聖女様と呼ばれる来栖さんが俺にだけ見せる顔
俺の名前は佐伯颯太。普通オブ普通を貫き続ける、しがない高校一年生だ。
趣味はゲームと人間観察。まあ、普通だろ?髪型も、整えてるわけでもなく寝癖がつかない程度に自然体。身長は171。日本の高校男子の平均ど真ん中。どこにでもいる。人混みに紛れれば、誰にも気づかれずに歩けるタイプの人間。
そんな俺は、今日も普通を保ったまま、ゆっくりと校門をくぐった。
朝の空気は澄んでいる。だけど、どこか湿っているのは春の終わりが近いからか。
青々とした校庭の芝生に、まだ一滴も露は降りていなかった。
「おはようございまーす!」
正門の脇、見回りの定位置に立っているのは生徒指導の青木先生。
毎朝変わらぬトーンで飛び出す大声は、逆に今では風景の一部。
俺はその挨拶に、軽く会釈して返した。返事は、しない。
言葉を交わす必要があるときと、ないときがある。
それを見極めるのが、普通”の流儀。これが分からないやつは普通を分かってないだけだ。
傍から見れば「挨拶ぐらいしろよ」と思われるかもしれない。
でも、毎朝繰り返される無数の挨拶の中で、言葉が空気に溶けていくだけなら、それはもう儀式でしかない。
だったら俺は、その空気の中で自分の立ち位置を取る。
「今日も頑張らないとな。」
独り言のように呟き、俺は靴箱の方へ歩を進めた。
日向森高校。名前こそ爽やかだが、実態は……まあ、良くも悪くもない、偏差値も突出して高いわけでも低いわけでもない。平均的な県立校だ。
まあ俺が通ってる時点で、それは明らかか。
ロッカーを開けると少し引っかかるけど、コツは掴んでいる。
茶色く少し剥げた金属の扉。その奥には、昨日のままの上履き。異臭は……まだ大丈夫。普通だ。
階段も、教室のドアも、廊下の騒がしさも、全部が高校というカテゴリに収まり切っている。
「とりあえず友達はできたし、高校でも普通に過ごせそうだな。」
俺が目指すのは波風のない日常。ドラマも異変もいらない、安定という名の静寂だ。
教室の扉を開けると、騒がしさとともに、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。
「颯太〜!おはよう!今日の朝飯何食った?」
コイツは高橋慎。茶髪。まばらにハネた毛先。ワイシャツの第二ボタンは留めず、ネクタイもやや緩めという一見すれば「ヤンキー?」と身構えるような外見だが、中身はまるで子犬のように人懐っこい。俺の数少ない普通の友達だ。
彼の関心ごとはいつだって日常。事件も陰謀もなく、日々の中にある些細な話題だけで話が弾む。
「今日はご飯と味噌汁に卵焼きだよ。」
軽く返すと、慎は「やっぱりな!」とばかりに笑った。
「なんだよ今日も普通だな!明日にはトーストでも食うんじゃないか?」
「はは、当たり。」
俺の朝は、ローテーションで決まっている。母親がいなくても作れる定番メニュー。
ご飯・味噌汁・卵焼きセットと、トースト・サラダ・目玉焼きセット。
この二セットを交互に繰り返す日々。それは退屈でも、つまらなくもない。むしろ安心できる規則だ。
俺は鞄を机の横に引っかけて、椅子に腰を下ろした。
慎は隣の席の背もたれに尻を半分乗せ、俺との距離を縮める。
こういう距離感の詰め方も、最初は戸惑ったが、今ではもう慣れた。
「そういえば昨日のカネキン見た?1000円の自販機とかいつかやってみたいよなぁ〜!」
その目は、無邪気な少年そのものだった。
人気YouTuberカネキン。少し前までは安定的な再生回数を記録していたが、何でも再ブレイクしたらしく、数年前の流行を今さら蒸し返している。
「俺たちがやっても金が張るだけだぞ?」
「夢のないこと言うなよ颯太!」
どこまでも普通な会話。でも、俺はこれが嫌いじゃない。
