11.日向
アロンの腕の中で、
子犬が急に身をよじらせた。
小さな身体が、不安定に暴れる。
「……どうしたの?」
声をかけても、子犬は落ち着かない。
アロンは立ち止まり、ゆっくりと地面に下ろした。
子犬は迷わず川辺へ向かう。
短い脚で、よろけながら。
そして水を舐め始めた。
夢中で。必死に。
「ああ……」
アロンはそこで初めて気づく。
喉が渇いていたのは、自分だけじゃなかった。
川の水は冷たい。澄んでいる。
流れは昨日よりも穏やかだ。
アロンもしゃがみ込み、手ですくって口に含む。
今度は吐き出さない。
子犬は水を飲み終えると、自然にアロンの横に来る。
もう、抱き上げる必要はなかった。
二つの足で歩き出す。
それぞれの速さで。
地面には雨の名残が残っている。
葉の先の滴。石に溜まった水。
小さな世界が無数に光っている。
アロンは立ち止まり、それを眺める。
空気が違う。
湿っているが、重くない。
冷たいが、澄んでいる。
「……雨のあと、だな」
言葉はあとからついてきただけだった。
川は流れている。
同じ場所を二度と通らない。
アロンと子犬は、その横を歩く。
急がず。遅れず。
同じ朝。
マリアンたちは歩いていた。
会話がある。笑い声がある。
誰かがぬかるみに足を取られる。転ぶ。
次の瞬間、別の誰かも転ぶ。
気づけば全員、泥だらけ。
一瞬の沈黙。
それから誰かが吹き出す。
「ひどい格好ね」
「最悪だ」
「でも……」
笑いが広がる。
汚れた服。濡れた靴。
それでも楽しかった。
マリアンはその光景を見て思う。
これが“一緒に歩く”ということか。
誰も最適解を探していない。
誰も評価されていない。
ただ前に進んでいる。
同じ朝。
ノーマは足を止める頻度が増えていた。
疲労が完全には抜けていない。
「……休む」
短く指示を出す。誰も反論しない。
全員、限界が近いことを理解している。
ノーマは罠を仕掛ける。
簡易的だが効率はいい。
しばらくして鳥がかかる。
無駄な動きはない。
命を食料へと変える。
火を起こし、分け合う。
誰かが言う。
「……助かるな」
ノーマは頷くだけだった。
彼は知っている。
これは余裕ではない。
遅れを取り戻すための必死な調整だ。三つの道。
三つの速度。
三つの“生き方”。
川は、すべてを見ている。
ただ、何も語らない。




