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姫君は、ずっとロイドを求めていた。若かりし頃から、直向な想いをロイドにだけ向けていた。どうして自分などが、と疑問に思わないでもなかったが、それでも戦争が始まるまでは受け容れようと思っていたのだ。

ロイドの実家は名のある貴族の家柄で、ロイドはゆくゆくはその家を継いで領主となると決まっていたから、社交界に早くから名を売っておこうという父親の計らいもあってパーティーなどの席にはよく顔を出していた。騎士団に席を置いたのも同じ境遇の貴族の子息たちなどとなるべく広く顔をつなげておくために過ぎなかった。当時は、まだ戦争など考えられなかったから、貴族は金を積んで子供を騎士団に入団させておく事も少なくなかった。

初めて姫君に出会ったのは、どこぞのパーティーでの事だったと思う。当時から美しい姫君の噂は広く聞こえていて、ロイドも友人たちと相応の好奇心を剥き出しにしてそのパーティーに臨んだはずだ。きらびやかな社交界で、誰かと誰とのスキャンダルなどというものは日常茶飯事だった。まだ若いロイドたちもそれはわきまえていたし、だからあわよくば、というのもあったのかもしれない。

そこで顔をあわせるうちに姫君とはいつしか段々と親しくなっていった。ロイドの父親が喜んで後押ししたと言うのも原因の一つにあるかもしれない。いつしか絡むようになったお互いの視線を意識しながら、ロイドはその姫君を手に入れる日が遠くない事を感じていた。隣国から姫君への求婚の話が出たのはそんな時だった。

それをロイドに伝えた時、父親はロイドにどうしたい?と尋ねた。ロイドは迷いはなく、それは受け容れるべきだ、と答えた。父親がそんなロイドをなんともいえない複雑な顔で見たのを今でも覚えている。

「お前は真面目だな」

そんな言葉を残して、父親は城に出かけて行った。主たる貴族は呼び集められ、会議が行われる事になっていたのだ。それは、すぐに決着のつく問題だと思われていた。姫君が隣国に嫁げば済む問題なのだから。だが、そうは行かなかった。

連日会議で疲労を重ね、たまに帰って来る父親は久々に顔をあわせたロイドに疲れたような息を吐きながら言った。

「どうして我が家が嫁ぐのに賛成なのか、と責められたよ。姫君に」

平和だった国に、段々と不安な空気が立ち込めていく。長引くはずのなかった問題に時間が取られ、暗い何かが城の中を覆い始めていた。

「戦争が、起こるかもしれないよ。私たちは、とんでもない事をしてしまったのかもしれない。あの姫君の我が侭のせいで、たくさんの血が流れる」

父親はロイドの目を見据えてそう言った。

「ロイド、あの姫君は恐ろしい程情熱的だ。なまじ人を惹きつける力があるため、それは恐ろしい。お前は、ほだされては駄目だ。あまり、もう側によるな」

「分かっています。しばらく距離を置けば、熱も冷めるのではないかと思って、今日、第二騎士団への入団を志願してきました」

ロイドが言うと、父親は少し驚いたような顔をして、それから悲しそうに頷いた。

「そうか。戦場へ出るのか」

「はい」

本当は、ロイドが戦場に出るような事になれば姫君も考え直すきっかけになるかもしれないなどと自惚れた甘い事を考えていた。ロイドを死なせたくないあまり、戦争を止めて自分が嫁ぐと言い出してくれるのではないかと。

だが、姫君はあくまでも自分の欲望に忠実だった。何度も王都に戻ってくる事を要請し、それが叶わないとなると今度は凱旋のたびにロイドを呼び出し、誘惑を始めた。

それに痺れを切らして、このままでは埒がないとロイドがきっぱりと拒否したのが戦争が始まって二年が過ぎた後で、それ以来ロイドはどんなに要請があっても体調不良などを理由に、城に出向かない事にした。姫君にとってはそれで寂しさとロイドに対する恨めしさが重なったのだろう。姫君は事もあろうかロイドの部下に当たる、ロイドと体格のよく似た、しかも同じ黒髪の青年と子をなした。それを知っていたのはごく僅かで、妊娠中は姫君は体調が悪いために別荘にこもりきりという名目で、その実腹の子供の相手の実家にかくまわれていて、そこで出産した。そして何事もなかったように子を生んだ後、姫君は城に戻ったが、その子供は実家で大切に育てられたのだった。その家も、小さいながらも貴族の家だった。直系の王家の血を引く娘が家にいればいつか何かの役に立つやもしれないと大事に大事に隠し育てた。

それらが発覚したのは戦争が始まって実に六年が経った後、その家の娘という人のロイドに対する密告からであった。

それを知らされた後、ロイドはその青年の処置にとても悩んだ。

内密に青年を呼び出し事情を聞こうと考えたが、姫君によってロイドへの恨み言を常に吹き込まれていた青年の心の中にはかつてのロイドに対する尊敬の念は一かけらも残っておらず、そこにはただ敵愾心と嫉妬を露にした卑屈な青年の姿しかなかった。ロイドが何かを言ってもなだめても、反抗的な態度で激しく反論してくるしかない。それどころか、ロイドが姫君を取られた事に嫉妬しているのだろうと穿って自らが羨ましいのだろうと嘯いてくる始末だった。

