枯れたカトレア
いつもはトリの狂風師です。
今回は2番手ということで……特に何も意識はしていないです。
キーワード:「狂気」「花言葉」
?「た………て……っ…」
どんな学校にも1人くらいいる、クラスの人気者で中心的人物。
私の学校にもいた。
頭が良くて、上品で華があって、お嬢様で、綺麗で、かわいくて…。
まるで、全てを魅了するカトレアのように。
けれど、花はいつか枯れる運命。
それは、早いか遅いかの違いだけ。
例えば、公園に咲いていたカトレア。
例えば、花壇に咲いていたカトレア。
子供が遊んで引き千切ってしまったら。
害虫が寄ってきて寄生してしまったら。
花は死んでしまうだろう。
一時も目を離さず守ってあげる事なんて出来るわけない。
枯れない花があった。
枯れないが生きてもいない。
匂いもしない。
造花だった。
本物そっくりの、カトレアの造花。
中学に入って1年と半年少しが過ぎた。
吐く息が白くなる中、いつも通りに学校に向かっていた。
今日行けば、明日は終業式。
しばらくは同級生の顔を見なくて済む。
そう思うことで半日だけの授業を乗り切ろうとしていた。
いじめられてるとか、何か良くない事をされてるとか、そういう事ではない。
ただ、学校に行くのが面倒なだけ。
誰だって勉強するより、遊んでいた方が好きに決まっている。
学校に着くまで20分。
1人で、もう歩き慣れてしまった道を進んでいく。
周りには2人、3人、もっとたくさんの友達を連れて歩いていく生徒。
…だから何とは思わない。
仲が良い人と一緒に。それだけ。
学校に着いても、それは変わらない。
教室に行っても、休み時間でも。
昨日のテレビの話や、くだらない話。
人を集めているのはいつも同じ。
クラスの人気者。
頭が良くて上品で可愛い。
非の打ちどころがない女の子。
妬んでいるわけでもないし、嫌いというわけでもない。
周りに好かれるのは当たり前。
私は今まで一度も話をしたことないけど。
そしてたぶん、クラスが一緒になる事がない限り、話すこともないだろう。
私とは次元が違うのだと、分かっていたから。
授業がすべて終わり、やっと帰れる。
3学期までの間、面倒な事はないだろう。
…そう、今はまだ思っていた。
余計な事を言ってこなければ、あんな事にはならなかっただろうに。
冬休みが始まってすぐの事。
クラスメイトが集まる豪邸前へとやって来た。
この周辺に住む人ならだいたいが知っているお屋敷。
あのクラスの人気者が住むの屋敷。
なぜこんなところに集まっているのか。
クリスマス会である。
主催はもちろん、あの人。
せっかくのクリスマスなのだからパーティをやろう、と。
初めて話しかけられた。
2年生になって初めて同じクラスになり、1回も絡んでこなかったのに。
断ればよかったと今になって思えてくる。
わざわざ自分から面倒事に首を突っ込むなんて…。
…けどあの時、少し嬉しかったのかもしれない。
私を仲間外れとせず、クラスの一員だと思っていてくれたことに。
クリスマス会自体は、何のトラブルもなく終わりを迎えた。
午後1時から5時までの短いものだったけど。
サプライズで用意されたプレゼントを貰って、おいしい料理まで食べさせてもらって。
何人かの人も、私に話しかけてくれたし、主催の人も何回か会話した。
本当に優しい人なんだと、実感した。
―――それがいけなかった。
笑顔を浮かべながら友達同士で帰っていくクラスメイト。
心から楽しそうに、仲良く余韻を味わっている。
もちろん…というと自分でも悲しいが、そんな人はいない。
そんな優しい人はいなかった。
ただ、1人を除いて。
悠華「大丈夫です?」
クラスメイトで、このパーティの主催。
お屋敷のお嬢様で、私を狂わせた張本人。
四月朔日 悠華。
皆が帰っていく中、私だけが隅の方で俯いたまま座っていた。
楽しかったといえば楽しかったかもしれないけど、そうでもなかったといえば…。
声をかけられたのに返さない訳にもいかず、簡単に「うん、大丈夫」とだけ答えておいた。
相手は体調が悪いと思ったのだろうか。
誰かを呼んで、自分は手を差し出して私に優しさを与えてくれている。
どこも悪くないのに手厚い看病を受けるなんて、そんなのはいくらなんでも気が引ける。
一言二言だけで断って、逃げるように家に帰った。
悪いことをしたという気持ちと、もっと別の複雑な感情が渦巻いていた。
貰ったプレゼントを開くと、走った勢いで少し歪になってしまったお菓子が入っていた。
それから、小さな鉢植えに植えられたカトレアの花。
あのお屋敷の庭に咲いているものだろうか?
