10.摂る
夜の途中で、アロンは目を覚ました。
雨音は、もう弱くなっている。
空気は冷たい。喉が、ひどく乾いていた。
アロンは、手のひらを差し出す。
溜まった雨水を、そっと口に含む。
そのまま、飲み込まない。
一度、口の中で転がし、吐き出す。
舌と喉を、濡らすためだけの行為。
「……これでいい」
理由はない。本能に近い判断だった。
子犬は、まだ眠っている。
呼吸は浅いが、途切れてはいない。
やがて、空が白み始める。
雨は、止んでいた。
朝だ。
アロンは立ち上がる。
身体は重い。だが、動くことはできる。
子犬を胸に抱き、 歩き出した。
森の中。
湿った匂い。土と葉の匂い。
時折、赤い実が目に入る。
野生化した果物。
アメリカンチェリー。
アロンは、一粒摘む。
口には入れない。
指で割り、果肉だけを取り出し、子犬の鼻先へ。
子犬は、弱々しく舐める。
少しずつ、確かに。
「……よし」
アロンは、それで満足だった。
しばらく歩くと、音が変わる。
水の音。
川だ。
流れは穏やか。だが、確かに続いている。
上流も、下流も、 同じ方向に世界が伸びている。
アロンは立ち止まり、川を見つめる。
「……一直線だ」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
川は、嘘をつかない。
逆らわなければ、必ずどこかへ連れて行く。
アロンは、川沿いを選んだ。
同じ朝。
ノーマは、目を覚ますとすぐに動いた。
身体は冷えているが、思考は冴えている。
空腹。
だが、昨日よりは軽い。
森を見渡し、地面を見る。
湿度、温度、 菌糸の痕跡。
「……あるな」
食用キノコ。
慎重に選別し、火で軽く炙る。
毒性の確認、反応なし。
食べる。
十分だ。
腹が満たされると、世界の見え方が変わる。
ノーマは、ポケットに手を入れる。
火打ち石。
確かにある。
雨は止んでいる。
空は明るい。
「……戻れる」
独り言。
遠回りする理由は、もうない。
ノーマは決断する。
引き返す。
そして、川沿いへ。
最短距離。
昨日は選べなかった道。
「今なら行ける」
それだけで、十分だった。
同じ朝。
列車が、唐突に止まった。
理由の説明は、最小限。
「ここから先は、徒歩で進め」
「目的地まで、約5キロ」
ヴィンとマリアンは、顔を見合わせる。
5キロ。
短くはないが、不可能でもない。
マリアンが言う。
「歩くわ」
ヴィンは、 頷く。
「そうだな」
列車を降りる。
地面は、まだ湿っている。
だが、空は晴れつつある。
三つの選択。
三つの朝。
川を信じる者。判断を修正する者。与えられた安全から降りる者。
誰も、間違ってはいない。
誰も、正解でもない。
だが、それぞれの道は、もう交わらない。




