13.レンガ
目的地は、森の終わりにひっそりと口を開けていた。
到着の順番は、誰が決めたものでもない。ただ結果としてそこにあった。
二番手、アロン。
濡れた服のまま歩き切った体は限界を迎えていた。
だが腕の中には、温かく柔らかな重みがあった。
崖下で見つけた子犬。
合理でも使命でもなく、偶然と衝動だけが繋いだ命。
アロンは建物に入るなりベッドへ直行し、倒れるように眠りについた。
隣には子犬も丸まっている。
誰にも指示されていないのに、子犬はそこを選んだ。
アロンの呼吸と同じリズムで、小さな体が上下している。
“私”と“命”が、同じ速度で眠っていた。
三番手、ノーマ。
彼は足取りだけで世界を測り、思考だけで旅を組み立ててきた天才の一人。
だが到着したとき、計算はもう必要なかった。
服は泥と雨の痕で重く、靴は水を吸っていた。
それでも、彼は立っていた。
「……やりきった」
初めて出た独り言。
それは共鳴でも共有でもない、個体としての実感だった。
世界を先へ進めるために生まれた存在が、
初めて“自分自身の到達”を噛みしめていた。
そして、マリアン。
彼女は列車組の仲間と共に一番乗りし、風呂と食事で完全復活していた。
天才としての使命感も論理性も鋭さも、今日は全部オフ。
だって――
目の前に犬がいる。
アロンのベッドの隣で眠る子犬を見た瞬間、
マリアンは服を整える暇もなく駆け寄った。
「え、なにこの生物!? かわいすぎる!! ちっちゃ! ふわふわ! 生きてる!!」
声量制御:ゼロ。
知性:フルアクセルで感情方向へ暴走。
子犬は寝ているのに、マリアンは止まらない。
アロンも寝ている。ノーマも寝ている。世界も静か。
なのにここだけ、生命誕生レベルで騒がしい。
「犬ってこう鳴くの!? ねえ見てノーマ! ヴィン! マリアンは今! 重大な発見を!」
――誰も起きない。
それでも彼女は幸せだった。
翌朝は、全員ぐっすりだった。
施設で育てられた天才たちも、
管理から外された少年も、
ただの子どもとして眠っていた。
そこに優劣はなく、ただ“違い”だけがあった。
そしてさらに一日が巡り、
次の日の朝が来た。
教授はコーヒー片手に現れた。
白衣はいつも通り、だが表情は少し柔らかい。
3人と1匹は、昨日と違って起きていた。
窓の外はもう乾いている。空気は澄んでいた。
教授は、ゆっくりと言葉を落とす。
「君たちは――この旅で何を得た?」
アロンは子犬を見て、少し笑う。
舐められた頬がまだ少し赤い。
「友だちを得ました」
ノーマは火打ち石の入ったポケットを軽く叩く。
そこには計算で選んだ道と、計算で選べなかった現実の痕が同居していた。
「理不尽を学びました。そして、経験を得ました」
マリアンは子犬の前でしゃがみ込み、目を輝かせたまま拳を握る。
「仲間を得ました! あと犬も得ました!」
※語彙力は高いが着地点はかわいい。
教授は頷く。
「なるほど。
“私”として繋いだ友、
世界から削り取った経験、
共に進んだ仲間と衝動――
君たちは答えを出したのではなく、視点を得たのだ」
「ならば君たちは、三つの異なる知性の形を手に入れた。
友だち、経験、仲間――どれも優劣ではない。方向性だ。
そして知性とは、到達の速さだけでなく、変わる力でもある」
マリアンの隣ではしゃぎ疲れた子犬が、小さく寝返りを打った。
アロンの隣にいるのに、マリアンの興奮がまだ空気に残っていた。
世界は循環している。
命も、知性も、出会いもまた――巡って混ざり合いながら形を変えていく。
教授は最後に付け加える。
「そして視点こそが、知性を変える唯一の循環だ」
子犬は小さく鳴いた。
世界は続く、
循環も、知性も、旅もまた続いていく。




