29 和田朝盛
三月二日 御所の桜が絶え間なく散っている。
朝方、和田義盛の孫の朝盛が、弓の指導に来ている。朝盛の父は常盛は弓の名手として知られ、父の指導の甲斐もあって、まだ14才ながら、すでに、鎌倉で有名になっている。実朝は若い弓使いとして御所を訪ねた朝盛とたちまち仲良くなってしまった。今朝は「あそび」をかねて、修業といって実朝が呼び寄せたのである。御所の裏側の山が大蔵山で、大倉山の麓に的が作ってある。
実朝が弓を射ている。「だめだ、当たらないな、弓の張りが強すぎる!」
「鎌倉殿、腕の力が足りないのでございますよ!」
「いや、弓の張りが強いのだ!」
「殿、弓術は源氏のお家芸でございますよ、頑張ってお励み下さい」
「うるさいんだ、お前は!こうしてやる、弓が下手でも組み討ちなら負けんぞ」と突然、朝盛の袴の腰をつかむと押し倒そうとする。
「うむ、それならば私は平家になってやる、源氏などには負けませんぞ」
二人は二匹の犬のように泥だらけになって、倒れて組み討ちを楽しんでいる。組み伏せられた者が負けなのだ。二人は上になったり下になったりして、とどめを刺されまいとする。右のこぶしを小刀に見立てているのだ。
「や、意外に強い!若様は非力と見えましたが、あなどれませんね」
「あはは、力は強いのだ、参ったか」朝盛はついに組み伏せられてしまった。
二人の少年の上から淡雪に似た桜がハラハラと降り積んでいる。