26 冬の日だまり
二月十三日 風もない春めいた穏やかな日だ。御所の梅が咲き誇って、香りがそこはかとなく漂っている。実朝は急に思い立って、鎌倉の前浜の由比ヶ浜に出た。北条義時、北条時房(義時の弟)和田胤長、多々良四郎、榛谷四郎、海野小太郎、望月三郎、諏訪太夫、藤沢四郎、愛甲三郎、等を伴い、小笠懸、遠笠懸(いずれも走らせた馬から的をいる競技。小笠懸は至近距離の的を射るが、遠笠懸は遠方の的を射る。矢は音を立てる蟇目矢だ。)を楽しんだ。実朝将軍は桟敷から競技を見ている。
改元、元久元年(1904年)
二月二十日 実朝は幕府の鞠庭で近侍のものと蹴鞠を楽しんだ。女房達(実朝のお世話をする召使いの女達。女房の語源は女の住居。そこに住まう者達という意味)も五人ほど廊下から、その様を見ている。鞠庭は八間(15㍍)四方の蹴り場と、外側の二間の余地で造られている。四角には松、桜、柳、楓などが植えられるのがきまりである。
「幕下よろしいですぞ」
実朝気に入りの近侍、東重胤(実朝より十五才年上、当年二十八才)が侍らしい強くて太いが美しく響く声で褒めた。
「そうか解ったぞ」と実朝が高い声を張り上げる。重胤と実朝は相対して交互に鞠を蹴り上げている。
「そら、どうだ」と実朝は高く鞠を蹴り上げる。
「お見事、お見事コツをつかまれましたな」重胤は目鼻立ちの整った青年だ。はじけるような笑顔を実朝に向ける。
「このごろ、閑なときは一人でもやっているんだ」
女達はそれを微笑んでみている。
「あ、落としてしまった」
「そろそろ、お疲れのようですな一休み致しましょう
実朝と重胤は鞠庭に面した、広廊下に座して菓子を前に置いて茶(当時は抹茶しかない)を飲んでいる。
「これが茶という物ですか」一口飲んだ重胤は苦いという顔をする。
「はは、苦いだろ。けれど慣れると、甘い菓子とあってうまいと思うようになるんだ。二度宋に渡られた栄西禅師が宋からもたらした飲み物なのだよ。高僧栄西様は京から来られて、鎌倉の為に日々過ごしておられるんだ」