バイト De Xmas
愛莉です。
よろしくお願いしますm(__)m
「店長! どういうことですか、これ!」
もらったばかりのシフト表を見て、すぐ店長に抗議した。
十二月二十四日――クリスマスイブの夜七時から閉店の〇時まで、ホール係は私一人。キッチンも一人。平日の同じ時間でアルバイト二人きりになることはあるけれど、クリスマスは街全体が賑わう日なのだから、喫茶店とはいえ無理があると思う。
「私、お昼から午後五時までの希望だったはずですけど!?」
「閉店までの時間帯を希望してくれる人が誰もいなくて、晴香ちゃんなら大丈夫かなーと。オッサンからのクリスマスプレゼントってことで」
「そんなプレゼントを喜ぶ人はいません!」
そもそも、私のシフト希望は完全に無視されている。忙しそうな時間帯にアルバイト二人で店を回すだなんて……対応しきれなくなったらクレームの嵐になるだろう。
「時給は三割増しにするし、晴香ちゃんと一緒に入るのは弘樹だ。同い年で仲も良いでしょ?」
「まぁ、そうですけど……。仲が良いとか悪いとかじゃなく、忙しすぎるのは無理です」
「いやいや、本当に大丈夫なんだって。クリスマスの夜はほとんどお客さん来ないから」
「……え? どうしてですか?」
私はアルバイトを始めて十ヶ月で、クリスマス当日の仕事を経験したことがない。それでも、クリスマスにお客さんが来ないなんてありえないと思う。普段から土日は混雑するし、近くでお祭りなどのイベントがある日は待ち時間ができるほどだからだ。
「適当な嘘じゃないですよね?」
「疑り深いなぁ。本当だよ」
「もし忙しくて大変なことになったら文句言いますからね」
「クリスマスイブが忙しかった年なんてないから大丈夫。晴香ちゃんより二十年も長く生きているオッサンを信じなさい」
へらへらと笑みを浮かべる店長はどこまでも胡散臭かったけれど――実際、言うとおりになった。クリスマスイブ当日、午後七時から九時までに入店したお客さんは十組程度。平日以下の少なさだった。暇を持て余してしまい、何度も無駄にお皿を拭いて時間を潰した。
キッチンでは弘樹くんがぼんやりとメニュー表を眺めている。彼もやることがなくなってしまい退屈しているようだ。弘樹くんはスタイルがよく顔も格好いいため、ぼんやりしている姿も〝暇〟になっている。
「暇だね」と、空拭きした皿を整頓しながら声を掛ける。弘樹くんは「そうだね」と答え、店内を見回した。今、店内にいるお客さんは一組だけ。大学生くらいの女性二人が話に花を咲かせている。
「平日の夜だって、もう少しお客さん来るのにね。花火大会の日とかお祭りがあるときとか、すごく忙しいのに」
「クリスマスはみんな〝良い店〟に行くんだよな」
弘樹くんは私より一年早く店に入ったため、過去にクリスマス当日のバイトも経験しているということだ。クリスマスはレストランでディナーを予約するカップルが多く、小さな子供がいる家族や友達同士はホームパーティをするケースが多い。〝空き時間に手軽に入るような喫茶店〟に来ることは少ないそうだ。
「私、絶対ヤバいと思ってたもん。店長は暇だって言ってたけど、お客さんがいっぱいで対応できなかったらどうしようかと……」
「晴香も〝店長からのクリスマスプレゼント〟って押し切られた?」
「そう、そうなの! 弘樹くんも一緒だったんだ」
「まぁね。希望は四時間で出したのに、丸め込まれて結局八時間も入れられた」
「誰もクリスマスイブの夜に希望出さなかったんだね……」
壁に掛けられた時計に目を向ける。閉店まであと二時間。やることは何もなく、お客さんも来ない。時間が経つのが遅く感じられて仕方ない。
「弘樹くんは明日のクリスマス、何か予定ある?」
「友達と遊ぶつもり。晴香は?」
「私はサークル仲間とパーティするんだ。彼氏がいる子が多いから、パーティと言っても三人だけだけど」
彼氏がいたら、クリスマスイブもバイトに入ることはなかったかもしれない。弘樹くんも今は彼女がいないと聞いている。それを知ったときは意外に思った。弘樹くんと同じ大学のバイトメンバーも「アイツはめっちゃモテる」と証言していたくらいだから。
そのうち、店内にいた二人組の女性客が帰っていった。ついにお客さんゼロ。店内にいるのは私と弘樹くんだけだ。帰ったお客さんの分のコーヒーカップを洗い終えた弘樹くんは、大きく伸びをした。
「平日の夜でも客ゼロなんて珍しいのに。マジでラッキーだな」
「お客さんがいないならボーッとしてても平気だしね」
「……そういうことじゃなくて」
弘樹くんはキッチンスペースから出てくると、私の前に立った。背の高い彼に見下ろされ、ドキッと心臓が跳ねる。
「俺は〝晴香と二人きりになれてラッキー〟って言いたかったんだ」
「……えっ? それってどういう……」
「今日のシフト、店長に丸め込まれたって言ったじゃん? 一緒に入るのが晴香だって聞いたからOKしたんだ。もし二人きりになれたら『好きだ』って伝えようと思ってた。……俺と付き合ってくれませんか」
突然の告白で、頭の中が真っ白になる。
まるで時間が止まってしまったかのように、ただその場に立ち尽くした。
「……ごめん、急にこんなこと言われても困るよな。返事は急がないから、ゆっくり考えてほしい」
「え、あの、困るって言うか、ちょっとビックリしちゃって。弘樹くんってモテそうだし……私なんかでいいの?」
照れくさそうに頷く弘樹くんの笑顔が、妙に可愛らしく見える。まさかバイト中に告白されるなんて――最悪のクリスマスプレゼントから一転、幸せなクリスマスプレゼントをもらった気分だ。きっと、忘れられないクリスマスイブになるだろう。そんなことを考えながら、私はOKの返事を出した。
(了)
私がバイトしてた喫茶店がモデルです。(実話ではありません)
ホント、クリスマスはビックリするほど暇でした……(笑)