた。
「その写真、あの女だな、やはりあいつら
あの女を追っていたんだ」
言われて思い出したように千秋は上空を見上
げた。
が、もう雪たちはどこにも見当たらなかった。
「どっか行っちまったよ」
幽厳が苦笑しながら千秋の肩を叩くと
「に、してもだ、千秋、何なんだ、あの技は」
たずねる幽厳の目つきは、一瞬鋭く光ったが、
千秋と目が合うと、直ぐ穏やかな表情に戻った。
「私にもわからないの」
別に嘘を言うつもりはなかったが、とっさに口
から出た言葉がこれだった。
幽厳村正は隠したつもりだろうが、あの冷たく
鋭い視線を千秋は見逃していなかった。
雪からもらった薬で強くなったなど言えば、何
かよからぬ事が起こりそうなそんな予感がした
からだ。
幽厳村正に対し、初めての隠し事だった。