「死んで行った同胞たちに悪いとは思わないのか?」

そう、静かに聞いたロイドに、青年は反抗的な目を向けたのをよく覚えている。

「そんなことのためにあの人を拒否し続けたのならば、あなたはとても愚かだ」

そんな事。ロイドは確かその言い方にとても腹を立てたのを覚えている。

どんなにたくさんの者達が苦しみながら死んでいったか。ロイドにすれば姫君の想いこそ、そんなもの、だ。

だが、それをどんなに目の前の青年に主張しても分かってもらえない気がした。特に、ロイドが言うのでは何を言っても同じだ。

ロイドは結局、事情を話して上層部にその青年の除隊を要求した。恋愛は個人の自由だとは言え、相手が姫君で子まで為しているとすればそれはもう、個人の域ではすまされない。その上、彼の実家はそれを隠し立てしてもいるのだから、何か含むところがあって当然だ。

青年の除隊の理由はすぐに周囲に広まった。それは、騎士団の中では驚くべき効果を表した。

姫君が結婚を嫌がり、起こった戦争であるのに、当の姫君といえば年若い恋人を作って遊びまわっている、そんな噂が飛び交ったのも無理はない。その姫君のために、文字通り命を賭けてきた兵士たちは、裏切られたような気分になったのだろう。当然士気は下がり、それどころか戦闘を蜂起する者達が多数現れた。怒った兵達は城に押しかけ、人の噂が噂を呼んで広まって、姫君とその父親は追い詰められた。もはや、戦争などと言っている場合ではなかった。

貴族たちは血相を変えて姫君を責め、城の外には怒れる国民たち。

数年ぶりに王都を訪れたロイドは、その混乱を収拾する役目を引き受けた。そして、その代わり、と一つ姫君に約束をさせた。

自分がこの暴動を収めてみせる代わり、姫君は隣国へと嫁ぐ事。

事態の収束のために、ロイドは申し訳ないと思いながらも青年に罪を被ってもらう事にした。小貴族の一家と王家は比べられない。そう考えて。姫君の意志を無視し、青年が、そしてその実家が王家の直系の子供欲しさに無理矢理に及んだ事である、という噂を流し、姫君が悲嘆にくれている事を広く宣伝したのだ。それに加えて、ロイドが正式な使者となってその貴族の城へと姫君の子供を差し出すようにと迫った。結局その城主は子供を隠してしまっていて城の中にはいない事が分かったが、英雄のロイドがその家に向かった事で、罪はその貴族にあった事が国民の目に証明されたようなものだった。

どうしてその様な酷い事ができたのか、と今のロイドなら考える。たとえ王家を救うためとはいえ、そんな事をすればどうなるかは分かりきっていたはずだ。もしかしたら、考えたくはないが自分が必死の思いで絶えていた事を青年が軽々と超えてしまった事に腹が立っていたのかもしれないし、嫉妬していたのかもしれない。自分の長年の苦悩を踏みにじった青年の心が許せずに、無意識に青年に罰を与えようとしたのかもしれない。そう考えれば、ロイドの心は更に暗くなる。

案の定、貴族や国民の怒りはその小さな貴族一家へと向かった。

もとより、あれだけ崇拝してきた姫君をできるならば信じたいという気持ちがあったのだろう。それは、自らが行ってきた事への否定になるからだ。その上、バルコニーに立って涙を見せた姫君の姿はあまりに儚げで可憐過ぎた。そこへかっこうの悪者が現れたなら、人々の怒りは全てそちらに向く。

数日と経たずにかの貴族の家は押しかける兵士などに壊され、火をかけられて目も当てられない姿と成り果てた。せめて密告をしてくれた夫人だけでも救出しておかなければと考えていたロイドだったが、それも叶わなかった。なぜならば、ロイドは別の事件にかかりきりになってしまい、他に手が回らなかったからだ。その数日の間に姫君は久々に謁見したロイドの目の前で自害し、ロイドは姫君の遺言に従ってその遺児をその貴族の所持するある別荘から救出しなければならなかったからだ。夫人はその城に住んでいたのだが、ロイド率いる使者が去ったすぐ後、国民によってその城は踏み込まれて跡も留めないほどに破壊されてしまった。もちろん、中にいた人も無事であるわけがなかった。

ロイドがその惨状を知ったのは姫君の遺児を待ち伏せていた第一騎士団に取り上げられて悄然と自らの城に戻った後だった。そこで初めて、改めて自分の行ってしまった事の酷さを知った。その一家は、家人中、それどころか親戚中が皆今まで国民が溜め込んでいた不満や怒りの捌け口とされ、全て惨殺されてしまったと言う。王家が受けるはずだった不満や怒りを、全てその濡れ衣のために請け負う形になってしまった、正にスケープゴートだった。