異常を求めない。騒がしいだけで、刺激を求めない。
そういう人間が傍にいるのは、俺にとってかなりありがたいことだった。
——そして、チャイムが鳴る。
「おっ、もうかじゃあまた後でな颯太。」
慎は軽く片手を上げて自分の席に向かっていった。その動きは無駄がなく、まるで何度も繰り返したルーティンのようだった。そんな彼の後ろ姿を見送りつつ、俺はちょっとした安堵と共に小さく息を吐く。
すると間もなくして、ガラッと教室のドアが重々しく開かれた。
俺たち1年6組の担任教師、真辺先生の登場だ。
でけぇ……今日も相変わらずの威圧感。いや、ほんとさ、あの分厚い腕とか異様にピッタリしたシャツとかさ、完全にジム通いのそれだよな。プロテイン、1日3杯は飲んでそう。
「ホームルームを……始める。全員起立。」
声低っ。地の底から湧き上がるような重低音で発せられる指示。毎日聞いてるはずなのに慣れない。教室の空気がその一言で一気に引き締まった。
俺たちは一斉に立ち上がる。ガタガタッと椅子が擦れる音の中、小さなコロコロという音が響いた。
前の方で、何かが転がる。それは鉛筆だった。
静寂の中で、それはやけに目立っており、すぐさまざわめきが生まれる。だが、今回は少し特殊なケースだった。
「やっちゃったね〜。」
「無礼者!」
ひそひそと、それでいて鋭く飛び交う声。空気がピリつく。鉛筆の転がった先にいる者がみんなの視線を一点に集めていた。
その鉛筆の転がった先にいたのは——
「申し訳ありません!聖女様ッ!!」
声の主は女生徒だった。明らかに狼狽しきっていて、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら前かがみに手を伸ばして、転がった鉛筆を拾おうとしていた。
が、彼女よりも先に、すっと、ひとつの手がそれを拾い上げた。
「…………」
無言で差し出された鉛筆。
その手の持ち主は、女子にしては高い身長と、長く流れるようなロングヘア。滑らかなその動きと、美しすぎる顔立ちは、まるで作り物のように整っていた。
彼女の名は来栖結璃。
俺たちのクラスで聖女様と呼ばれる存在。
教室の誰もが彼女をそう呼ぶのには、理由がある。
口数は少なく、笑顔も滅多に見せない。誰かの落とした消しゴムも、静かに拾って返す。先生に呼ばれれば、返事は簡潔に。でも失礼はなく、完璧。
いつでも丁寧。いつでも清廉。
でも、どこか人間味が薄くて、近寄りがたい。
まるで、ガラスの中にいる聖像みたいな存在。
美しくて、静かで、どこか遠い。
それが、“聖女様”と呼ばれる所以だった。
「あっ、ありがとうございますッ!!」
拾ってもらった女生徒は、恐縮と感激が入り混じったような表情で深々と頭を下げる。その様子を、来栖さんは無言のまま静かに見下ろしていた。
「…………」
言葉はない。けれど、そこに冷たさや拒絶はなく、ただ静けさがある。その所作すべてが、まるで神事のように美しい。だからこそ、聖女様なのだ。
……けど、俺はふと考える。
「(多分人生をどう過ごそうと普通にはならなそうで、少し羨ましい反面……可哀想だな)」
特別であることって、つまりは孤独でもあるんだろうなって思う。まああくまで自論だが。
そんなこんなでホームルームは少しざわついたが、それからはいつもの日常だった。授業を受けて、休み時間は高橋と話したりゲームしたり、小腹が空いたらグミを食べたりする普通の高校生活。
「(ほんと普通にしてるだけで絵になるよなぁ……)」
俺の趣味の一つの人間観察。最近の観察対象は、普通な俺から一番遠い存在である来栖さんだ。席が俺の斜め前というのもあって、黒板を見てるフリをしながら、こっそり観察している。
「………」
