終わりよければ。
篠宮です。
「二股」「失恋」「コメディ」「ほんのり微かに恋愛風味」
なんだか、主人公が叫び倒しているお話となりました^^;
「ごめんね、僚太くん」
そう言って、彼女に振られた。
クリスマス・イヴ、当日に。
「マジか! ありえんのかそれ!!」
ぎゃはははと大笑いする声が、居酒屋に響く。
「うるせぇよ、マジだよ、嘘ついてどーすんだよ。ってか、ある意味嘘を望む。心底望む」
クリスマスだというのに、深夜まで営業の居酒屋は大賑わいだ。
……なんか、男比率が高い気がするけどきっと気のせいだろう。
ってか、
「俺が、その中に含まれるとか!」
ありえねぇぇっ! 今年こそ脱出とか思ったのにぃぃぃっ!
手元のグラスを一気に呷って、どんっとテーブルに戻す。
酒臭い息を盛大に吐き出しながら、襖を開けた先に通りかかった店員にお代わりを頼んだ。
……なんかちょっと憐みの視線を感じたのは、気のせいだ。うん。
つか、こいつの声がでかいから、個室だってのに外まで聞こえてんだよ!
目の前に座る友人……達昭に視線を向けると、一瞬だまったけどすぐにげらげらと笑い出す。
「だってお前、クリスマス・イヴにさよならとかありえねぇ! どんだけ都合のいい男だよ。つかさ、プレゼントは? ほら、アクセかなんか強請られてなかったっけ?」
「……」
……強請られてたさ、それはもう可愛くなっ!
脳裏に浮かぶ、先月の彼女。
初めて彼女と迎えるクリスマスにだいぶ浮かれ気味の俺だったが、近づくにつれ焦りの方が多くなった。
プレゼント。
――これだよ。
だって趣味悪いもんとか送りたくないし、金とか食いもんとかは却下だろ?
ぎりぎりまで迷って、諦めて彼女に聞いた。
やっぱほら、喜ばれたいじゃん。
ダサいとか思われたくないしー、ってまぁ本人に聞いてるところですでにダサダサなんだけどさ。
そしたらさ。
最初は言い辛そうにしていた彼女が、やっと教えてくれたものは。
「……」
と、思わず無言になってしまう代物だった。
まず、何の呪文? って聞きたくなる店の名前。
その店がある、行ったこともない街の名前。
そして何よりも。
たけぇ……!!
考えていた予算の、倍以上。
流石に諭吉さん一・二枚は考えてたよ。
俺の着てるもの上から下まで小物込みで何回も買えちゃいそうな値段、考えていたよ。
でもね、まさか四枚近くも出ていくとは思わなかったわけ。
ねぇよ、そんな金。
こちとら、四万のアパート住んでんだけど?!
でも。
「うん、わかった! 教えてくれてありがとう」
これ言うの、どんだけ勇気がいったか……(涙
それから単発バイト入れて、他の奴らの代打して、でも一緒に食ってる昼の学食は節約できないから夜節約して。
俺、すげぇ頑張った。
頑張ったのに。
机に突っ伏した俺の背中をバシバシ叩く野郎の笑い声に重なるように、個室の襖がからりと開いた。
「おや、いるはずのない奴がいるね」
少し低めだけれど、限りなく知っている女の声。
「んあ? 何で桐子がここに……」
伏せていた顔を上げれば、襖を閉めてコートを脱ぐ桐子の姿。
「達昭と飲む約束してたから。今、バイト終わったとこ」
俺の向かい、達昭の横に腰を下ろしたのは同じゼミ生の岬 桐子。
……あれ?
「もしかして、俺じゃましたんじゃね?」
彼女に振られて、呆然自失から我に返った俺が電話したのが達昭で。
一人で居酒屋にいるって聞いて、そこに乗り込んだのだ。
その達昭と一緒に飲むはずだったのが、桐子で。
男女二人で。
――やば
一瞬にして酔いが醒めた俺は、アワアワしながら脱いで放っといたダウンジャケットを掴もう……として達昭に取り上げられた。
「はいはい、勘違ーい。用があったから、ついでに飲むだけ」
「えー、そんな嘘つかんでも……」
流石にクリスマス・イブとかに、用事だけで一緒に飯食うとか……
「ほら、これだろう。達昭」
俺達のやり取りを一切合財無視して、自分の鞄を探っていた手を引き出した。
その手にあるのは、ゼミのレポート。
「……それ、明日提出の……」
見覚えのある課題は、明日提出予定のレポートだ。
達昭は片手を少し上げて、悪いと告げるとそれを受け取った。
それが鞄に入れられるさまを目で追って、達昭を見上げる。
「今からやんの、それ?」
「マジメに、忘れてた」
マジメの使い方、間違ってるしお前。
達昭は俺のジャケットを放り投げると、よいせっと立ち上がった。
「つーことで、いい代打がいるし俺帰るわ。ちょっとこいつのへたれ物語聞いてやってくれよ。もう、俺お腹痛くて完敗」
「へたれってなんだ!」
「へたれ以外の何がある」
ぐししっと嫌な笑いを残して、達昭はさっさと個室から出て行ってしまった。
……え、ここで残されるとか、どーすんの?
