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横恋慕  作者: イワイサキ
1/1

前編

【注意】

同性愛要素はありますが、直接的表現はありません。

ってか、

BLに全く知見のない作者が、お題のBL祭りのために一生懸命考えて書きましたが、批評にこられた801板のお姉さま方に「BLとして最低の部類」との評価をいただいた一品となります。

前言い訳、終わり。

 恋は障害があるほど燃えるっていうけど、それは嘘だ。簡単に乗り越えられる問題を障害というのもおこがましいし、本当の障害は乗り越えること自体が難しい。障害に潰れない恋だけが良い恋ってのも無茶な話で、たとえその末に成就した恋があっても、それが素晴らしいものとも限らない、ハイリスクローリターンな代物だ。普通の恋なんてそれ以下のローリスクローリターン。人生のスパイスたるスリルもありゃしない。道端に落ちている1円玉ぐらいありふれている。爪楊枝みたいに使い終われば捨ててしまうこと必至の割り箸以下の概念。それをメディアどもが神聖視してくれるおかげで、世の中に勘違いな思想が蔓延している。まあ、流される奴らが悪いに決まっているが、糞メディアにもその責任はあるだろう。だから俺はNHKの受信料は払ってない。NHKだけの責任ってわけじゃないが、金を取りにくるのがそこだけだから仕方がない。話が逸れたが、つまりは、俺は恋なんかいらないってことだ。



 精一杯、気持ちとは真逆なことを言ってみた。



「だから彼女はいらないと?」

 缶チューハイを片手に、口にはスルメを咥えたまま器用に正二は話す。

「おう」

 すみません、嘘です。あなたが、今目の前にいる山吹正二が、すげぇ好きです。障害があったほうが燃えまくりです。神が与えたもうた生物学的構造上の障害すら、自らの愛の深さを測るための試金石に思えてきます。

 アルコールでほどよく柔らかくなった頭では、底にある感情がうっかり口を滑りそうになるが、それを理性が口に酒を流し込んで塞ぐ。――自滅行為の繰り返し。また少し頭が柔らかくなる。六畳の部屋にはすでに空になった缶が二十個ほど散乱していた。

「相変わらず、酔うとメチャクチャだな、お前」

「そんなことないですよ、はい。誰も好きにならないということは皆を愛しているということです。分け隔て無く、全てを平等に」

「まるで神様だな」

 笑い声が重なる。その笑顔がどうしようもなく心を揺さぶる。それは性的な衝動ではなく、なんというか、一緒にいることを楽しんでもらえているという事実が純粋に嬉しい。お笑い芸人の心理というか、奉仕の精神というべきか。

「愛してるぜー!」

 不意打ちでジャンピングハグ。勢いあまって二人重なって倒れこむ。

「きもいわ、ボケ」

 蹴り払われた。しかも正二も酔っているのか、なかなか的確に急所をそこそこの力で蹴ららられれ――痛みで素敵に支離滅裂な自分がのた打ち回る。それを見て笑う正二。さすがに殴ってやろうかと思った。

「悪い悪い。ほら、機嫌直せ」

 正二が口に咥えていたスルメをくれた。ありがたく頂戴する。

「ところでさ、カズはなんで彼女作んないの?」

 こいつ酔っ払い確定。あれだけ冷静を装って嘘をついていた少し前の俺が哀れだ。

「俺でも彼女できたんだぜ? お世辞じゃなく、カズって俺よか顔良いじゃん」

「のろけ話はいらねぇよ」

「いやいや、マジ話。だって、お前付き合ったことないんだろ? 童貞なんだろ? そんなに好きじゃない奴でも試しに付き合ってヤッてみたい、とかないの?」

「童貞バカにすんなよ。童貞のまま三十歳になったら妖精になれんだよ」

 よほどツボだったのか、正二のお隣さん苦情必至の笑い声が部屋に響く。

 ……危なかった。本音をえぐり出すような質問に一瞬凍りついてしまった。そんな変化を見破られないようにすぐさま冗談を被せたが、バレてはいないだろうか? あらぬ誤解を受けて、今の関係が遠のくことが一番怖い。正二が好きだということは事実だが、だからと言って独占したいなどという気持ちは無い、と思う。今までのように、仲の良い友達として一緒にバカをやれればいい。できれば、本当にできればだけど、俺だけを見ていてくれたら、それはそれで、嬉しい、けど。



 正二が笑いを越えた痙攣を起こしていると、玄関からノックの音が聴こえた。法文科三回生のお隣さんの苦情かと思い、返事をしつつ玄関に向かう。ふとノブに手をかけた時、嫌な予感が頭をかすめた。しかしすでに時遅し、返事をしてしまったため鍵をかけていない扉は派手に開けられた。

「バイトが早上がりできたので、救援物資持ってきました!」

 元気いっぱいに入ってきたのは正二の恋人、静葉だった。これ以上理性を決壊してはならないというのに、たっぷりと弾丸を持っての参上ときた。本音とは裏腹に、ここでも演技をしなければならない。土産の酒と肴を受け取り、笑顔で部屋に迎え入れる。

