第5話 味方だからね
生きたいと思ったとしても、些細な事で命が失われていく。
町の中にいるとしても決して安全な訳じゃない。
――この世は命の価値が軽すぎる……。
御領主様の屋敷からの帰り道で、そんなことを思いながら、俺は一人青く澄んでいる空に、流れ行く曇へと向かって掴めるはずもないけど腕をのばすのだった。
俺たちが住むこの国は興国王と呼ばれ、国民の大半から慕われるオズマ・アルスタイル王が、地域の豪族達を纏めあげ、町を作り繁栄させることで人口増加を呼び、名も無き町だった場所はやがて『アルス』という名で呼ばれるようになると、周囲からの後押しもあり独立と興国を果たした。
初めから政が上手く行くわけもなく、いくら王がカリスマを持っていたとしても、人が増えればそれだけ個人思想の相違は増加する。
それを纏めるために生まれた制度が議会制だったのだが、最終決定権が王に有るとはいえ、その王へと上奏する者達の権力闘争へとつながる。
闘争は激しさを増していき、有力者が有力者と手を組むことで派閥が生まれ、興国から既に1000年を越えた今も尚、何代にも渡り王が変わったことによりカリスマ性を失ってしまった王家をも巻き込んで、議会に名を連ねる上位貴族の間では激しい覇権闘争という、足の引っ張り愛が続いている。
――それに割りを食うのは国に住む民だというのに、自分たちの事以外には関心がないと来てる。
俺は国の現状を考えつつ、深いため息をついた。
侯爵家からの相談事に関して、何をするにしてもまずは住んでいる場所の御領主様へと報告をして、どのようにするべきかを話し合わなければならない。
解決するためには、『その場所』で何が起きているのかを自分で確認する必要がある。
しかし、今の自分は町の小さな学校で教鞭を取る先生であり、名ばかりとはいえ御領主様の令嬢二人の家庭教師でもある。
侯爵様の元へと行くことになれば、解決するまでの間は長期に渡ると考えられる。
そうでなくても、侯爵家には現在、彼女が居るようので、そう簡単に地元へ戻れるかは保証出来ない。
とはいえ、一応は領へと所属している立場であるので、勝手に休校にするわけにもいかないし、報告しないわけにもいかない。
――気が重いな……。
考えながら、御領主様へと報告、相談するために屋敷へと赴いたのだが、すんなりと執務室に通されたばかりか、あっさりと侯爵様の元へと赴く事を了承された。
なんという事は無い。俺の所に来る前に、既に次期侯爵様はご領主様の元へと赴き、用件を伝えると共に、俺が侯爵様の元へと行く事を打診。
それが俺にしかできない事なのだと理解していただいたようで、その場でご了承されたようだ。
令嬢の二人にはお土産をねだられてしまったけど、地元に戻って来る頃にはお二人共に学校へと戻っているはずだとやんわり断りを入れると、それなら王都の学校に立ち寄って置いていけばいいと言われた。
それにはご領主様も苦笑いをしてたしなめていたけど、頬をプクッと膨らませて抗議するお二人を見ていると、それでもいいかな……なんて少し思ってしまったのは仕方ないところだろう。
そういうわけで、2日後には地元のアノを離れ、侯爵様の治める領へと旅立つことになったのだけど、その用意に奔走する俺の所へ食堂のおかみさんがやってきたのは、出発する前の日の午後だった。
「小耳にはさんだんだけど、この町を離れるって本当かい?」
「どこから聞いて来たんです?」
「食堂にいるんだから噂話は良く耳にするさ。それよりも……」
「あぁ……。その話なら半々ですね」
セリーヌさんの話を聞きながら荷物を纏める。
「半々?」
「えぇ。町を離れるって話は本当です。でもずっと離れているわけじゃなくてですね、ちょっと相談されたことを解決しにとある場所へと行くだけです」
「そうすると戻って来るのかい?」
「その予定ですよ? もちろん何もなければですけど……」
「そうかい……」
大きなため息をついて、どかりと椅子に座る。ちょっと古くなっている椅子がギシッと悲鳴を上げる。音のする方へと視線を少し向けると無事そうなのでホッとため息をついた。
「……ケント……あんた何かやらかしたのかい?」
「へ?」
真剣な声質で問いかけられ、少し驚いて俺は顔を上げた。
「呼び出されたんだろう? 侯爵家に」
「どうしてそれを……」
「あぁ!! 言わなくていいよ!! わかってる!! わかってるから!! あまり話せないんだろう? 良いんだ。ただ……あたしやマックはあんたの……ケントの味方だからね」
「セリーヌさん……」
俺に向けて微笑むセリーヌさん。その表情を見てジンと心にえも言われぬ感情が沸き起こる。
「無事に帰っておいで。そうしたらご馳走してあげるからさ!!」
「えぇ……よろしくお願いします……」
がはははと大きな声で笑いながら、椅子から立ちあがるとそのまま家から出て行くセリーヌさん。
――ありがたいな。こんな得体の知れない俺に気を使ってくれる人が居る……。
去って行く後ろ姿を見送りながら、俺は目元に滲む水分をそっと拭った。
俺が現在住んでいるのは、ロイデン・アノ男爵が統治しているアノ領であり、その領都のアノであるが、今回赴くジオルグ侯爵が治めるジオルグ領の領都オルグとは、隣接する領を二つまたいだ場所にある。
要するに、ジオルグ侯爵家の寄子で有るアノ男爵家とはかかわりの深い土地柄で有るのだけど、一介の平民である俺達にはほぼ自由に行き来することがない為、あまりなじみは無いともいえる。
王都であるアルスへ行くためには必ず通らなければならない場所ではあるので、繁栄しているのは言わずもがななのだけれど、俺には特に何かが有る町というわけでは無いので、いつも一泊するくらいで中継地点としてしか思い入れはない。
ただし、町に彼女がいる場合は別である。何かしらの理由を付けて俺を屋敷へと引っ張り込もうとするので、それをどうやって躱すかが悩みになっていたりする。
今回は一泊するために赴くわけじゃなく、その屋敷に用事があるため、どのような扱いをされるか分からないので、着く前から身震いしてしまう。
そんな他愛もない事を考えながらも、乗合馬車に乗り継ぎながらアノの町を発って既に四日が経ち、もうすぐ侯爵様の治める領内が見え始めると、どんな事が待ち受けているのかハラハラドキドキで気持ちが浮き沈み激しくなる。
この四日間を通して乗合馬車の御者の方は俺の事を見ると、表情の変化にどう対応したらいいのか困った表情を見せる事もあるが、その度に「大丈夫です」と声をかけると、渋々ながらも何かあれば声を掛けてくれよと言って戻っていく。
――本当に申し訳ない……。
考えるだけでも申し訳ないとは思うけど、しかし平民が侯爵家の屋敷に行かねばならないか状況を言えるわけでは無いので、グッと心の中へと気持ちを押し込めるしかないのだ。
そんな俺の気持ちとは関係なしに、侯爵領は近づいていく。
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