62 実朝二所詣
頼朝は、この敗走の後、真鶴半島の付け根部から漁民の協力を得て房総半に脱出する。石橋山は磯を洗う白い波と青い海の海岸線から急に立ち上がった山だ、いくらか上がったところがややなだらかになっていて畑などもある。現在は一部がミカン山になっている。
一月二十二日 卯の刻(朝六時ごろ)実朝将軍は初めての二所詣に出立する。北条義時、北条時房、中原広元、安達景盛以下が付従った。(前述したが、景盛は愛妾を前将軍頼家に奪われた男である。修善寺に幽閉された頼家は景盛を調べてくれ、私は無実だと言うような文書を寄こしている。景盛の父、安達盛長は、頼朝が伊豆に流されてきた時からの忠臣で、頼朝に十分な経済的援助を与えていた比企尼の娘を妻としていた。比企尼の娘は宮中で女房を務めていたこともあり
京の情勢を良くとらえ、頼朝に伝えていたという。安達盛長で特筆すべきは頼朝と政子の出会いを取り持ったという事である。景盛はその息子である。安達氏はかように源家と密接な一家であった。景盛は、この日50才位である)
甲冑をつけた武者百騎と水干を着た供の者二十騎が鎌倉から腰越を抜け海岸沿いを進んだ。小田原までの梅が咲き始めた街道までは、村の人々が将軍見たさに集まって来ている。
「あれが鎌倉殿だ、なんと初々しい武者姿だ」口々に実朝を褒め称えている。
小田原から早川沿いに上って行く。今日の宿は湯元だ。実朝は大地から湧き出す温泉というものが不思議である。湯を沸かさなくても、大地から滾滾と湧き出す湯は神仏のもたらすものに違いないと思う。今日一日の道中、雪を被って純白の富士が見られた。歌を夜半作ってみた。
富士の峰の 煙も空に たつものを などか思いの 下に燃ゆらむ
(富士の峰の噴煙も空に立つものなのに わが思いはなぜ心の中で燃えているだけなのだろか)
万葉の恋歌になぞらえて作ったのである。
一月二十三日 宮の下、小涌谷を経て午後、箱根権現に到着する。夕暮れ時権現の歳事を終えて、芦ノ湖を見渡す庭に義時とともに降り立った。湖には青い霧が湧き出している。
「純白の富士が大層見事ですな」
「湖に映っていますね。なんと美しい眺めでしょうか」
「さすが、吾妻の国の誇りとする山ですな。鎌倉で見る富士と違って、大きく神々しい姿ですな」
「私は思うのですよ。鎌倉もこのように気高くありたいと」
「ううむ、それはなかなか難しいことでございますな。まだ各地に謀反の煙は絶えませんからな」
見入るうちに富士は真っ赤に染まってくる。実朝にはそれが血の色に見える。