おっ、髪を耳にかけた……いや、よく見なくても分かるがマジで美少女だな。
レポするならこうだ。白く透けるような肌に、滑らかに揃った指。睫毛は羽のように長くて、光を受けてわずかに影を落とす。爪は透明感があって、控えめに光っている……あれ、なんか塗ってるのか?いや、素かもしれない。ともあれどこまでも完成された存在だ。
「じゃあこの問題は……今日は5月1日だから……一番の赤坂……とみせかけて佐伯!」
突然、数学教師の西園寺先生の声が飛んできた。お調子者で知られるこの先生が、俺を名指ししているらしい。でも俺は、それに気付いてなかった。来栖さんに夢中になっていたのだ。
「佐伯!佐伯っ!寝てるのか!?」
「(おっ、眼鏡とかかけるんだな。視力悪いのかな……え?俺の方見てる?)」
その瞬間、来栖さんの視線とばっちり合ってしまった。まっすぐな目。心を覗かれてるような錯覚すらある。慌てて目を逸らし、教科書へ視線を落とす。だが遅かった。来栖さん以外の全員も俺を見ていた。
「佐伯ィィィィッッ!!」
「はひぃぃぃぃぃっっ!!!」
◇
めちゃくちゃ怒られた。普段はゆるふわ笑顔で通っている西園寺先生があそこまでブチギレているのを見たのは、おそらく俺だけだろう。あんな般若みたいな顔するんだな……いや、待てよ。
「普通の俺がなんでこんなことに……?」
重い足取りで廊下を歩きながら、ため息まじりに呟く。教科書もプリントも鞄の中でグシャグシャになってる気がする。
こんなの初めてだ。普通の俺が、先生にガチギレされるなんて。いつもならクラスのお調子者がやらかして起こるイベントじゃないか。
「今日は厄日なのかなぁ。」
空は曇ってるし、なんか風も冷たいし、どんよりした空気のまま、放課後まで時間だけが過ぎていった。
だが——
帰りのホームルームの時間。俺の普通は、またもや狂うことになる。
「今日こそは……男子図書委員を決めろ。」
地底から響くような低音。担任の真辺先生が、いつもの調子で告げる。教室の空気が一瞬止まる。
図書委員。その響きだけで、どっと疲労感が押し寄せてくる。でも、それだけならきっと成績向上を狙って誰かが手を挙げているはずだ。そうならない理由が、このクラスには存在する。
「今日は……決まるまで帰さん。今日が締め切りなのだ。」
真辺先生の宣言とともに、教室内に小さなどよめきが起きた。
「いやぁ……流石にな。」
「うん。恐れ多いよね。」
「聖女様となんて。」
——そう。この沈黙の理由は明白だ。図書委員の女子枠は既に決まっている。その人物こそ、聖女様こと来栖 結璃。
「(早く帰ってゲームしたいなぁ……)」
え?俺が手を挙げれば、この茶番は終わる?いや、そんなバカな。普通の俺が委員会に入るわけないし、ましてや聖女様とペアなんて、俺の普通が一生消えるほどの致命的バグでも起こさない限りあり得ない。
「………」
当然のように、誰も手を挙げない。静寂が流れる。誰もが見て見ぬふりをしている。
だが、その中で気づいてしまった。
来栖さん……なんか悲しそう……?
表情に変化はない。いつもの無表情で、どこか涼しげなその横顔。けれど、今日一日来栖さんの人間観察を続けていた俺の目は、ごまかされない。あれは、確実に、悲しんでる。
まぁ、そりゃそうだよな。
いくら無言と無表情を貫く“聖女様”とはいえ、自分の相方が一週間も決まらないまま放置されるなんて、そりゃ悲しいに決まってる。
「…………。」
うわ、ちょっと俯いた。肩、揺れてる……?
おいおい、誰か手を挙げてやれって!
こんな茶番を一週間も続けるとか、どんな悪趣味だよ。さすがに可哀想すぎるだろ……!
「、、、、。」
ヤバい、泣きそうじゃん。
目を伏せたその影が、かすかに震えてる気がする。誰か、誰か早く!この空気を……!
