60 一の近侍 東重胤の事
十一月十八日 教師であり、和歌に蹴鞠に遊行に遊び仲間でもある東重胤(十五才も離れている!言い方は悪いがお守役とも言える)が、国の下総(千葉)に戻ったまま数ヶ月となった。
それで歌を作って重胤に送った。
来むとしも 頼めぬうわの そらにだに 秋風ふけば 雁はきにけり
(来ると言うことも頼めない上の空のあなた。しかし、その空にだって秋風が吹けば雁は帰ってくるというのに)
今来むと 頼めし人は 見えなくに 秋風寒み 雁は来にけり
(今日は来るだろうと頼んだ人は来ないのに 秋は深まって 雁だけが やって来ました)
それでも、重胤は出てこなかったので、いよいよ実朝は怒って、重胤に謹慎を言い渡した。
十二月二十三日 晴れ 重胤が義時邸にやって来た。そして「実朝将軍の怒りを誘った事に私は嘆き悲しんでいます」と重胤は言った。義時は言う。「お怒りはずっと続く事ではありません。だいたいこのような災難に遭うのは仕えている者の常ですよ。しかし御所の場合には和歌を献上すれば、きっとご機嫌も良くなりましょう」
そこで重胤はその場で筆を取り一首詠んだ。義時はその技に感心し、重胤を伴って御所に参上する。重胤は、その間御所の門外をうろついていた。
御所内に義時が入って行くと、実朝はちょうど南庭にいた。先ほどの歌を出して、「重胤がこのような歌を詠みました。ところで重胤は謹慎で随分苦悩しているようですよ」言った。
実朝はその歌を三度も読み返した。そして「ところで重胤は今どこにいるのですか」と聞いた。
「重胤ですか、重胤は御所の外でうろうろしております」と、義時はにやりと笑った。
「なんだ、そうならば、すぐにここに呼んでください」
重胤は実朝の前に呼び出された。重胤はただ頭を下げて寡黙である。
「重胤、やっと戻ってきたな。待っていましたよ」
「かたじけないことでございます」優しい言葉に重胤の眼が潤んだ。
「古郷の冬景色はどうですか」
「雪も消えず、凍てついております」
「寒いでしょうけど、良い風情でしょうね。枯れ野や鷹狩りや雪が降った後の朝など、歌題に事欠かないな」
「そのとおりでございます。それでついつい長居してしまいました。お許し下さい」