31 日だまりの陰り
「嘘と思うでしょうが、本当です。私の義母の牧の方は自分の血筋に将軍職を持ってきたい思っているのです。それに、頼家は牧の方の悪い性格を見抜いて冷たくあしらっていましたから余計です。父はこの頃は牧の方の言いなりですから、ありえます」
「あ、義時!」政子の兄弟の義時がついと部屋に入って来た。
「姉上、どうも風聞では頼家どのは殺害されたようです」
「やはりそうですか」
「姉上、お気持ちを察して言葉もありません。そこまで頼家将軍を追い詰める事はありませんのに、ひどい仕業です」
「そうです。一幡の殺害といい、頼家の暗殺と言い、父と牧の方のやり方は許せません」
十五才の実朝は驚きの気持ちで、それを聞いている。
この出来事は鎌倉の庶民のあいだで、尾ひれをつけたように姿を変えた。毒殺された。湯殿に入っている時、数人の武士に乱入され、裸のままフグリを取られたなどというひどい噂もあった。
真相は闇の中であったが、どうやら時政の手の内の者に謀殺された事は本当のようであった。・・・
しかし、実朝は義時をも疑っている。
頼家の葬儀がどこで行われたのか、記録が残されていない。それほどひっそりしたものであったと思われる。
七月二十四日 頼家に親しかった御家人が容赦なく討たれているという。それが実朝の耳に入ってくる。近頃、義時の刺客のようになっている金窪行親の仕業だという。義時も単なる
好人物ではない。父の時政を悪者にして、この機会を利用して政敵を倒しているのだ。
金窪行親は九年後、政所司と言う副官に任命され、それ以降少なくとも二十五年間もの長い間、その要職を務め続けた。この事からも行親は義時にとってどう猛な手先で突撃隊みたいな男であった事がわかる。