「あの……」
か細く、でも確かに教室に響いたその声。その瞬間、世界が止まった気がした。聖女様が、自分から声を発した。その事実に、教室中が息を呑んだ。
だが、その声は。
「俺っ!やります!俺がやります!!」
俺の叫びに、かき消された。
ああ……言っちゃった。
思わず立ち上がって、手まで上げて。自分でも信じられない。こんなの普通じゃないだろ……
「そうか……では、決まりだな。放課後図書室に来栖と共に行くように……」
◇
……やってしまった。
普通を貫くテンプレ高校生の俺が、身の程を忘れて、聖女様のパートナーに立候補なんて。
周囲の視線がまだ刺さる。
あの時のみんなの目は、全員同じだった。驚きと、呆れと、お前みたいな普通のやつが!?」という、あの冷たい視線。
そうだよ、普通で悪かったな!こっちは“普通のプロ”だよ!
慎にフォロー頼もうと思ってたのに、あいつに限って今日すぐ帰るし。
友を見捨てるなよ縁切っちゃうぞ。
「………」
うわっ、来栖さんバッグに荷物詰め終わってるし!!もう、完全に準備できちゃってる。
……ヤバい。もう逃げられない。俺が引き返す選択肢は、跡形もなく消えた。
「あ、あの……」
えっ、話しかけられた!?
「えっ?あっ!!来栖さん。」
俺……今、話してる?来栖さんと?なんだこれ、地面に足がついてない。浮いてるみたいに頭がボーッとする……
「そ、その……」
改めて近づくと、ふわりといい匂いがした。
柔らかくて、落ち着くような、でもどこか儚げな香り。
ってちがうちがう!!浮かれてる場合じゃない!図書室!図書委員!正気に戻れ俺!
「行こうか……図書室。」
「はい。」
◇
俺は今、来栖さんと隣り合って廊下を歩いている。
うわ、めちゃくちゃ見られてるな……来栖さんの方だけだけど。
まあ、そうなるよな。聖女様と呼ばれる美少女と並んで歩いてるんだ。ちょっとでもカップルに見えたら嫉妬で炙られそうだ。
いやいや、ちがうちがう。普通の俺に、こんな美少女が釣り合うわけがない。
すると、来栖さんがおずおずとした様子で俺に話しかけてきた。
「あの……佐伯様。」
「え?様?ていうか、名前知ってたの?」
「は、はい。その……私なんかと一緒の委員会なんて、嫌でしたよね。ごめんなさい。」
そ、そんなわけあるかっ!!
むしろ光栄すぎて、俺の存在の方が申し訳ないレベルだわ!!
「そんなことないよ。俺……本とか、好きだし。」
「そ、そうなのですね。私も……好きです。」
「へっ、へぇ〜。奇遇だね。」
うおお〜っ!!!なんだこれ、俺、来栖さんと世間話してる!?
「あっ……着きました。」
気づけば、図書室の前。え、もう? いつの間に……もしかして緊張しすぎて、早歩きになってたのか?
「「失礼します。」」
中に入ると、広い空間に静かに並ぶ本棚。へぇ……この高校の図書室って、こんなに広いんだ。
でも、妙に静かすぎる。本の匂いだけが漂う室内には、誰の気配もなかった。図書委員の人は誰もいなかった。
その代わり、ぽつんと机の上に置かれた一枚の紙。
「なんだろ、これ……」
手に取って開いてみると、そこに書かれていたのは衝撃なんて生易しい言葉じゃすまない、酷過ぎる文面だった。
『聖女様と一緒とか恐れ多過ぎて無理なんですけどー!
せっかく図書委員会入ったけど辞めます!
