70話「盆栽とゴルフ」
トーナメントで優勝し、斎藤さんにプロポーズをした田中。しかし、結婚への道のりは平坦ではなかった。斎藤さんの両親が、田中の「パードゥン」現象を心配し、結婚に難色を示したのだ。田中の能力が原因で起こるトラブルが、二人の関係だけでなく、家族にまで影響を及ぼすことに、斎藤さんも頭を悩ませていた。
そんなある日、田中は斎藤さんの実家で、両親と対面することになった。斎藤さんの父親は厳格な人で、田中に「君のその力とやらで、娘を不幸にしないと約束できるのか?」と詰め寄る。田中は、「はい、斎藤さんを絶対に幸せにします!」と力強く答えるものの、心の中では不安でいっぱいだった。
(もし、また僕のせいで大変なことが起こったら…)
その不安と緊張が、田中の心臓にずっしりと響き始めた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォォン!と微かな地響きが家を揺らし、田中はパードゥン田中へと変貌した。彼の巨大な体が屋根を突き破り、ビルを突き抜けて青い空にそびえ立つ。
斎藤さんの両親が悲鳴を上げ、混乱する中、パードゥン田中は、斎藤さんの父親が大事にしていた盆栽に巨大な指をそっと触れた!
「盆栽? とんでもない! 最高の緑を、今ここに!」
パードゥン田中が盆栽に触れると、盆栽はなぜか瞬く間に巨大な大木へと成長し、庭全体が、まるで広大なゴルフ場へと変貌し始めた。芝生は美しく刈り込まれ、戦略的なバンカーや池が配置され、旗の立ったホールが遥か遠くまで続いていた。さらに、彼の力の余波で、庭にあった石灯籠や手水鉢が、なぜかゴルフのティーやクラブ、カートに姿を変えた。
しかし、その変貌は過剰だった。斎藤さんの実家は、ゴルフ場のど真ん中にあるクラブハウスのような状態になってしまい、家の中からもゴルフボールが飛び交う音が聞こえてくる。
「田中くん! 何やってるの!」
異変に気づいた斎藤さんが駆けつけた。彼女はアクロバティックに、庭のバンカーを避け、ティーに変わった石灯籠を飛び越え、パードゥン田中の巨大な指先へと飛び乗った。
「斎藤さんか! これもまた、自然の創造だ! 究極のレジャーを創造するのだ!」
「レジャーはいいけど、家をゴルフ場に変えたり、みんなを混乱させちゃダメでしょ! 宇宙拳・空間修復!」
斎藤さんはパードゥン田中の巨大な指の上で身を翻し、指先に向かって流れるような拳法の動きでエネルギーを集中させ、ゴルフ場になった庭を元の状態に戻そうとする。だが、完全に元に戻すことはできなかった。
田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。家は元の状態に戻っている。しかし、庭の一部だけが、まるで高級なゴルフ場の練習グリーンのように、美しい芝生の状態のまま残ってしまった。
「さ、斎藤さん…僕、また…」
「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげで私の庭は元に戻ったわね。それに、お父さんもちょっとだけ、田中の能力に興味を持ったみたいだし。」
斎藤さんは呆れたように微笑んだ。田中は自分がまた騒ぎを起こしたことにしょんぼりするが、斎藤さんが自分のことを見てくれていることに、どこか安堵感を覚える。
その時、斎藤さんの父親が、目を輝かせながら残ったグリーンの芝生に歩み寄っていた。彼はゴルフクラブを手にし、美しい芝生の上で、まるで少年のように目を輝かせながらパターを始めた。
「ほう…この芝生、なかなかのものだ!こんな素晴らしいグリーン、見たことがないぞ!」
彼は田中に、「君、今度、私とホール巡りを楽しもうじゃないか!」と満面の笑みで声をかけた。
そして、その頃、オフィスに残っていた橘は、なぜか社員旅行で貰った「絶対に壊れない」と書かれたGPS付きのスーツケースを持って、飛行機に乗せられていた。それは、渚が「田中の能力を研究するために、地球規模での現象観測が必要」という名目で、こっそり手配したものだった。橘は、自分がどこへ向かっているのかも分からず、ただただ「うわああああああ!」と叫びながら、成田空港から飛び立っていった。彼の地球一周の旅は、こうして始まったのだ。