「しーずはー」

 恋人を見るやいなや、いきなり抱きつく正二。やっぱりこの女は追い返すべきだったか。よしよしと正二の頭を撫でているこの女の後頭部に、この缶の詰まった袋を叩き込めたらどんなに気持ちの良いことだろうか。

 そんな黒い感情をふつふつと煮えたぎらせていると、正二が急にこちらに目を向けた。不覚にも、どきりとしてしまった。

「さーけー」

 跳びつく正二。遠慮なく缶入りビニール袋とキスさせてやった。鼻を押さえて悶える正二に、私より酒かいと静葉が頭を叩きツッコミを入れる。

 それ、俺の役目。こうも現実を目の当たりにすると怒りより寂しさの方が色濃く湧きあがってくる。やはり大学生ぐらいになると友情より恋愛なのだろうか。って俺のは友情じゃないな。ってことは、やっぱりそうなのか。

「ちょいトイレ」

 視界が急にぼやけたので逃げ出すように部屋を出た。三畳ぐらいの小さなユニットバスに駆け込み、便器に向かい泣きながら吐いた。今までの人生でも情けなさワースト3にランクインが確実な醜態だ。笑えてくる。それでも泣き声とも笑い声ともつかない呻きを胃の内容物と共に水に流した。体が軽くなると今度は浴槽に頭を持っていき、冷水をシャワーで浴びた。別にその行為自体に意味があるわけではないけど、今の気持ちに一番しっくりきた。冷たい水が髪をつたい、頬に落ち、顎から滴る。いっそこれぐらい涙を流せたらすっきりするのだろうにとしびれた頭で考えていた。

 一通り落ち着いたので髪を拭き、歯を磨いた。こんな時でも、好きな人の前に出る時は身だしなみを整えておきたいと思ってしまう。でも、いちいち髪をセットしなおすのは面倒くさいので、口臭だけにしておいた。

 トイレを出て部屋に入ろうとすると、二人の会話が聴こえてきた。

「えー、本当にカズ君って今まで付き合った子いないんだ」

 足が止まる。

「意外だろ? 俺があの顔だったら高校時代から女とっかえひっかえするって」

「今の発言は聴かなかったことにしてあげるけど、へー、そーなんだー……でも意外ってわけでもないかな」

「どゆこと?」

「カズ君って明るくて話しやすいんだけど、なーんかトゲがあるのを感じてね。たまーに、私ってウザがられてる? って思うときがあるの」

「ふーん、俺は感じたこと無いな」

「そりゃあ、あんたたちは中学からの付き合いでしょうが」

 その通り。そこにお前は入ってきたんだよ。



 静葉との付き合いの月日はまだ浅い。中学、高校、大学、しかも学科まで同じな俺と正二は、当然授業も同じものを受けた。そこで静葉と知りあった。同じ学科の女子の友達、という大した縁ではなかったのだが、話してみると息が合い、行動を共にすることが多くなった。その時は彼女を邪魔だと思ったことはなかった。正二に友達が増えることは純粋に嬉しいことだった。

 しかし、この女は俺たちの中に恋愛を持ち込みやがった。

 あれは九月の初め、大学生の異様に長い夏休みのちょうど折り返し地点に入った辺りのことだった。三人で話題の映画を見に行くという約束をしていた。だから、待ち合わせ場所に気合の入った服を着た静葉がいても不思議に思わなかった。静葉は器量もスタイルも良い。大学生なのだから着飾ることもあるだろう、と。ただ、時間にうるさい正二がにいないことは少し気にはなっていた。

 結局、時間に正二は来なかった。今思えば当たり前のことだが。そんな約束を知らされていないのだから来れるわけもない。事が動いたのは正二に連絡を取ろうと俺が携帯を取り出してからだった。正二君は来ないの、とドラマに出てきそうな陳腐な切り出し方を静葉はした。そしてお決まりのコンボ。「騙したりしてごめんなさい」「好きです」

 一応、丁重にお断りしたはずだ。でも内心では唾棄していた。1引く2でマイナス1。実はこのとき初めて、俺は正二が好きなんだと自覚した。静葉の告白を当たり前のように断る自分に内心驚き、そして気づいたからだ。だから静葉の告白自体には感謝もしている。それがプラス1。しかし、俺らの仲に恋愛を持ち込んだこと、そして俺を呼び出すのに正二の名前を使ったこと、それがマイナス2だった。

 そのあと、静葉はしばらくは俺たちから距離を置いた。もともと学科は違うのだから理由はどうとでもなった。

 そしてそれは突然だった。自分の気持ちに気づいてから密かに危惧していたことが起きた。「彼女が出来たんだ」嬉しそうな声で電話してきた正二に、上辺だけでも取り繕っておめでとうと言えた自分を、今でも褒めてやりたい。