聖女様がいるなんて、俺緊張し過ぎるから無理だわ。辞めます。
聖女様となんて私ビジュ悪く見えちゃうじゃん!辞めまーす!』
さらに広げてみて読むも、どの文も、同じような言葉。
ご丁寧に、全員が「辞めます」で締めくくっていた。
読むだけで、心が重くなる。これは……逃げだ。圧倒的な来栖さんの美しさと遠さに、みんなが勝手に怯えて、勝手に諦めて、勝手に去っただけの。
でも、その結果図書委員は、俺と来栖さんだけになった。
「あの……どのような内容なのですか?」
おずおずと、来栖さんが紙に視線を向けた瞬間、俺は反射的にそれを丸めてポケットに押し込んだ。
「あぁ〜……その、ちょっと事情があって……みんな来られなくなったみたい。だから、図書委員は、俺たちだけになっちゃった。」
「……そうですか。」
こんなの、見せられるわけない。だって来栖さんは何も悪くないのにこんな扱いを受けるなんてどうかしてる。
ていうかまだ入学してそんな経ってないのに他クラスにも広まってるのか。
とにかく。この紙は俺が責任持って処分してしないとな。
だがそのとき、彼女がぽつりと、言った。
「お気遣いありがとうございます。ですが、分かっています。」
「え……?」
「私のせい……ですよね。ごめんなさい。私なんかが図書委員をしてしまったばっかりに、皆様に迷惑を……」
その顔は、いつもの聖女様の来栖さんじゃなかった。泣き出しそうで、傷ついた、ひとりの少女。少なくとも俺にはそう見えた。
「佐伯様も、本当は嫌なのですよね。ごめんなさ……」
「嫌じゃないよ。」
俺は、来栖さんの言葉を塞ぐ形でキッパリと言い放った。
だってそうだろ?来栖さんが責任を感じるなんておかしい。来栖さんは何も悪くない。
「え……嘘は……」
「嘘じゃない。」
「で、でしたら……何故?」
なんで、そんな顔をするんだよ。
申し訳なさそうに目を伏せて、肩をすぼめて……君は、なにも悪くないのに。
「俺は、来栖さんとやりたい。聖女様なんかじゃない。俺は来栖さんとやりたかったから、手を挙げたんだ。」
その瞬間、来栖さんの瞳が、かすかに揺れた。
「……そんな、ふうに……」
「思ってるよ。俺は。」
数秒の静寂。
だけどその沈黙は、なぜだろう、あたたかい気がした。
「ありがとうございますっ……!」
その声と一緒に、彼女は涙を浮かべながら、俺にだけ、笑ってくれた。
ほら、ちゃんと“普通の女の子”じゃないか。
「私、こんなのなので、友人が出来なくて……いつもっ、一人で……寂しくて……その……私と、友人になってくれませんか?」
そんなの、答えは決まってる。
「もちろん。」
◇
来栖さんが泣き止むまで、しばらく時間がかかったが、俺たちは、それから二人だけの図書委員として仕事を始めた。
「先ほどは……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。」
「謝らなくていいよ。来栖さんは、なにも悪くないんだから。」
俺の仕事は、新しく届いた本を段ボールから取り出して整理すること。
本の匂いって、なんか落ち着く。……というか、来栖さんと話すのが楽しい。
「その……佐伯様と私は、ゆ、友人……ですよね?」
「そうだよ?」
うわ、真っ赤になってる。かわいすぎるだろ……
「友人なら……どんな会話をするべきなのでしょうかっ!」
ああ、そっか。
来栖さん、俺が“初めての友達”なんだな。
「うーん。夢を語り合う、とか?」
「で、では……佐伯様の夢は?」
夢か……別にないなぁ。普通に生きてきた人生。特に突出したものもないし。
まあ、強いて言うなら……
「普通に生きること、かな。」
「わ、私も……同じですっ。ですが……普通というのが、どうしても分からなくて……佐伯様は、知っておられますか?」
普通の人間に、普通の定義を聞くなんて、愚問だよ来栖さん。
普通ってのは…………あれ?
「なんだっけ、普通って。」
俺がぼそっと呟くと、来栖さんがふっと笑った。
「ふふっ……では、普通が分からない者同士……頑張りましょう。」
これは、普通だった俺が、普通じゃなくなっていく物語。そして、普通じゃなかった来栖さんが普通になっていく物語だ。