8話「健康診断」
年に一度の健康診断。多くの社員にとって憂鬱な日だが、田中にとっては特にそうだ。採血の順番が来ると、彼は顔面蒼白になり、注射器を見ただけで貧血を起こしそうになる。
「大丈夫ですか、田中さん? 気分が悪そうですね」
看護師の優しい声に、田中はさらに気分が悪くなる。そして、とうとうその場にへたり込んでしまった。
「しっかりしてください田中さん! こんなんで健康診断になりますか!」
隣にいた上司の、呆れたような声が田中の耳に届く。
「パードゥン?」
彼の体が、猛烈な勢いで膨張し始めた。白衣が弾け飛び、病院の簡易ベッドが音を立てて崩れる。身長2メートルを超える「パードゥン田中」が、そこに立っていた。
「健康、この通りです!」
パードゥン田中は、病院の検査機器を次々と手にとって、まるで自分の筋肉を披露するかのようにポージングを始めた。体重計は針が振り切れ、身長計は天井を突き破る。視力検査のCの字は彼にとって小さすぎ、X線撮影装置は彼の筋肉を透過できずにエラーを起こす。健康診断の会場は、瞬く間に「パードゥン田中」のプライベートジムと化し、混乱に陥った。
「田中くん! 何してるのよ!」
斎藤さんが、白衣姿のまま飛び込んできた。
「斎藤さんか! 我が健康な肉体を見せつけているのだ! これもまた、健康の啓蒙だ!」
「啓蒙と破壊は違うわ! 宇宙拳・生命の調和!」
斎藤は、田中の暴走で壊れかけた検査機器に手を触れる。すると、壊れたはずの機器が、まるで魔法にかかったかのように元通りになっていく。そして、彼女の指先から放たれる優しい光が、田中の荒々しい生命エネルギーを穏やかに鎮めていった。社員たちは、その信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が検査機器を壊そうとしていたことに気づき、顔を真っ青にした。
「さ、斎藤さん…私、またやってしまいました…」
「まったく、採血ごときで大騒ぎするんだから。でも、おかげで壊れた機器も直ったし、なんだかみんな元気になったみたいね」
斎藤は微笑んだ。そして、健康診断が終わった後、田中がぶつかったことで、長年調子が悪かったレントゲン機器の故障がなぜか直っており、さらに田中の暴走を見ていた社員たちの視力がなぜか数段回復していたことが判明した。健康診断は、思わぬ形で社員の健康増進に貢献したのだった。