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40 禅と茶の祖、栄西 と実朝

 三月一日 実朝は寿福寺内の栄西の居住する方丈廉棟を訪ねた。桜が寺内の諸処で花開いて華やかである。寺主の明奄栄西みんなんえいさいは鎌倉幕府が成立すると京都に見切りをつけたように頼朝のもとにやってきた禅僧だ。実朝十四才より五十一才年上の六十五才である。五年前に政子が寿福寺を創建するにあたり寺主に任ぜられた。一方、栄西は日本茶の元祖といって良い人だ。平安中期にお茶が到来したと言われるが今で言うウーロン茶のようなもので、薬として少々用いられただけであったという。、茶の木の栽培を京都、宇治で最初に始めるとともに、宋から持ち帰った抹茶をの知識で茶を作りひろめた。


 まだ新しい寿福寺の廊下に毛氈を敷いて、実朝と栄西は対座している。栄西が南宋から伝えた茶を立てるのだ。炭火に鉄瓶を乗せて湯を沸かした。抹茶を茶碗に小さじで数杯入れ、湯を入れ竹へらでかき回した。

「お召し上がりください」 額の広い、なすび顔の栄西がいかがですかといった顔つきで実朝を見る。

「苦いですね、でも良い香りがしますね」

「むき栗をまず頂いてください、それからお茶を飲んで見てくださいませ」

 栗の甘さと抹茶の苦さが実朝の口の中で溶けあって、快いおいしさが広がった。

「あ!これは美味しい。さすがに宋の人々が愛飲するだけの事はありますね。それに薬となると言うのは本当でしょうか」

「このお茶というものは宋国ではわが国の白湯さゆのように飲んでおります。これよりもっと薄めではありますが。確かに身体に良いとおもわれます。」

「ところで、栄西さまは宋に二度も渡られたとききましたが・・・」

「さようでございます。宋で禅を学んで参りました。宋で学ぶだけではお釈迦様のお心に迫れないと思い、天竺てんじく(インド)へ行くことを宋の帝にお願いしましたが、当時中国西方は蛮族と争乱状態にあり果たせませんした。天竺てんじくに行って学んでおれば、今のような生臭坊主でなかったと言うことですな、はは」

「そうですか、天竺へ行こうとしたのですか!すごいですね!私も行ってみたいと思います。天竺でなくても宋で十分です!」

「今に将軍様は宋に行けるかも知れませんよ。それどころか天竺までも」

「天竺か!天竺で仏様の本当の教えを知りたいね!」

「そうそう、お釈迦様は、将軍様と同じに天竺の王家の皇子様でいらっしゃいましたが、富みに満たされて。幸せであるはずの父王や母が苦悩に包まれて生きているのを知った時に、王家を捨てて出家なされました。・・・そのような生きる苦悩からの解放こそはお釈迦様のめざしていたものだと思われます」


 お釈迦様が、自分と同じ王家に生まれた人であったと言うことは実朝には驚きであった。

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