52 北条時政の更迭
実朝は、不審そうな顔で、牧の方、乳母に囲まれて出てきた。肌も髪も艶々しい美少年である。今でいう中学三年生という年頃だ。絹織りの白い色もまぶしい水干を着た実朝はまさに美しい貴公子だ。時政は実朝に声をかける。
「鎌倉殿ジジめとしばらくお別れでございます。今日から義時の館にお住まいしていただきます」
「何があったのだジジ上」
「いいえ、大したことではありませぬ、あちらには母上も義時もいます、それからホレ、お気に入りの泰時もいます、楽しいでござるぞ」
輿に乗った実朝と乳母に女房達、取り囲むように甲冑の武者達がワサワサ動き去ってゆくと、がっくりと肩を落とした老人が一人座っているだけとなった。
静まりかえった邸内に、場違いのように広元がおずおずと入ってきて、腰を落として丁重に時政に書状を手渡した。
時政は老眼のため、手を伸ばして書を遠ざけ眼を細めて書状を読んだ。
お父上には、長年まことにまことにご苦労様でございます。おかげさまで鎌倉もようやく軌道に乗り始めました。いつまでも、いつまでも、お仕事にお励み頂きたいのは山々なれど、積年の労、山よりも重くお肩にカかるを見るにつけても、一族一同、お父上の労苦減じたくそうろう。この上は、良いきりとして古郷にもどり静養、悠々の日々を気兼ねなくお過ごしなされますよう、お願い申し上げます。遣わした郎党等は父上をつつがなく古郷にお送りするでありましょう。 尼御台所 政子
閏七月二十日 晴れ 辰の刻(午前八時ごろ)北条時政は牧の方、近侍、女中ともども伊豆の北条郡に向けて送られて行った。
鶴岡八幡宮前の北条義時邸に義時と広元と安達盛長が一同に集まり協議した。
その結果、京都の牧の方の義理の息子、平賀朝雅を討つべし、と京都にいる御家人に向け使者を出すことを決定した。