69話「決勝の果てに」
予選と準決勝を運と偶然と斎藤さんの手腕で乗り越えた田中は、ついに決勝戦のリングに立っていた。対戦相手は、プロボクシングと空手の二刀流を極めた、トーナメントのもう一人の優勝候補、”修羅”の異名を持つファイター、リュウガだ。彼の鋭い眼光と、鍛え抜かれた肉体から放たれるオーラに、田中はすっかり萎縮してしまった。
(うわぁ、強そうだ…。本当に僕が勝てるのかな…?)
試合開始のゴングが鳴る。リュウガは、田中を赤子を扱うかのように、圧倒的なスピードとパワーで攻め立てた。田中の細い体は、リュウガのパンチとキックの連打を受け、まるで雑巾のように吹き飛ばされる。斎藤さんはリングサイドで必死に「田中くん、しっかり!」と声をかけるが、田中の脳裏には、もう負けを確信した未来しか見えていなかった。
(もうダメだ…。このままじゃ、僕、負けちゃう…!)
そんな田中の絶望が、彼の心臓にずっしりと響き始めた。
「パードゥン…?」
その瞬間、ドォォォォォン!と微かな地響きが会場を揺らし、田中はパードゥン田中へと変貌した。彼の巨大な体が屋根を突き破り、スタジアム全体を突き抜けて青い空にそびえ立つ。
会場中の観客が悲鳴を上げ、混乱する中、パードゥン田中は、リングに巨大な指をそっと触れた!
「敗北? とんでもない! 最高の反撃を、今ここに!」
パードゥン田中がリングに触れると、田中とリュウガの間には、まるでゲームの対戦画面のようなエフェクトが現れた。リュウガの攻撃は、なぜか全て田中の体を掠めるように外れるようになり、田中の放ったパンチは、空を切ったにも関わらず、なぜかリュウガのダメージポイントに正確にヒットするようになった。さらに、彼の力の余波で、会場中の観客が、まるでゲームのコントローラーを持っているかのように、両手を動かし、田中を応援し始めた。
「田中くん! 何やってるの!」
異変に気づいた斎藤さんが駆けつけた。彼女はアクロバティックに、おかしな応援に興じる観客を避け、パードゥン田中の巨大な指先へと飛び乗った。
「斎藤さんか! これもまた、勝利の創造だ! 究極の反撃を創造するのだ!」
「反撃はいいけど、変なエフェクトを出したり、観客を巻き込んじゃダメでしょ! 宇宙拳・因果律修正!」
斎藤さんはパードゥン田中の巨大な指の上で身を翻し、指先に向かって流れるような拳法の動きでエネルギーを集中させ、ゲームのエフェクトを消滅させ、観客を正気に戻した。
しかし、その瞬間、斎藤さんが能力を修正したことにより、田中の体に、リュウガのパンチが直撃する。その衝撃で、田中の意識が朦朧とし、リングに倒れそうになった。
その時、田中の脳裏に、斎藤さんがいつも自分を助けに来てくれる姿がフラッシュバックした。
(斎藤さん…!斎藤さんが、いつも僕を助けてくれる…!僕が、こんなところで負けるわけにはいかないんだ!)
田中の心に、今まで感じたことのない力が湧き上がってくる。彼は、倒れそうになる体を、自力で踏みとどまらせた。
「パパパパパードゥン…!」
田中が叫ぶと、彼の体が光り輝き始めた。リュウガが渾身のパンチを繰り出す。そのパンチを、田中は信じられないほど素早く、軽々と受け流す。そして、リュウガが体勢を崩した一瞬の隙をついて、田中はカウンターパンチを繰り出した。
「パパパパパードゥン!」
そのパンチは、リュウガの腹部にクリーンヒットする。だが、それで終わらない。田中は、リュウガの攻撃を次々と受け流し、その度に「パパパパパードゥン!」と叫びながら、カウンターパンチを素早く連続で叩き込んでいった。
パパパパパードゥン!
パパパパパードゥン!
パパパパパードゥン!
その驚異的なパンチの連打は、リュウガの体をリングの端まで吹き飛ばし、彼は失神してしまった。
会場は静まり返り、やがて歓声の嵐に包まれた。審判が田中の手を高々と掲げ、彼は見事、優勝を勝ち取ったのだ。
そして、優勝インタビュー。
マイクを向けられた田中は、興奮と疲労でフラフラになりながらも、まっすぐに斎藤さんを見つめた。
「あの…優勝賞金、4億ドル、僕、もらえました…」
会場がどよめく中、田中は言葉を続ける。
「この賞金で、斎藤さんの夢を…なんでも叶えてあげたいです!だから…その…僕と、その…結婚してください!」
田中は、顔を真っ赤にしながら、そう叫んだ。
その瞬間、斎藤さんの顔も真っ赤になり、彼女は田中のもとへ駆け寄っていく。
「もう!馬鹿ね!こんなところで、大声で言わなくてもいいじゃない!」
そう言って、斎藤さんは田中の腕を掴み、彼をリングから連れ出した。
その光景を、渚は目を輝かせながら手帳に記録していた。
「田中の能力、最終奥義は「愛」の力?」「斎藤さん、宇宙拳の真髄はプロポーズの返答だったのか…?」
彼女の探求心は、この日、新たな謎へと向かうのだった。
一方、橘は、リングサイドでその一連の光景を見て、ただただ呆然としていた。
「俺は…俺は一体何を見ていたんだ……!?」
彼の被害妄想は、この日、ついに極限に達し、彼はただ「あああああああ!」と叫びながら、リングから遠ざかっていく田中と斎藤さんの姿を、呆然と見つめるしかなかった。




