196話 藤木の思惑
力也の訓練は雪が言う通りあっけなく終了した。
訓練を拒んでいた藤木も、雪と千秋に言い寄ら
れ仕方なく始めたが、あまりのあっけなさに驚
いている。
力也は実験室の床で伸びているが、メイサの時
のような表立った変化は皆無だった。
実験室がピンク色に染まると、力也の身体から
紫の炎が立ち昇り、それを力也が大きな叫びを
発すると、紫の炎は一瞬固まり、やがてスッと
力也の身体の中に吸収されてしまった。その途
端力也は床に崩れ、雪が訓練は無事終わったと
宣言した。
藤木の表情は「俺何もしてないぜ」と語っている。
訓練室に入ろうとする千秋に
「ダメ、千秋ちゃん、しばらくそのまま寝かせて
おいて、力也君の体の中で今、分子の再編成を
しているところだから。今力也君の身体に触れ
ると、攻撃したと勘違いされる恐れがあるから」
「本当にあれで終わったんですか」
藤木は首を振りつつ雪に近づくと
「ええそうよ。本来の訓練とはこんなものだった
でしょ」
雪は椅子にぐったりもたれ込んだままだ。
メイサとの訓練が余程堪えているようだ。
同じように、メイサの訓練に駆り出された形の千
秋は平然としている。
藤木は思い出した。
確かに雪の言う通りだ。
過去の訓練もほとんどが力也みたいな形で終わっ
ていた。
今回の訓練は(特別だ)と伊集院に言われ、少し
緊張しすぎていたのかもしれない。
大体力也は元々(特別)ではなかったのだから。
特別はメイサと千秋であり、メイサの訓練が大変
な騒動だったので、すっかり取り乱してしまって
いたようだ。
その特別の千秋の訓練は今は必要ないと雪は言った。
力也の訓練は急がせたくせに、千秋はいいと。
雪は何かを隠している。
藤木はそう思っていた。
もともと秘密主義の雪だ。
何から何まで教えてくれる人ではない。
だから過去何度も暴走じみた結果になったこと
もある。
伊集院博士が藤木に「あの二人は特別だ、雪が暴走
しないよう目を光らせていてくれ」と敢えて言われ
ことも、メイサの訓練を見れば納得できる。
一歩間違えばメイサはおろか、千秋も雪も死んでい
たかもしれない。
明らかに雪が招いた暴走の結果だ。
結果オーライだったが、伊集院博士が心配するのも
無理はない。
藤木は椅子にもたれ込んだ雪を眺め、改めて今回の事を
振り返ってみたが、雪に秘密は多い。
メイサは異種ミトコンドリアを取り込むことが出来た
がそれは未だ完全ではない。
伊集院博士が言う「特別」の意味は、千秋とメイサに
は、自立可能な異種ミトコンドリアが無数あるという。
今回は、その中の一つをうまく取り込めたが、この先
どうなるか全く先が読めない。
とにかく取り込めたのは、たった一つの異種ミトコン
ドリアだけなんだから。