あまり花には詳しくなかったので、よくは分からなかった。
結局、私は何をしに行ったのだろうか。
晩ご飯は、パーティで食べたせいなのかあまり喉を通らなかった。
ペットボトルに水を入れ、自分の部屋に戻った。
日の当たる場所に置かれたカトレアに水をやり、ベッドに寝転がった。
明日謝りに行こうと決心し、少しの時間だけ、目を閉じた。
私に優しくしてくれた彼女に。
みんなに優しい彼女を。
最高のプレゼントに。
朝、起きた。
知らぬ間に降っていた雪が、外を真っ白にしていた。
積もった雪は、地面を覆い隠していた。
純白の仮面を被るかのように。
車や人が通った跡があり、押し潰された雪。
まだ誰も立ち入っていない場所を踏むと、音を立てて押し潰されていく。
後ろを振り返ると、自分が歩いてきた足跡がよく分かる。
相手にとってはつまらないかもしれないプレゼントを左手に持って、目的地はお屋敷。
日差しが当たって溶け、だらしなく水滴を落とす氷柱。
落ちて作られた水溜り。
いつもと違った風景に目をやりつつ、目的地に着いた。
クラスメイトと言ってしまえば簡単で、すぐに会うことが出来た。
私の部屋とは比べ物にならない、どこを切り取っても豪華な部屋。
これが中学生が使う部屋なのだろうか。
悠華「実は、自分の部屋に友達を呼んだのは初めてなの」
数回話をしただけで、もう私の事を友達と呼んでくれている。
本当に、どこまでも果てしなく優しい人だ。
皆に好かれるのも納得だ。
けれど、人間はいつか死んでしまう運命。
どこかの悪い人に殺されてしまうかもしれない。
無残な姿になってしまうかもしれない。
殺されなくとも、時間が過ぎれば老いていくのは当然のこと。
劣化しない人間など、この世に存在しない。
もしかしたら、悪い道に行ってしまうかもしれない。
私には、それを矯正する事なんて出来ないだろう。
そうならないように、一時も目を離さずに守ってあげることなんて出来ない。
守ってあげられないのなら、変わる事の無いようにしてしまえばいい。
永遠に、そのかわいい姿を、残してあげればいい。
これは私のためではなく、みんなのため。
彼女が変わってしまえば、みんな悲しむだろう。
みんなそう思うに違いない。
これは、みんなに対する、私の正義。
悠華「こんな家に住んでるから…誰も来てくれないの。だから、ありがとう」
最高の笑顔をこちらに向けている。
全てを魅了するかのような笑顔。
それを、いつまでも。いつまでも。
汚れを知らない白い肌。
まるで誰もいない場所に降った雪のよう。
両手を首を絞め付けると、音を立てて押し潰されていく。
自分でも分からないくらいの力を込め、苦しそうにもがく悠華ちゃんの顔を見ていた。
声が出せず、空気を求めている悠華ちゃん。
苦しいのは今だけだから。
もうちょっと我慢してくれれば、綺麗なままの状態で造花に出来るから。
苦しいよね?
でも、仕方ないよ。
みんな、悠華ちゃんが綺麗なままの姿がいいんだよ。
誰かがやらないといけない事なの。
だから。
ある時、フッと動きが止まる。
それでも力を入れ続け、さらに強く押した。
手を離すと、自分が絞めた手の跡がよく分かる。
もう見えてはいない虚ろな目と、最後まで空気を求めていた口から、だらしなく液体が流れている。
床には溜まった涎や涙。
持ってきたハンカチで顔を綺麗にしてあげた。
このままずっと綺麗なままでいられる、悠華ちゃんの造花。
これが、みんな望んだこと。
喜んでくれる。
家に帰った時に見たのは、枯れてしまっていたカトレア。
内容よりも形を重視。
その分、内容は薄くなったかも…。
カトレアの花言葉:魅了
次話は篠宮さんとなっております。
引き続きお楽しみくださいませ。