ちょっと信じられない思いで襖を見つめていたけれど、それが再び開いたのは桐子が頼んだカルピスサワーが来た時だった。
なんでお前、落ち着いてんの(涙
「んで、なんて言ってフラれたわけ」
「決めつけかよ、断定かよ、確実決定かよぉぉぉっ!!」
桐子の酒を運んできた店員が襖の向こうに消えた後、ジョッキをあおった桐子の一撃必殺の言葉に一気に悲しさがよみがえってきた。
叫びながら机に噛り付くと、無表情の桐子が当たり前のようにそこにあったつまみをつついている。
「彼女持ちの僚太がこの時間にここにいる状況で、他の何を察しろと」
「分かんないじゃん、用事が出来たとか、都合が合わなかったとか!」
「それでそんなに喚くの? しかもその言い訳、言い方違うだけで同じ内容だね」
「うるせーよ、なんでそんなに男前言語話してんだよぉぉ」
男前言語って……と少し困ったように首を傾げるその仕草も、俺より男前じゃんか!
「素だけど」
「知ってるけど突っ込みたかっただけぇぇっ!」
「面倒。手におえない」
……すみません、自分でも分かってます。
そんな面倒くさい俺の話を聞いてくれる、レポートの神と二つ名をつけられている桐子にぼそりと呟いた。
「あのな……」
数時間前に、彼女に告げられた言葉を思いだしながら。
待ち合わせは、夜七時。
休日なのに遅いなとは思ったけれど、相手に用事があるとかで指定された時間……よりも結構前から待っていた俺。
時間通りに来た彼女は、最初から浮かない顔で。
どうしたのか気になったけど、とりあえず寒いからと近くのコーヒーショップに入った。
座ってしばらくして。
あまりにも会話のない状況にさすがにおかしいと思った俺は、元気を出してもらおうとプレゼントを差し出したのだ。
きっと喜んでくれる。
そう思ったのに。
プレゼントの入った小さな紙袋を悲しそうに見た彼女は、手を出す事もなく俯いた。
「……僚太くん、わかれよう」
そんな言葉を、一つ呟いて。
「で、お前は何も言わずに立ち去ってきたのか?」
「まさか。そりゃ、理由聞いた」
いきなりの話しに、どんだけ茫然としたか。
驚いて問い返せば、涙を浮かべた彼女が辛そうに告げた。
「寂しかったの。クリスマスの予定とか一緒に決めたかったのに、僚太くんバイトばかりで私の事かまってくれなくて」
思わず、彼女の手元にある紙袋に目がいく。
それは、それのためで……
俺の言いたい事が伝わったのか、ぽろりと涙をこぼした。
「私がわがまま言ったせいだよね。ごめんなさい……」
呆然というか、自失というか。
くっつければいいか、呆然自失。
そんなくだらない事を考えるほど、文系脳の俺は大混乱中だった。
でも――
「……うん、分かった」
確かに彼女を喜ばせてあげたいって気持ちだったけど、寂しい思いをさせたのは本当だから。
それに、女の人が泣くの見ていたくないし。
椅子から立ち上がると、横に置いといた荷物を手に持った。
「じゃ、そういう事で」
「あっ、でもこれ……っ!」
流した涙はもう枯れたのか、全くそんな跡もない顔を上げた彼女が伺うように目の前に置かれたままの紙袋を見た。
つられるように、俺の視線もそこに行く。
やたらつるつるした、真っ白い紙袋。
あー、俺の三万五千円……
内心そんな事を思いながらも、情けないぞ俺! とかぶりを振った。
「持って帰ったって俺も困るし。よかったら、貰って」
それだけ言うと、振り返らずにコーヒーショップを後にした。
「後は、見ての通りだよ。達昭に愚痴ろうとしたら近くの飲み屋にいる事を知って、押しかけたと」
一気に話し終えて、涙が出そうになって鼻をすする。
何だよなー、俺の行動裏目に出るとか。
「それでいいのか? 一方的すぎるだろう。かまってほしいなら、口にするべきだ」
俺の話を黙って聞いていた桐子は、ため息とともにそう吐き出した。
「大体な。どこからどう見ても一般男子大学生的な持ち物しかもたないお前に……ってか、一人暮らしの仕送り無しなお前に、そんな高いものねだること自体、ちょっとなって思うけれど」
「いや、まぁ、うん」
俺を思っての言葉に、涙でそう。
情けなくてごめんね。
まぁ、でも。
「それはそうだけどさ。まぁ、もう仕方ないよ。俺も断れなかったわけだし。それに、別れた人の事今更言っても……」
「おや、男前じゃないか」
「カッコつけさせてよ、少しくらい。つか、拒否られんのが怖くてカッコつけて帰ってきたんだよ。こんちくしょーめっ」
そんな事だと思った、そう呟いて桐子はジョッキをテーブルに置いて真面目な顔を俺に向けた。
「僚太には悪いが、十中八九達昭の考え通りだと思うよ。普通、クリスマスに別れないだろう? しかも、あんな高いプレゼントまで貰っていくとか」
そう、実は彼女がいった呪文的店の名前が分からなくて、桐子に聞いたのだ。
その手前、プレゼントの中身もお値段も知られていたりする。
「でも、あっちからおいていけって言われたわけじゃないし……」
「悪いからいらないとも言われなかったんじゃないか? 曖昧に問えば、僚太ならあげるっていうのは分かるし。お前の性格をよく把握した、完璧な計画だ」
「計画いうなーっ!」
あぁぁ、そうだよ俺も気付いてんだよ。
遅い待ち合わせ時間とか、別れるとか言いに来た割にはすげぇ気合入った服着てるとか、泣いてたはずが顔上げたら全く目が赤くないとか!!