勿論、かの青年は兵士たちになぶり殺され、その有様はひどい物だったと言う。

こうして、混乱と暴動の中で姫君の死によって戦争は終局を迎え、今はかつての姫君の遺児、ロイドが救出したその子供が政治の指揮をとっていた。

ロイドは何度か遺児を取り返そうと城に足を運んだが、その甲斐なく全て拒否され、どうあってもそれを果たせなかったのだった。



長い間馬車に揺られて、ようやく付いた場所は目を見開くばかりの大きな都市だった。騒然とした人ごみのなかに、信じられないほど立派な建物がたくさん建っている。とある建物の前で馬車を降ろされ、リズは呑まれた様に一瞬立ち尽くして、手を引かれて慌ててマルコムについて歩いた。もうここまで来れば、と観念していた。どうやら自分には危害を加える気はないらしいし、それならばきっとロイドが来るだろうからそれを待つしか道はないという気になったのだ。

外は既に夜になっているというのに、都市はにぎやかだった。だが、賑やかな中にどうも不穏な光景も多く見られた。例えばふと覗いた脇道で殴り合っている人を見かけたり、酒瓶などが路を転がっていて、治安が良いとは言えない印象を受けた。その上街中には激しい語調で王家を非難するビラなどが多く見られた。

「王都の治安は今、最悪だよ。あまりふらふらしない方が良い」

そんな言葉と共に、リズはひときわ強く手を引かれ、ある建物の中に導かれた。『オルポート新聞社』と表札に書かれているのがちらりと見えた。

「ここは我々の本部となっている邸だ。我々の意見に賛同したある人が好意で貸してくれている。そこを新聞社として利用しながら、一方で運動の本部としているんだ」

説明をしながらマルコムは奥の部屋へと入っていく。リズがそこへ入ると、数人の男たちがソファに腰掛けるなど、思い思いの格好でいたのだが、皆一斉にリズを注視した。

「その子がロイドの?」

壁際に座っていた褐色の髪の男が落ち着いた様子でそう問いかける。

「そうだ。……この子の泊まれる部屋はあるかね?」

「二階の客間が余っている。好きに使わせればいいさ」

その会話に、リズは少し憤慨したように口を挟む。

「勝手に決めてくれちゃって。なんで私が泊まらなきゃいけないのよ?」

「それは君とロイドに我々の仲間に加わって欲しいからだよ。王族に反抗するというのは言うほど簡単ではないんだ。やはり、古くからの因習というのは強くてね。血には抗えないというヤツラは多い。そこで、そいつらに対して君をひとつ利用させて欲しい。君が本当の王女だったはずだとそんなヤツラを騙す駒になりやしないかと、我々は期待している」

「勝手な事言わないでよ。私もロイもあなたたちに協力するなんて一言も言ってないのよ。それに、私は協力したくない」

「何故?」

面白そうにその男が聞き返す。他の男たちもみな、興味深々でリズを見ているのがわかった。リズは怯まないように相手を睨みつけて言う。

「革命とか国民のためとか、言っている事はキレイだけど、あなたちの望むものは結局自分たちの地位や名誉なんじゃないの?」

「なんだと」

憤慨した声でマルコムがそう横から割って入る。同じような反応をした男は数人いた。それを抑えるようにして相手は話の続きを促した。

「だって、これで王様が排されたら、今度は誰が政権をとるの?あなたたちはそれを握るつもりでしょう?そうである以上、どんなに国民のためとか綺麗事を並べても、詭弁にしか聞こえないわ。ただの言い訳よ」

「ならばお嬢さんはこの国がこのままでもいいと?苦しんでいる人は沢山いるのに?」

「そうは言ってないわ。ただ、そうやって自分の打算で動いているのにいかにも人のためにやってるんだって偉そうな態度が腹が立つって言っているだけよ。だから私は、あなたたちには協力したくないって」

周囲の憤慨を抑えながら、相手の男、ジェラードは苦笑して言う。

「流石にロイドの育てた子だけあって聡明なお嬢さんだな。我々もこれから新しい政権を握ろうとしている以上耳が痛い。……だが、だからと言ってお嬢さんの言う事だけが全てと言うわけではないんだ。やはり我々はこの国の現状に憤っている。それを、義憤と呼びたいな」

それから、立ち上がってリズを促して歩き出す。

「部屋に案内しよう。君の発言はいささか我々を刺激しすぎるから、大人しくしていた方が良い。すぐにロイドが迎えに来るだろう」

渋々歩きながら、それでも腹の虫が納まらないのかリズは言う。

「分かってる?コレって誘拐よ?」

「本当に、頭も口もよく回るお嬢さんだ」

リズは投げ遣りになりながらも、どこか誇るように頷いた。

「当たり前よ。私の父親は宮廷学者だったんだから」

その言葉に、ジェラードの動きは一瞬、止まる。

「学者?」

「ええ。政治のね」

「なるほど」

ジェラードはようやく合点が行ったという顔をして納得したようにリズの顔をじっと見据えた。

「君のお母様にはきっと一度お会いした事があるよ。立派な方だったな」

言うと、リズは不思議そうな顔をした。

「名乗ってないけど、分かるの?」

「なんとなくね」

少し悲しそうな笑みを浮かべてそうだけ言って、ジェラードは口を閉ざした。リズは不思議そうにその顔を伺っていた。

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