 電話だから良かったものの、俺は混乱していた。あの日以来、昼休みでも飲み会でもそれとなく正二の周りに来る女をそれとなくチェックしていた。正二は性格がいいので男女わけ隔てなく好かれている。しかし幸いなことに、異性からは良い人止まりの評価だった。だからといってマークを怠ったつもりはない。それだけに自分の監視網の隙を突かれたようで悔しくもあり、怒りも湧いてきた。自分と、自分の気づかない所でそこまで正二の心に入り込んだ存在に。



 あまり長いこと席を外しているのも怪しまれるので、それとなく派手な音を出して自分をアピールし、それから部屋に戻った。

「おかえり。長かったな」

「全部吐いてきたよ」

「じゃあ、はい。ガソリン入れなきゃ」

 静葉が梅の缶チューハイを手渡してくる。今、吐いたばっかだって言っただろが。

 とりあえず開けて、唇を濡らす程度に軽く口をつける。

「今、静葉にお前の相手に良い奴がいないか聞いてたんだよ」

「そーそー。カズ君はどんな子がタイプなの?」

 お前、言葉に裏があるだろ。なんか目は笑ってないし。

「別に――」

 いつもの軽口が出てこない。二人はそんな俺に気づいた様子もなく、勝手に話を進める。

「お前、紋舞らん好きだったろ。ああいうのがタイプか?」

「誰それ?」

「AV女優」

「うわっ、キツッ」

「いや、でも可愛いよ」

「正二、それが私の前で言うことかな?」

 もういい加減にしてくれ。わかったから。君たちの仲が良いのはわかったから。俺の目指してた場所はもう無いってわかったから。だから――


 ――それを俺の目の前でこれ以上見せつけないでくれ。


「あー、気分悪くなってきた。ちょっと俺も吐いてくるわ。トイレ借りるな」

 そう言うと正二は部屋を出て行った。一瞬、部屋に静けさが戻った。

「カズ君大丈夫?」

 静葉が心配そうな顔をしている。誰に? 俺に?

「トイレ行ってからずっと変だよ? 気分が悪いなら私たち早く帰るけど」

 ……。

 ああ、そうか。そうすればいい。とても簡単なことだった。

「どうしたの? やっぱりしんどい?」

 酒を飲むように、缶に口を付けるように、何も感じず、何も思わなければいいんだ。初めてなんて、くれてやる。

 覗き込む静葉を掴み、一気に引き寄せ、口づけた。

 二度目の静けさが部屋に広がる。それもまた一瞬だったが。

 すぐさま、驚いたような非難しているような声を出し、静葉は俺から離れた。幸い、正二には聴こえてはいないようだった。

 それ以上は何もしない。静葉も微妙に距離をとったまま、こちらを警戒しているだけだ。

 正二が帰ってくるまでになんとか心を落ち着かせなければ。そして今の状況、これからの展望、してしまったこと、したこと、しなければならないこと、それぞれを考えないといけない。全ては正二を取り戻すため。采が投げられた限りは全力で。



 正二が戻ってから、今度は静葉がトイレに向かった。

 悩みが無くなった今、俺はとても爽やかな気持ちでいられた。それなりに忙しくなりそうな今後を考え、心躍らせていた。何故だろう、とても楽しみだ。

 案の定、帰ってきた静葉は気分が悪くなったとお開きを切り出した。正二はそれを心配そうに介抱し、二人で玄関に向かう。

「今日は楽しかったわ。また飲みに来るな」

「おう、いつでもかかってきやがれ。今度は倍ぐらいもってこいよ」

 一番最初に吐きに行ったくせに、と正二が苦笑する。その正二の肩を借りて、俯いている静葉がいる。

「静葉」

 自分でも驚くほど柔らかい口調で声をかけた。ゆっくりと顔を上げる静葉。

「大丈夫か? なんかあったら正二でもいいけど、俺に言ってくれてもいいからな」

 俺の彼女だぞバカヤロウ、と正二。妹みたいなもんだからな、と笑いながら返しておいた。

 でも、見逃さなかった。静葉の困惑の表情の中にあったわずかな感情に。

 見えない糸は張れた。



 部屋に戻り時計に目をやると、もうすぐ日の出の時間になっていた。でも不思議と眠くはない。

 まずは部屋の片づけだ。三十本以上の空き缶を片付けなくちゃならない。その後はインターネットで女が喜びそうな場所を検索してみよう。服装にも今以上に気を使わないと。この際、髪型も変えるか。しなくてはならないことがいっぱいだ。

 ばれてはいけない、ばらされてもいけない、悟られてもいけない。そして惹きつけないといけない。難しい問題だ。大きな障害だ。でも、ハイリスクなだけのハイリターンはある。

 やっぱり恋は障害がある方が燃えるってもんだ。


若い頃、勢いで書いた作品でお恥ずかしい限りです。

後言い訳終わり。


読み直した際、紋舞らんに時代を感じて赤面。

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