……よく見てたな、俺。
はぁぁ、と盛大にため息をつく。
「まぁ、いいよ。それでも」
「いいの?」
机に伏せていた顔を、桐子に向ける。
「まぁ悔しいし、正直落ち込むけど。数か月間だったけど、楽しかったし。いい経験という事で。一応好きで付き合ったわけだし、あんまり文句言いたくないかなー」
そう言い切った俺を、驚いたように桐子が見下ろす。
「正直者は馬鹿を見るを、リアルに体現してるな」
「褒めてるの、けなしてるの!?」
口を尖らせてそう文句を言うと、桐子は口角を上げて目を細めた。
「今回は付け込まれたけど、僚太はそのまま変わるなよ。今度はちゃんとお前を見てくれる子を、探せばいい」
擬音、フッ……って感じだけど、無表情桐子が笑ってるよ!
うっわ、珍しいもん見れた。
俺は思わず桐子の頬に手を伸ばして、でも届かずに机の上に落ちる。
「まぁ……いいや、そうだよな。それに、桐子の笑顔っていうレアなもん見れたし。終わりが良ければ、全てよしってね」
「何だそれ」
くすりと笑った声が聞こえたけれど、だんだん視界が狭まっていった。
「あれ……?」
ごしごしと目をこするけれど、突然襲ってきた睡魔にあらがえず意識が遠のいていく。
そんな俺に気が付いたのか、桐子は笑いを納めてダウンジャケットを俺の肩にかけた。
「昨日もバイトだったんだろ? 少し寝た方がいい。もし熟睡したら、達昭呼び出して送るから。安心しな」
「だから、なんでそんなに男前なんだよ……」
そう言いながらもどんどん意識は沈み込み、完全に目を閉じる。
弱いくせに飲み過ぎたか……。
水の中をゆらゆらするような感覚が、心地よくて。
そのまま意識を手放した。
「……達昭、来られるか?」
……桐子?
どのくらい経ったのか、小さな声が聞こえて意識が浮上していく。
それでも目を開けるほど意識は覚めていなくて、はたとすると眠りに落ちそうな意識の狭間。
「あぁ、寝てしまってな。あまり長居するのもまずいし、お前の部屋に運べるか?」
あ、俺。熟睡した? 何時?
「私は帰るよ。近いし」
――迷惑かけたな、俺。
思い返せば、クリスマス・イブ。
そんな日に、人の失恋話なんぞ聞きたくあるまい。
自分の行動に溜息をつこうとしたその時、桐子がいった言葉に思わず固まった。
「……あぁ。さっきここに来る時に、見たよ。違う人と歩いてるの。達昭も見たのか……あぁ、帰る時?」
違う人と歩いてる、の?
どーんと重力がましたかの様に、体全体が重くなる。
マジか、ホントに二股かよ俺。
情けねぇ;;
そう、うじうじしていた俺の頭に、何か温かいものが触れた。
「情けなくないよ。それでもいいって言える僚太が、私は好きだ」
「……」
え。好き?
え、今、好きとか。
いきなり言われた言葉にぐるぐるしているのに、桐子が撫でてくれる温もりがあまりにも優しくて。
ゆっくりと、意識が沈んでいく。
――終わりが良ければ、全てよしってね
さっき、自分で言った言葉を反芻する。
終わりが良ければ……、うん。
情けないけど、それでも。
それでいいって言ってくれる人がいれば、それでいいや。
――いろんな意味で、忘れられないクリスマス・イブになった。
お読み下さり、ありがとうございました^^
それでは次話、愛莉さんよろしくお願いします~♪