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65話「筋肉達のプールサイド」

梅雨も明け、うだるような暑さが続く夏の休日。新入社員歓迎も兼ねて、今日は社員全員でホテルの屋内プールに来ていた。普段はスーツ姿の社員たちが水着姿でリラックスしている。普段は真面目な斎藤さんも、なぜかこの日ばかりは妙に張り切っており、田中も巻き込んで、謎の「絆を深める」ビーチボールゲームに興じていた。一方、橘は、そういったノリが大の苦手で、特に田中と斎藤さんが組むゲームにだけは参加したくなかった。だが、部長の「全員参加だ!」という号令には逆らえず、げんなりした顔でプールの縁に座って順番を待っていた。


最初のゲームは「心を一つに!水中ジェスチャー」。チームの絆が試される、という触れ込みだったが、斎藤さんが田中と組んだ途端、不穏な空気が漂い始めた。斎藤さんがお題の「優雅なバタフライ」をジェスチャーする。田中は真剣な顔でウンウン頷く。


「パードゥン…?」


その瞬間、ドォォォォォン!と微かな地響きがプールサイドを揺らし、田中はパードゥン田中へと変貌した。彼の巨大な体が屋内の天井を突き破り、ビルを突き抜けて青い空にそびえ立つ。


プールサイド中の社員が悲鳴を上げ、混乱する中、パードゥン田中は、ジェスチャーゲームのボードに巨大な指をそっと触れた!


「ジェスチャー? とんでもない! 最高のパフォーマンスを、今ここに!」


パードゥン田中がボードに触れると、ジェスチャーのお題がなぜかプール全体の「身体能力の強制具現化」へと変貌した!


斎藤さんがジェスチャーした「優雅なバタフライ」は、プールにいた全ての社員が突如として、まるでプロの競泳選手のように、完璧なフォームでバタフライを泳ぎ始めた。彼らは瞬きもせず、誰一人として止まることなく、まるで訓練された軍隊のように延々とプールの周回を始めたのだ。次のお題「シンクロナイズドスイミング」では、社員たちが一斉に、水中で複雑なフォーメーションを組み、無意識のうちに完璧な演技を繰り広げ始めた。さらに、彼の力の余波で、社員たちの体つきが、まるでプロアスリートのように、全員が引き締まった筋肉質なスタイルへと変貌し始めた。


「田中くん! 何やってるの!」


異変に気づいた斎藤さんが駆けつけた。彼女はアクロバティックに完璧なフォームで泳ぎ続ける社員たちを避け、パードゥン田中の巨大な指先へと飛び乗った。


「斎藤さんか! これもまた、身体能力の極みだ! 究極のチームビルディングを創造するのだ!」


「パフォーマンスはいいけど、社員を強制的に泳がせたり、シンクロさせたり、みんなを筋肉ムキムキにさせちゃダメでしょ! 宇宙拳・身体制御!」


斎藤さんはパードゥン田中の巨大な指の上で身を翻し、指先に向かって流れるような拳法の動きでエネルギーを集中させ、泳ぎ続ける社員たちを停止させ、シンクロの強制を解除した。そして、過剰に発達した筋肉を元の状態に戻そうとする。しかし、彼女の能力が作用したのは、筋肉がムキムキになりすぎた部分だけだった。


田中の体が元のサイズに戻り、彼は自分が何をしていたのか覚えておらず、ただ斎藤さんの顔をきょとんと見つめていた。プールは元の状態に戻っている。


「さ、斎藤さん…私、また…」


「まったく、ハラハラさせるんだから。でも、おかげでゲームは盛り上がったわね。それに、みんなのスタイルも良くなったようだし。」


斎藤さんは呆れたように微笑んだ。田中は自分がまた騒ぎを起こしたことにしょんぼりするが、斎藤さんが自分のことを見てくれていることに、どこか安堵感を覚える。


この一連の騒動中、橘は、運悪く「優雅なバタフライ」の能力が最大で作用してしまい、プールサイドにいたにもかかわらず、まるで空気を泳ぐかのように、全身を激しくバタバタと動かし始めた。その際、彼の体はみるみるうちに筋肉ムキムキになり、まるでボディビルダーのような姿になっていった。さらに、シンクロナイズドスイミングの能力が発動した際には、彼だけがプールサイドで一人、顔を水につけていないのに、なぜか完璧な演技を繰り広げ、しかもBGMに合わせて笑顔を作らされていた。斎藤さんが能力を修正した後、社員たちの体は全員がほどよく引き締まった、見事なスタイルになっていた。しかし、橘は「俺は…俺は一体何てことを……」と震えながら、顔を真っ青にしてその場にうずくまっていた。彼の体もスタイルが良くなっていたのだが、彼にそんなことを気にする余裕はなかった。


一方、渚は、目を輝かせながら全ての出来事を手帳に記録していた。社員たちの奇妙な「完璧な泳ぎ」、橘の情けない「空中シンクロ」と、社員全員がスタイル良くなっていく光景。これら全てが、彼女にとっては最高の研究材料だ。手帳には「田中の能力、身体能力を具現化?」「斎藤さん、スタイルも制御可能?」といったメモに加え、最後に斎藤さんと田中が顔を見合わせ、呆れたように笑い合う姿を、そっとスケッチしていた。彼らの間に流れる、誰も理解できない絆の正体を突き止めるべく、彼女の探求心は燃え盛るばかりだった。

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