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IQ100の天才  作者: 七星北斗


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5/13

5.ニュアンス

アロンは、足を止めた。

道は、そこで終わっていた。

正確には――終わったのではなく、落ちていた。

目の前には崖。切り取られたような断面。

下は見えない。霧が、深さを隠している。

「……」

息を吸う。吐く。

風が、頬を撫でる。

その冷たさで、ようやく現実だと分かる。

ここから先は、歩けばいい場所じゃない。

戻る、という選択肢が頭に浮かぶ。

だが、足は動かなかった。

戻ったところで、“さっきまでの道”が安全だという保証はない。

前も後ろも、同じように分からない。

アロンは、崖の縁にしゃがみ込む。

石を一つ、落とす。

音は、しばらくしなかった。

それから、ずっと下のほうで、小さな音がした。

――生きていれば、あそこまで落ちる。

心臓が、はっきりと速くなる。

今まで感じていた空腹や疲労とは違う。

これは、失うかもしれないという感覚だった。

息が浅くなる。手が震える。

「……怖いな」

初めて、その言葉が口から出た。

それでも。

アロンは、崖を降りることにした。

理由はない。

正解でもない。合理でもない。

ただ――ここに立ち尽くしている自分が、一番「死んでいる」気がした。

手を伸ばす。

岩は、冷たくて、ざらついている。

指に力を入れる。体重を預ける。

足場を探す。見つからない。

それでも、降りる。

途中で、足を滑らせた。

一瞬、身体が宙に浮く。

心臓が喉まで跳ね上がる。

だが、指が岩に引っかかった。

爪が割れる。痛みが走る。

「……っ」

声は出なかった。

ただ、生きたいと思った。

それは、考えじゃない。

反射でもない。

生と死が、初めて「繋がった」瞬間だった。

落ちれば死ぬ。掴めば生きる。

選んでいるのは世界じゃない。

――自分だ。

しばらくして、アロンは地面に降り立った。

膝が笑う。呼吸が荒い。

それでも、立っている。

「……生きてる」

その言葉は、確認でも、喜びでもなかった。

ただの事実だった。

同じ頃。

森の別の場所で、天才たちは、分かれていた。

ノーマは、川を見つけていた。

流れ。水量。傾斜。

「川は、道になる」

彼はそう判断する。

水は低い方へ流れる。

低い場所には出口がある。

仲間たちは、無言で頷く。

理由は分かる。反論の余地もない。

ノーマの背中を、誰も疑わない。

ヴィンは、空を見ていた。

雲の厚み。風向き。湿度。

「天候が変わる」

それは予測だった。

だが、確度は高い。

雨が降れば川は脅威になる。

霧が出れば方向感覚は狂う。

「今、動くべきじゃない」

彼の言葉には焦りがない。

計算の中に、自分も含まれている。

マリアンは、振り返っていた。

森。線路。止まったままの列車。

「戻る」

その判断は、他の二人とは違う。

前進ではない。だが、後退でもない。

「まだ、全員が揃っていない」

彼女は“人数”を見ていた。

知性の総量。判断の同期率。

列車には、まだ使えるものが残っている。

物資も、情報も、人も。

三人は、同じ天才だった。

同じ教育。同じ知識。同じ目的。

だが――見ている世界は、もう同じではなかった。

ノーマは流れを信じた。

ヴィンは未来を警戒した。

マリアンは過去を捨てなかった。

そして誰も、「正しい」とは言わなかった。

誰も、「間違い」とも言えなかった。

森の底で。

アロンは、まだ荒い呼吸のまま、空を見上げていた。

崖の上は見えない。

戻れない。だが、それでいい。

怖さは消えていない。

それでも、一歩、前に出る。

生と死は循環だと、彼はまだ知らない。

だが――

生きるという選択が、すでに世界を分け始めていた。

方向も、視点も、未来も。

知性は一つじゃない。

生き方の数だけ、形がある。

そしてその形は、もう交わらない。

いや――交わる必要がないのだ。

彼らはそれぞれ、“自分の世界”を摂り始めていた。

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